11.恋幸恒例とルタコサ親子
その光景が夢だと気付いたのは、世界が酷くブレていたからだ。
「ほんっと、忌々しい! お前達はどこまでも気味が悪いわ!!」
ヒステリックな声と共に揺れる視界。手にした鞭で叩かれたと分かっているからか、痛みはないのに痛いと思ってしまった。
目の前の歪んだ顔は誰だ。ビーチェさんか。
彼女の後ろでは最後に会った時より幼いマリーさんが小さな手で顔を覆っている。隙間から覗くのは笑み。被害者面して泣いているフリをしながら、彼女はいつもお仕置きされる私を嘲笑っていたのだ。
あぁ、とそこで思い出す。これは幼い頃の記憶だ。
実の母親が死んだあと、家の者達は掌を返したように態度を変えてきた。
悪態暴言は当たり前。与えられた物は全て壊されたり奪われたりしたし、食事も手抜きの極みとしか言いようがない有様だ。そうそう、真冬に夜着1枚で放り出されたこともあったな。ある日マリーさんを始めとする使用人達が謎の病に冒されて以降、目立った嫌がらせはなくなったけど。
「化け物に仕えるなんておぞましい。母親と同じようにさっさと死んでくれないかしら」
「何されても表情一つ変えないなんて、薄気味悪い」
「聖女候補だかなんだか知らないけれど、あんなのに救われたくないわよねぇ」
まるで木霊のように聞こえては消えていく声がうるさくて、耳を塞ぐ。あぁ、うるさい虫の羽音みたいだ。早く覚めて欲しい。折角、新しいお家に行って退屈せずに済むと確信したのに。
消えてなくなれ。
強く心の中で念じると、呪言のような声に混じって懐かしい声が聞こえる。
「ごめんね、マドイ」
それが誰か分かるその前に、突如として爆音が鼓膜を貫いた。
*
「ふぎゃっ!?」
世界を揺さぶる音に私は文字通り飛び起きた。
なんだ今のは。まるでスキルが暴発したか、魂具が爆散したようだ。身を起こすと衝撃の余波を受けた天井からパラパラ破片が落ちている。耐え切れなかったのか、椅子は引っ繰り返っていた。
何が起きたのだろう、事件ではなさそうだけど。
あれだけの音なら通報されてもおかしくないのに、その後は全く静かだ。慌ただしい音も聞こえてこないので、襲撃でもないだろう。てっきりビーチェさんから刺客が送り込まれたかと思ったのに。取り敢えず下に行ってみようと私はベッドから降りる。
昨日教えてもらった食堂へ向かえば、そこにはクナトさんがいた。
「あ、おはようございますマドイさん。昨夜はよく眠れましたか?」
「マドちゃん、おはようなのー」
「おはようございます。悪夢だった気がしますが、ぶっ飛びました」
エリュシュカさんも一緒だ。どうぞと掌で示された席へ座ると飲み物が置かれる。
「はい、フラジェリー王国で流行しているという『スムージー』です。野菜や果実が丸ごと手軽に取れるんですよ」
「さも何事もなかったように差し出してきますが、さっき爆音聞こえてましたよね?」
「爆音?」
雑草色のドロドロした飲み物はどうやら野菜を液状化したものだったようだ。私の言葉にキョトンとしたクナトさんは、すぐさま思い当たったのか柔らかい笑みを浮かべる。
「マドイさんは初めてでしたもんね。あれ、僕の料理音なんですよ」
「料理?」
確かに彼の手にはフライパンが握られていた。香ばしい匂いを漂わせるそれと彼の顔を交互に見て、私はコテンと首を傾げる。
「ドラゴンステーキでも作っているんですか?」
「あはは、マドイさんったら朝からそんなの食べたいですか? いやね、僕の魂核は炎属性なんですけど生まれつき魂核量が多いみたいで……微細なコントロールをするのがもの凄く苦手なんですよ」
そう言いつつ器用に卵を2個割るクナトさん。
「なのでこういった細かい作業をする際は必ずと言っていいほど暴発するんです。もっとも、住民達は『目覚まし時計代わり』って感じで慣れているんですけれど」
ビックリさせてごめんなさいね。と彼は笑った。
生まれつき魂核量が多い人がいるという話は聞いたことがある。確か学園の中にもそういった人が何人かいた筈だ。流石に毎回暴発するようなレベルではなかった気がするが、コントロールが出来ないのでは日常生活に支障もきたしてしまうだろう。火属性ならなおさらだ。
「あれ、火属性って珍しいんでしたっけ?」
「ううん、ごく一般的な属性よ」
スムージーのねっとりとした食感を楽しんでいると、エリュシュカさんがサラリと黒髪を揺らして言う。
「火、木、風、水が一般的な属性で、そのつぎに雷と金が多いっていわれているのー。エリュシュカは、金の魂核なのよ!」
「え、そうなんですか?」
ちなみに属性は他にも土、闇、光があって、こちらはいわゆる『レア属性』と呼ばれるものだ。他にも都市伝説レベルの属性があるのだがそれはさておき、エリュシュカさんは金属性だという。
しかしながら属性は本来、親と同じになるとされているのだ。だから彼女がクナトさんと同じ火属性でないのはおかしい。
それとも母親の方が金属性なのだろうか。なんて思っていると、テーブルに彩り鮮やかなサラダが置かれた。
「マドイさんにはまだお伝えしていませんでしたよね。エリュシュカは僕の姪……兄の娘だったんです」
「だった?」
「兄夫婦は彼女を残して亡くなりましたから」
エリュシュカさんに微笑みながら、クナトさんは彼女の頭を愛おしそうに撫でた。
パパにしては若いと思っていたけれど、本当の親子じゃなかったらしい。それなら魂核の属性が異なるのも納得である。どう言葉を紡いだらいいのか迷っている私に対し、彼は小さく首を振る。
「その時にこの子は大きな怪我をし、1人では歩けない身体になりました。ですから僕が兄の子である彼女を引き取り育てることにしたんです。他の誰でもない……僕の手で」
「エリュシュカ、クナトといっしょにいてすごく幸せなのー! だから全然、さびしくなんてないのよ?」
「そう……ですか」
ねー、と笑い合う2人は血が繋がっていなくとも本当の親子のようだ。そういえば父と最後に笑い合ったのはいつだろう。いや、記憶を辿ってもそんな思い出は何処にもなかった。もしクナトさんのような人が父だったら、私は今頃もっと明るい子になれていたのだろうか。
羨ましいとは思わなかったけれど、過去の夢を見た後だったからなんとなく良かったねとも言えない。少なくとも『異質』ではないなと思いつつ、とりあえずパチパチ拍手することで2人の明るい未来を祝福することにした。
「わぁ、ありがとうなの! たいへんでしたね、って言う人はいるけどはくしゅは初めてよ?」
「まぁ兄夫婦は死んでいるから拍手もちょっと違うと思いますけどね」
「あ、そうでした」
いけないいけない、2人とは末永くお付き合いしたいから色々気を付けないと。慌てる私を義親子が撫でていると、不意に廊下から物音がする。
「うるっせーよクナっちゃん、今何時だと思ってんの?」
かと思えば、台所に新たな住民がやって来た。
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