12.不穏は爽やかにやって来る
「朝7時だよ」
恋幸館の住民、本当に慣れているのだろうか。
入るなり上がった文句に私は思わず呆れた。しかしながら彼は清々しい顔で苦情を受け流している。対して苦情を述べた相手もスルーはいつものことなのか、ボリボリ頭を掻きながら大欠伸だ。灰褐色の髪は所々ピョンピョン跳ねており、如何にも寝起きを叩き起こされた感じである。
よくよく見れば初めてお会いする人だ。そのまま冷蔵庫を開ける相手へ私は近付く。
「初めまして、もしかしてネブさんですか?」
「んあ?」
牛乳瓶を傾けていた彼は半分閉じられた目で私を見た。この国では珍しい、翡翠色の瞳が好奇心に彩られた私の顔を映す。
「どうも、ヨクリカ王国から来ましたネブリムカ・ナナサメです?」
「ネブちゃん、彼女がマドイさんなのー。カグから聞いているでしょう?」
「あぁ……キミが」
小首を傾げていたネブさん、改めネブリムカさんは納得したように頷いた。
よろしくと振られた掌は大きい。声も一番低いし、ひょっとしたらドラゴンであるユランさんを除いて一番お兄さんなのかもしれないな。牛乳瓶に直接口を付けて一気に半分近く胃に収めたのち、ネブリムカさんは再び私を見つめる。
「聞いた、トリノのおっちゃんから学園追い出されたんだって? ハゲはてっぺん超えた?」
「いえ、ギリギリ保っていましたね。ネブリムカさんは学園長とお知り合いなのですか?」
「俺も追い出されたクチだからさ。いや、追い出されたっていうよりかはそうせざるを得なかったっちゅー感じだけど」
「先輩でしたか」
追放された点においても先輩だ。出身も同じだし、仲良くなれそう。すると両手でスムージーのカップを傾けていたエリュシュカさんが不思議そうな顔で首を傾げる。
「ネブちゃん、おきてて大丈夫なの?」
「4時間寝たから1時間はだーいじょうぶー。ネブちゃん、1日半なんも食ってないのよ。酒は昨日の夜飲んだけど」
「すきっ腹の酒は胃に悪いよって言ってるじゃん、もぅ。作るからさっさと座って?」
大欠伸をしながら私の隣に腰かけたネブリムカさんは、確かにお酒の匂いを纏わせていた。2人のやり取りは不明である。起きてて大丈夫なの、と彼女が聞いたということはどこか具合でも悪いのだろうか?
いや、体調不良だったらお酒は呑まないか。顔色も多分そんなに悪くなさそうだし。なんて思っていると、ゾロゾロ館の住人達も集まってきた。
「おはようございますわ、親愛なるファミリー達。クナっちゃん様もエリーちゃん様もご機嫌麗しゅう」
「ふぁあ~……相変わらず爆音だよねぇ、これでよく通報されないもんだ」
「そりゃそうよ、周囲に防音スキル効果のある結界が張られているもの。あらネブリーおはよう、休眠中じゃなかったのね」
「朝メシ食いに来た」
リルハさん、ユランさん、ミヅカさんの表情から察するに、どうやら本当に慣れているようだ。けれどそこにかぐやさんの姿はない。どうしたのだろう。まさかあの爆音で起きなかったのだろうか。
「まぁ可愛らしい、マドちゃん様は考えていることがお顔に出るんですのね。お察しの通りカーグンちゃん様はまだおねんねですわ」
「起こしてきましょうか?」
「ううん、いいよ。どうせ意地でも昼頃まで眠っているような奴だから、寝惚けてマドイちゃんが抱き枕にされても困るしね」
「アイツ幼女にまで手ぇ出すの? 引くわー」
しれっと風評被害が起こったが、『まで』という単語から推測するに女性関係が派手なのだろうか。それを聞いたクナトさんは笑顔で「燃やすか」と呟く。笑っているけど目が笑っていない。やっぱり今から叩き起こして命の危険を知らせてあげた方がいいかもしれなかった。
「……いや待てよ、私の黒歴史を見た以上このまま葬り去るのがイチバンなのでは?」
「黒歴史?」
「大丈夫なのー! ここにいる大の男たちなんか、生き恥を曝しているようなものなのよ?」
「エリー、エリー。今のは結構ダメージ食らっているっぽいから止めてあげなさい? 朝食がしょっぱい味になっちゃうから、ね?」
「やっぱりパンケーキに塩キャラメルはかかせませんわよね?」
自由だな、この人達。そうこうしているうちにクナトさん特製の朝食ができ、私にとって恋幸館で初めての朝食が幕を開ける。
「はっはぁ、ナイスタイミングだ。ちょいと邪魔するよ」
そんな矢先だ。軽快な笑い声と共に、王女が現れたのは。
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