3.高嶺の花
ヨクリカ王国の現王、ナギイザ・フイラ・ヨクリカには3人のお子さまがいる。
1人目は第1王子のマテラ・アスフイラ・ヨクリカ。
次期国王の座を約束されたも同然の王子であり、当然の如く才色兼備らしい。既に成人済みである彼は特別外交官として隣国との外交を積極的に行っており、内外からの支持を集めているそうだ。
2人目は第2王子のクヨ・ミツフイラ・ヨクリカ。
虚弱体質らしく公衆の面前に出ることはほとんどないらしいが、類稀なる頭脳と美貌の持ち主だそう。ヨクリカ王国には市民を守る『法』というものがあるが、それを作ったのがクヨ王子と言われているのだ。
なお、彼が社交場に出ようものならダンス踊りたさにレディが列をなすらしい。
そして私の目の前にいる相手こそ――3人目の第1王女たる、スーサ・オノフイラ・ヨクリカだ。
直系男児が後継ぎとなるため彼女に候補資格はないが、それが悔やまれるほどに優秀らしい。粗野な言動と荒々しい魔力とは裏腹に相手の裏を掻くことに関しては天性のセンスを持っており、特に軍師としての才は上の兄達を遥かに凌駕すると言われているのだ。
一方で王女らしからぬフランクさと好奇心旺盛さは昼夜身分問わず、周囲に良くも悪くも影響を叩き付けているらしい。何も知らずに入ったお付きが全員胃潰瘍で退職するという噂も市井まで出回っていることから『大厄姫』の愛称で知られているのだ。
災厄聖女と大厄姫。まるで女の子同士の色々を描いた物語のタイトルっぽい組み合わせだ。
久しぶりに飲むまともな味の紅茶を堪能しながら、私は海の底よりも沈みきった空気を感じていた。
「なーんだ、無駄に豪華な部屋だなぁ。流石は四大貴族のハヤサーラ、規模もセンスも一流ってワケかい?」
褒めているのか貶しているのか微妙に判断し辛い感想だ。私が言おうものなら即座に鞭が飛んでくるだろうが、流石の王族相手にビーチェさん親子も口答え出来ないらしい。死人のように蒼褪めたその姿はまるで屍人形のようだ。心なしかマリーさんの方は小刻みに震えているが、まるで滑稽な踊りのようでちょっと面白い。
「……そ、それで? スーサ王女、我々に一体どんなご用事で……」
「安心しなよ、ビーチェ・ハヤサーラ。アンタに用はない」
彼女なりの精一杯の微笑みは呆気なく一笑に附されてしまった。頬を引き攣らせたビーチェさんを見ることすらなく、スーサ様は身体を乗り出す。蒼い瞳が見つめる先は勿論、正面席に座っていた私だ。
「まずは改めて名乗ろう、スーサ・オノフイラ・ヨクリカだ」
キラリと瞳を輝かせながら、スーサ様が言う。
噂は色々と耳にしていたものの、実際にお会いするのは初めてだ。動きに合わせて揺れるポニーテールが彼女によく似合っている。挨拶されたからにはこちらもご挨拶しなければ。私はペコリと頭を下げる。
「マドイ・ハヤサーラです。もうすぐただのマドイになりますが」
「はっは! 知ってるさ、全部聞こえていたからね!」
視界の隅が更に青みを増したのが分かった。私としては寧ろあんなに騒いでいて何故気付かれないと思ったのか不思議である。
『用はない』と言った以上本当に用はないのか、彼女達を無視した王女は愉快そうに肩を揺らした。
「さっきも言ったが『災厄聖女』の名は伊達じゃないねぇ、まさか試験用の魔獣を全て浄化しちまうなんてさ! 一応聞いておくが、あれはワザとかい?」
「いえ、ちまちま攻撃するのがだるかったのでド派手にかまそうとしたら周辺を浄化しちゃいました」
「はっはぁ! 来年からはドラゴン辺りにでも変えようかね!」
マリーさん、悲報。ただでさえ卒業試験は『魔狼』という上位魔獣を複数体相手取らなければならず、あまりスキルが得意ではない彼女にとって不利だったというのに。
ますます視界の隅が青くなった気がしたが、王女が『用はない』と言った以上スルーするのがマナーというものだ。卒業資格は試験だけじゃないから落ち込まないでね。義姉の応援。
「ところでどうしてスーサ様はこちらにいらっしゃったんですか?」
「ん? 要はスカウトさ、アタシゃ自分の目で見たヤツしか信用しないタチでね」
男らしく豪快に紅茶のカップを傾ける王女。
「いや、実はアンタが試験用の魔獣を浄化したって話は先に届いていてね。聞けばアンタ、面白い体質の持ち主だそうじゃないか。アタシがこの世で最も嫌いなのは痛みと退屈でねぇ、そんな面白いヤツがいるとなっちゃあ……そらお忍びしちゃうだろ」
「むぅ、まるで見世物のように言いますね」
唇を尖らせてしまうが危ない危ない。王女の耳に入っていたなんて1歩間違えれば学園実家追放どころか国外追放だ。ここは面白いことが大好きな彼女に感謝しなければ。
「はっはぁ、悪い悪い。アタシの性分さね!」
私の抗議が面白かったのか再び白い歯を見せて笑うと――スーサ様は打って変わって、表情を引き締めながらソファーに身を沈めた。
「さて……ここからが本題だ。マドイ・ハヤサーラ、今日はアンタに1つ『取引』を持ち掛けに来た」
「取引?」
王女と取引を交わすなんてどう転んでも破滅しか見えないのは何故だろう。これは真剣に話を聞かなくてはと直感し、私もまた居住まいを正した。
今更ながら両膝に手を置き『聞く姿勢』を示すと、王女は僅かに顎を引いて口火を切る。
私にとっては魅力的な――けれど、あからさまに『毒棘』を見せて。
「追放されて行くアテがないんなら……アタシの知り合いが管理してるシェアハウスで暮らさないか?」
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