15.成程、ファンシー
賭博場と娼婦館が集う大人のエリア、ファムタールは――役所から西に少し行った郊外にあるらしい。
スーサ様の勅命を受けた私はかぐやさんを文字通り叩き起こし、早速ファムタールへと向かっていた。
「いい天気なのに寝ているのはもったいないですよ、かぐやさん」
「ふぁーってネブひょあひゃまで飲んでひゃ……」
「大丈夫ですか?」
大欠伸を隠しもせずに言う彼の声は心配になるほどカスカスだ。なんとか聞き取れた単語から推測するに、どうやら朝方までネブリムカさんと飲んでいたらしい。その割にお酒の匂いはしないから不思議である。
道中で購入した水を飲み干す彼を他所に、私は徐々に変わっていく道をキョロキョロ眺める。
目的のエリアへ近付いていることはすぐに分かった。
何故なら人気がなくなるにつれ、紙風船のような物がぶら下がり始めていたから。あれは幸国の特産品『チョウチン』だ。あの中に火が灯ると赤くぼんやり光るらしいが、本当だろうか。つい見惚れていると、かぐやさんにそっと背中を押される。
「あまり傍を離れない方がいい。昼間とはいえ、治安はよくないから」
「……成程」
言われてようやく、複数の男達が隠れてこちらを窺っていることに気付いた。
どうやら大人の世界、純粋に楽しめる場所ではないらしい。私が『災厄聖女』だと知った時、どんな反応になるのかちょっと気になるところだ。はぐれぬよう彼の袖口を握りつつ、私は口を開く。
「そういえば昨日殺された人は『水揚げ』されたばかりだったそうですが、人魚族かなにかだったんですかね」
「マドちゃん、何歳?」
「もうすぐ18になります」
ヨクリカ王国では18歳で大人だ。酒も、大人の娯楽も、結婚も出来るようになる。そのため18で卒業する学園を無事卒業できていれば、そのままアルバとかいう人と結婚だったのだ。したくないので退学になって万々歳だね。
けれど水揚げと私の歳に何の関係が? キョトンとしてしまうと、彼はクスッと笑った。
「水揚げっていうのは遊女が初めて客をとること。水揚げを行ったが最後、彼女達は狭い鳥籠の中で楽園を夢見ながら生涯を終えるんだよ」
「飛び立つことは出来ないんですか?」
「失った翼は2度と戻らない」
随分と詩的な表現だ。その意味を自分なりに考えてみるも、皆目見当がつかない。諦めて顔を向けると彼は肩を竦めた。
「まっ、お前にゃまだ早い世界ってことだ」
「むぅ……かぐやさんも私を子供扱いですか?」
「実際ガキだろ」
「まぁ確かに常連のかぐやさんが今まで抱かれて来た方々に比べれば子供ですが」
常連、の部分を厭味ったらしく強調してやれば真紅の瞳が私を見つめ返す。
「なんか、怒ってます?」
「いいえ? 例えかぐやさんが手に負えないほどの色情狂いだったとしても私には何の関係もありませんし。欠片も怒っていませんが」
「そのわりにはトゲトゲしいんだよなぁ……」
「子供扱いするからです」
フンッと鼻を鳴らしたところで、ふと我に返る。あれ、私は何故こんなムキになっているのだろう? リルハさんに子供扱いされた時は何も感じなかったのに。
自分でも分からないことを突っ込まれても困るため、私はさり気なく話題を変えた。
「スーサ様の話によると、ターゲットの多くは『ヴァイオレットガーデン』というところで働く女性達らしいです。軍警が犯人に心当たりがないか聞きに行ったらしいのですが、聞き方を間違えたとか」
「どーせ娼婦だからってナメてかかったんだろ。水商売っていうのは往々にして下に見られる傾向にあるからなァ……どーせ『お前らが客にナメた態度を取ったからじゃないのか』とか言ったんだろ」
「職務怠慢もいいところですね、心臓を抉り取られた方がいいと思います」
王都にいる軍警でさえも暇を持て余し、昼間から酒を飲む体たらくなのだ。汗水垂らして一生懸命働く市民の方がよっぽど生きる価値があると思う。私の言葉にかぐやさんは再び真紅の目を向けた。
「マドちゃんは軽蔑しないの?」
「ぶっちゃけそこまで興味がないです。まぁやれと言われたら嫌なのでそう言ったヤツを全力で呪いますが、私は人様の人生に口出しできるほど偉くはないので」
「よく言うよ、四大貴族の後継者かつ聖女候補だったクセに」
「肩書きだけでしたねぇ」
前当主であった私の母が死んだ時点で家を父親一家に乗っ取られたため、私は後継者になるための教育を受けていないのだ。聖女候補といえど力が強すぎてほぼ放任状態。それはそれで自由にできたので問題ないが、どちらも名前だけ存在していた形だった。
そのくせ何かやらかすたびに肩書きを主張してくるなんて都合がいいね。そういった人達はなにかしらの罰がくだると思うので放っておき、意識を事件の方に戻す。
「興味があるのは犯人の方です。どうして心臓だけを持ち去ったのか……クナトさんが予想した通りそれが愛ゆえの犯行なのだとしたら、何故それが愛なのか。捕まえて問い詰めたいです」
「問い詰めるんだ。でも仮に客の誰かが犯人だとしたら、見付けるのは相当てこずるだろうな」
「その点については問題ないです。見れば分かるので」
「は?」
呆けた顔で彼は聞き返した。けれど私が反応する前に、後ろから声が届く。
「あれっ? もしかして……かぐや!?」
「おはよう、ドリー」
どうやら馴染みのようだ。途端に柔らかい微笑みを浮かべて振り返ったかぐやさんを見て、思わず半目になる。
声をかけて来たのは短い髪が活発そうに思わせる娘だ。年は私より少し上くらいだろう。健康的な小麦色の肌が袖なしの服や太腿まで露わになったパンツから惜しげもなく晒されている。身勝手な偏見として娼婦はふくよかなイメージがあったが、彼女はどちらかといえば騎士団に所属していそうな身の引き締まり具合だった。
「かぐやさんの好みってこんな感じなんですね」
「あらぬ誤解をされてね? 俺」
「久しぶりだなぁ、全然ウチに来ないからどっかでオンナに刺されているかと思ったぜ!」
白い歯が眩しいくらいの爽やかな笑顔でやって来た彼女は、私に気付くとピタリと足を止めた。大きな目を更に丸くすること、数秒。彼女は私よりもジト目でかぐやさんを睨みつける。
「おいおいマジかよ……アンタ、こんな幼い子にも手ぇ出してんのか?」
「だからなんで誤解受けてんの俺!? 違うよ、こいつは俺の同居人!」
「どうも、訳も分からず同居人となったマドイといいます」
「やーめーて、その言い方もっと誤解招くからぁ……!」
案の定、彼女はゴミを見るような目でかぐやさんを睨みつけた。なにが面白いのか彼は笑いながら蹲る。彼女とのやり取りから常連であることは間違いないようだが、どうやら扱いは『恋幸館』と同じのようだ。とりあえず満足したので、私は彼女へ言う。
「冗談はさておき、今日は昨日殺された人についてお伺いしに来ました。お姉さんは『ヴァイオレットガーデン』の方ですよね? お話し聞かせてくださいませんか」
「アンタ、なんでアタシが従業員だってこと分かったんだ?」
不審そうな色を浮かべた彼女だが、すぐさま隣で蹲るかぐやさんを思い出したようだ。『コイツか』という表情を浮かべたのち、屈託ない笑みを浮かべてくれる。
「ま、いいや。アンタ、可愛いから案内してやるよ。ちょうどマダムもかぐやに会いたがっていたしね」
「ありがとうございます、そういう貴女は甘ったるい匂いがしますね」
「そう? 香水変えたからかな」
いい匂いだろ?
そう言って笑う彼女に、私は無言で微笑んだ。
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