14.疑われる方が悪い
まるで物語のような急展開。
街を騒がせているという事件の犯人は、リルハさんである疑いが出て来た。
今のやり取りだと彼女は『他者の魂核から生命エネルギーを奪える』特殊体質になるが。二重の意味で首を傾げてしまうと、リルハさんが唇を尖らせる。
「まぁ。スーちゃん様ったら、わたくしが野蛮なことをすると思いで?」
「うん」
「まぁ!」
スーサ王女は非常に素直だった。
なにが面白いって、住人の誰もが無反応を貫いていることだ。冗談なのか、はたまた彼女ならやりそうだと思っているのか。少なくともその鱗片を見ていない私としては冗談で済ませてほしいところだ。
当然、疑われるのは不本意らしい。リルハさんはますます唇を尖らせ、抗議の声明を上げる。
「ひどいですわ! わたくし、人体コレクションは完璧に保ちたい主義ですの。そんな雑な抉り方なんてしませんわ!」
「人体コレクション?」
なんだか一気に雲行きが怪しくなってきた。
思わず聞き返してしまったが、住民達は清々しいほどにスルーだ。むしろ、意図的に聞かないようにしている気配すらある。その反応が何処まで続けられるかちょっと気になったので、私はあえて続きを促してみることにした。
「と、いいますと」
「まず今回のご遺体ですがどれも刃物でめった刺しと聞いておりますわ。元からある傷はともかく、何故わざわざ傷をつける必要があって? 美しい形の花弁を切って無理に花弁を増やすのと同列ですわ、そんなの」
「自然美に手を加えるのと一緒ですね」
「流石マドちゃん様、よく分かっていらっしゃいますわ!」
満面の笑顔を浮かべる狂人、いえリルハさん。
「人体というのはまさに神が作りし究極の自然美。空になった魂核すら人体の美の大事な部分ですの!」
「クナト、ソース取ってほしいのー」
「はいどうぞ、エリュシュカ。よく噛んで食べてね」
「にもかかわらず心臓だけを抉り取って『究極の愛』だなんて愚かしい。犯人は愛というものを履き違えておりますわ。愛とは丸ごと受け入れて差し上げるもの……心臓だけあればいいだなんて、それこそ肉体関係だけでいいと言っているようなものですもの」
「なるほどー」
言っていることは正直、全く理解できなかった。
というか、ヤバい。まさに館の住人に相応しい異質の持ち主だ。
要約すると『私は犯人ではない』ということだろうが、話の内容から判断するになにかしらの犯罪に手を染めている説あるぞ、この人。なにがヤバいって、恋する乙女のように頬を紅潮させ、瞳を無垢に輝かせながらうっとりと喋っているのが一番ヤバい。
自分で作り出した空気とはいえ私には手に負えないものだった。意見を伺うようにスーサ様へ責任転嫁すれば、彼女ははっはぁと笑う。
「相変わらずアタマおかしいな、リルハ嬢は」
「光栄ですわ」
どうして住民達が無反応なのか理解した。これからは私も無視しようと、野菜スープを口にしながら心の中で決意した。
で。
「……ところでスーサ様は、どうして事件を持って来たんですか?」
「解決するためだが?」
何事もなかったかのように気になったことを口にすれば、彼女はあっけらかんと応えた。
街を賑わせている連続殺人事件。本来それを解決するべきは『恋幸館』の住人ではなく軍警の筈なのだ。にもかかわらず当たり前のように言ったスーサ様だが、私が新参者であると思い出したらしい。ニヤリと笑って言う。
「あぁ、アンタはまだ知らなかったね。実はこの『恋幸館』、アタマのおかしいヤツらしか揃っていないんだよ」
「みたいですね」
その中に私が含まれているのか、という野暮な質問は避けておく。
「当然、一般人として生きていくにはあまりにも無理な話だ。だがコイツ等が持ち得る力は捨て置くには非常に惜しい。ゆえに、アタシが様々なバックアップを惜しみなくしてやることによってコイツ等を世間様に寄り添わせてやっている訳だ」
「つまり様々な援助をしてくれているということです。この館もスーが提供してくれているんですよ」
ベーコンを等分に切り分けながらクナトさんが教えてくれた。
確かに王位継承の資格はないとはいえ、仮にも王の直系が一般市民を無償で支援するはずがないだろう。かぐやさんも『異質しかいない』と述べていたことから、この館に住む住人達は私と同じように何かしら特別な力があるのだ。
只人となった私を引き受けたことからして、国益を守るために彼等を支援しているのだろうか。推察する私を他所に、クナトさんは更に続ける。
「その代わりに、軍警が解決できないような事案を僕達が解決する。いうなれば僕達は彼女の鬼札ってところです。まぁ、上司と部下というわりには上下関係が崩壊していますけどね」
「はっはぁ、アタシは忠誠心とかいうのが大キライでね! 持ちつ持たれつってのがイチバン後腐れなくって気楽なのさ」
「成程」
スーサ王女とこの館の関係性がようやく理解できた。
仕えている騎士達が聞いたら泣くような発言もあったが、彼女らしい言い分だ。私もこのくらい開けっ広げの方が心地いい。退屈しなさそうな場所を紹介してもらったし、今回の事件解決に一役買ってあげようという気になって来た。
「では、解決するために何から始めましょう?」
「はっはぁ。いいね、やる気に満ちているじゃないか」
スーサ様は軽快な笑い声を上げると、指で齧りかけの林檎を軽く弾く。
「ターゲットの多くは『ヴァイオレットガーデン』っていう、この街でも有名な娼婦館で働く子さ。つまりここに通う客である可能性が非常に高い。どうやら軍警のバカどもは聞き方を間違えたようでねぇ、その点、常連客相手なら彼女達も口が軽くなるってもんだろ?」
「確かに。それで、その常連客はどなたですか?」
「ちょうどいいじゃないか、アンタのお手並み拝見させてもらうよ」
ピッ、と何故か天井を指差し――スーサ様は白い歯を見せて笑った。
「マドイ・ハヤサーラ、かぐやと一緒にこの事件を解決しな」
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