10.退屈せずに済みそうです
「それじゃあ準備も出来たところで……マドイさんの歓迎パーティーを始めよう!」
「ようこそなのー!!」
そんなルタコサ親子のかけ声で始まった、恋幸館に来て初めての夕食。目の前に広がるディナーは、おうちで食べていたディナーよりとっても豪華で美味しそうであった。
「マドちゃん様、あーん。ですわ」
「あー」
「うふふっ、なんて可愛らしい。素直なところも愛おしいですわ」
差し出された刺身を頬張るとリルハさんは幸せそうに笑う。
彼女とかぐやさんが中心として作ったというディナーは見た目からして芸術的だ。食べたお刺身は大皿に咲く花のように並べられていたし、サラダに入っている生ハムはローズのよう。トマトスープに入っているニンジンは、エリュシュカさんのためか猫の形に切られていた。
彩も豊かだし味もいい。焦げた肉としなびた付け合わせの野菜しか出て来なかった実家とは大違いだ。空になったグラスのおかわりを頼もうとすると、その前に気泡が混じる液体を注がれる。
「どうぞ、マドイちゃんは確か18未満だったかしら?」
「どうも」
注がれたのはエリュシュカさんやユランさんが飲む果実ジュースだ。ヨクリカでは18歳から成人となり、お酒も賭け事も遊郭も解禁される。年齢を確認したのはそのためだろう。真面目な方だと思いつつ、私は相手を見た。
「ありがとうございます、えっと……」
「ミヅカ・オオカムよ。よろしくね」
ミヅカさんは『男装麗人』という表現がピッタリな、凛々しい姿をしていた。
桃色の髪は耳たぶまであるかないかくらいの短さだし、身に着けている物も男物。高身長であるかぐやさんと目線がほぼ一緒のところを見るに、彼女もまた背が高いようだ。1つ1つの所作に無駄がないから、恐らく貴族令嬢なのだろう。社交場にいたら男よりもモテそうだ。
「よろしくお願いします、ミヅカさん。マドイっていいます」
「ミッちゃんはスー直属の部下なんです。ですからスーに用事があれば彼女に言うと早いですよ」
ペコリと一礼しているとクナトさんが教えてくれた。つまり現役の騎士ということか。道理で真面目かつ凛々しい人だと思った。
すると彼の言葉が不満だったらしい。ミヅカさんが唇を尖らせる。
「ちょっとクナ、近寄りがたいって思われたらどうするのよ。いきなり正体バラすのは止めてちょうだい」
「いいじゃん、今回も例の事件があったから帰って来たようなもんでしょ?」
「違うわ、遠征がダルいから逃げて来ただけ」
「自慢げに言うな」
「エリュシュカはミッちゃんが帰ってきてくれてうれしいのー!」
「ふふ、ありがとう。エリーお姫様のためなら国の命を投げうってでも帰ってくるわ」
「エリュシュカ、調子に乗るから持ち上げちゃ駄目だよ。お前もエリュシュカをサボる言い訳に使うんじゃありません!」
訂正、そこまで真面目ではないらしい。それはさておき、クナトさんとミヅカさんのやり取りは他の人達とは違う気兼ねさがあった。一体どんな関係なんだろう。もしかして、エリュシュカさんのお母さんだったりして。私の疑問に気付いたのか、ミヅカさんが片目を瞑る。
「あぁ、ごめんなさい? 私とクナトは幼馴染でね、つい顔を合わせるたびに軽口を叩いちゃうの」
「成程」
「ただの腐れ縁ですよ」
お母さんだった訳ではなく幼馴染のようだ。するとそれを聞くなりクナトさんは嫌そうな顔で訂正し、ジト目で彼女を睨みつける。
「たまたま家同士が近くて、親も仲良しだったからたまたま付き合いがあっただけです。妙な勘繰りは止めてくださいね?」
「クナはそう言うけれどね、一時期は縁談の話もあったのよ。まっ、お互い『コイツとだけは結婚したくない』って思っていたから暴動起こして半日で白紙に戻してあげたけどね!」
「当然だろう。誰が探検と称して魔獣が蔓延る死の森へノー装備で突っ込み、特級ランクの魔獣を討伐して帰って来た脳筋女と婚約するか。死んでも御免だね」
「確かにあの時の貴方、死にかけていたものね」
カラカラとミヅカさんは笑った。重ねて訂正、貴族令嬢というより野蛮令嬢だったらしい。とにかく、2人は気兼ねない友人のような関係という認識でよさそうだ。
「なにはともあれこれからよろしくね、マドイちゃん」
「よろしくお願いします」
お茶目な人だが仲良く出来そう。ヒラリ手を振る彼女に会釈したのち、私は1人佇むかぐやさんへ近付いた。
「かぐやさん。ネブって人はまだ戻られないんですか?」
「あぁ、多分日が変わった頃じゃないかな」
果実酒を軽く揺らす彼の横顔は昼間と別人に見えた。ランタンの灯りがほんのり照らしているからか、表情を消しているからか。私を見ると彼はすぐさま口角を上げる。
「明日は1日中いるっつってたし、いくらでも挨拶できるよ。ところでなんでネブのこと知ってんの」
「かぐやさんが口にした名前ですよ」
「そうだっけ」
子供のように笑っていたり、穏やかだったり、ならず者っぽかったり。ほんの少しの間だけど、彼は色んな表情を見せてくれた。
どれが本当の彼だろう。ふわりと香る甘い匂いに目を細め、私は言う。
「末永くよろしくお願いします、かぐやさん」
「終わりがあることを願っているよ。よろしく」
なんにせよ、これから退屈せずに済みそうだ。
彼と軽くグラスを合わせたのち、私は甘ったるいそれを呑み込んだのであった。
第1章、完結です! ここまでお読みいただきありがとうございます!
次章から『恋幸館』での生活が始まります。果たしてマドイは無事に平穏な日々を過ごせるのか?
「面白い」、「続きが読みたい」と思った方は、是非ブックマークや評価などよろしくお願いいたします!