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大厄姫は月下に嗤う

 

 少年少女の未来を決める試験が真夜中に行われるのは如何かと思うが、魔獣の力を引き出すためには致し方ない。

 月光に照らされ煌めく頭頂部を眺めながら、スーサは内心溜息を溢す。



「ここヨクリカ王立学園では生徒達の魂核(こんかく)を最大限に伸ばすことを目的とし、スキルを磨くことを主な教育方針としております!」

「はっはぁ、要は物言いだね」



 小気味よく鳴るスーサの靴音を拍手か何かと勘違いしているらしく学園長であるトリノは上機嫌だ。静かな廊下に響き渡る声は大きく、静寂を不粋に引き裂く。後ろで口だけ笑う彼女の表情など当然、気付いていなかった。


「魂核とはこの世に生きる誰しもが持つ生命エネルギーです。そして生きとし生けるものは全て、その力をスキルとして使いこなす……これはいわば、神によって与えられた贈り物なのです」

「その贈り物が戦争に使われていると知っちゃあ神とやらは残念がるだろうねぇ」

「はは、手厳しい。ですが戦争はとうの昔の話、今じゃあシキ大陸に存在する6ヶ国全てが和平条約を結ぶ平和そのものです」

「はっはぁ、頭だけでなく冗談も寒いときたか」


 王立学園を束ねる者がこれなのかとスーサは呆れた。確かに和平条約は結ばれているが、問題がない訳ではない。むしろ互いの足元を虎視眈々と狙い合う冷戦状態だ。これを平和と呼べるのなら隣国にあるという『地獄』とやらは楽園に改名するべきだろう。

 喉まで出かかったが、あいにくトリノを糾弾しに来たわけではない。溜息1つで彼の妄言を見逃すと、スーサは話題を変える。


「で? 今期の卒業見込み者はどの程度ホネがあるんだい?」

「今期は学園始まって以来の稀に見る逸材ばかりですよ!」


 生徒に興味を示したのが嬉しかったらしく、トリノの声は一際大きくなった。


 スーサが真夜中に学園へ足を運んだのは他でもない。卒業試験を受けている生徒達を見るためなのだ。トリノの言う通り今期の生徒は『逸材』ばかりであり、スーサのみならず各方面で関心が高い。王立学園を卒業した生徒達は主に国のためにその力を奮うことになるのだが、気が早い者は既に勧誘をかけているようだ。

 もちろんトリノの耳にも入っている話らしく、彼はキラリ頭頂部を煌めかせる。


「セオリッテ家のアルバくんは既に王国騎士への入団が決まっていますし、なにより今期の生徒の中には『聖女候補』がいる! いやぁ、いち指導者として誇りに思います」

「魔を浄化する光属性の魂核を持つ……だっけ?」

「えぇ。かつてこの国へ勝利と栄光をもたらし、繁栄を築き上げた初代王妃の生まれ変わりです」


 トリノが力強く告げた瞬間、目の前が唐突に開けた。

 眼下に広がるのは果てしない森だ。欠けた月が冷ややかに見下ろすなか、至るところで光が点滅している。目をすがめたスーサに対し、トリノは掌で森を示した。


「こちらが卒業試験となる会場、通称『試練の森』です。ここで生徒達は森に蔓延る多くの魔獣を己のスキルで倒し、より多くの魔獣を倒した者が成績優秀者となります」

「魔獣の種類は?」

「ウェアウルフです。ランクとしては少々高いですが、ここは王立学園! 彼女達なら問題ないでしょう」


 医療チームもいますしね。と、トリノは強調した。

 恐らく管理不行き届きの疑いを掛けられたくなかったのだろう。やはり「はっはぁ」と口先だけで笑っていると、不意に森の一角が黄金色に染まった。空に昇る光の柱はすぐさま一筋の光となって消える。それを見るなりトリノは目を輝かせ、興奮気味に喋った。


「見ましたか!? あれは聖女候補であるイズメくんのスキルです! いやぁ、この歳でここまで強いスキルを使えるなんて素晴らしいですよ!! 今期の成績優秀者はアルバくんではなく、彼女になるかも知れませんね!」

「はっはぁ、綺麗だねぇ」


 遠く離れた彼女達のところでさえ空気が澄んだのだ。浄化のスキルは完璧に使いこなされていると判断して良いだろう。



 頃合いか。たいして眺めていないが興味を失いかけ、スーサは身を翻した。

 直後。今まで感じたことのないような悪寒がスーサの身体を撫でる。



「ッ、はぁ!?」

「ひぃっ!」



 尻餅こそ着かなかったものの、トリノも情けない悲鳴を漏らした。弾かれるように振り返ったスーサは落下防止の柵を掴み、身投げする勢いで身体を乗り出す。


 幸いにも彼女の探しものはすぐに見つかった。

 冷ややかに見下ろす三日月の前。そこに、1人の生徒がいたのだ。


 高く跳躍した小柄な身体はコマのようにゆっくりと半回転している。動きに合わせ翻るパールグレーの髪は少し離れた国に伝わる宝『天女の羽衣』のようだ。月光によりその顔は影を落とし、表情は分からない。が、生徒は確かに視線をスーサ達へ向けたようだ。


 妖しく輝く紫水晶の瞳と目が合った瞬間、スーサの心臓は握り潰されたように縮み上がる。


 違う、気の所為なのだ。何故ならスーサと彼女の距離は遠く離れている。彼女がこちらに気付く筈がないし、目が合うなんてあり得ない。しかしながら影になっているにも関わらず――その瞳はおぞましく、そして禍々しさでもって存在感をスーサに与えたのだ。

 呆気に取られたスーサだが、すぐさま振り向きトリノへ叫ぶ。


「アレは!?」

「も、もう1人の『聖女候補』ですよ。いやっ、聖女だなんて烏滸(おこ)がましいッ、あんなのは化け物だ!」


 唾を飛ばして叫び返すトリノ達を他所に、空気は一瞬にして肌を切り裂きかねんほど澄みきった。その中心にいるのはもちろん例の生徒だ。回転しながら鷹揚に腕を振ると、()の色が混じった白銀の三日月が放たれる。


 それが森に触れるや否や、世界は色を失ったかの如く彩度を失くした。かと思えば、再び何事もなかったかのように世界は静寂を取り戻す。否、何事もなかったではないだろう。何故なら目の前にあった森は全て消え、代わりに凍土の大地が広がっていたから。


 まさに化け物と呼ぶに相応しい存在を目の当たりにし――スーサは心の底から笑みを浮かべる。



「……はっはぁ、ようやく退屈せずに済みそうだ」



 王立学園始まって以来の異業、そして最悪の事態。

 卒業試験で使われていたウェアウルフは、たった1人の生徒によって森ごと消滅させられた。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

「面白い」、「続きが読みたい」と思った方は、是非ブックマークや評価などよろしくお願いいたします!

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