王魚
〈蒲公英の綿毛航海永遠に 涙次〉
【ⅰ】
「傍観者null」を退治した事により、カンテラ事務所への仕事の依頼は激減した。
収入が減つたのにはカンテラ苦笑ひ。「あの場合、null退治は、致し方ないだらう?」
それだけnullが多くの惡事に関與してゐた、と云ふ事の証左なのであるが...
カネが入らぬのには、カンテラ以下、一味の者は憮然、であつた。
【ⅱ】
金尾は、ビジネスマン姿も伊達ぢやないやうな事を云ふのである。「これからは、【魔】の登場を待つばかりでなく、こちらから【魔】を探す時代、では、と」えー、【魔】を探すつて?
「その為にテオどのがゐるのでは」と、なかなかに金尾、辛辣である。
テオはご存知の通り、『アモルファスな男』に掛かり切りで、ロボテオ2號を起動するしかないのだが、テオの神がゝり的な發想、と云ふものは、2號には期待すべくもない。要は事務処理専門なのである、2號は。
スポーツ新聞を讀んでゐた杵塚、「かう云ふ事かい? 金尾さん」
釣り欄では、「王魚」の話題が沸騰してゐる。某東京湾を臨む防波堤、定番の釣りスポットなのだが、その「王魚」現れて以來、坊主坊主ぼうず... 坊主の山で、釣果が芳しかつた試しがない。
「王魚」とは何か? その姿を、はきと見た者は、ゐない。たゞ、その魚影からすると、相当な大物であるに間違ひないが、それも化け物級と云ふ程ではない... そんな情報が齎されてゐるぐらゐで、後は謎・謎・謎が謎を呼ぶ、魚なのである。
スポーツ新聞のコメンテイター、さかなクンが、「カンテラさんが釣りしたら、ヒットするかもつて、そんな魔物ですねー」と述べてゐるのが目を惹いた。
【ⅲ】
じろさん。「杵、釣りはいゝが、この事務所に太公望はいたつけか?」一同、シーン、である。「フル、お前だうなんだ」と杵塚は訊くが、牧野「親父の世話で、それどころぢやなかつたつス」じろさん、「ほれ見ろ、【魔】をこつちから探すつてのは、スポーツ新聞頼りでやれるつて程、イージーなもんぢや、ないんだ」
カンテラ、こゝで實體化。南無Flame out!!-「で、その王魚とやらに懸かつた懸賞金つてのは、幾らよ」杵「スポ新が二百萬(圓)、懸けてますね」カ「二百、かあ。ま、ヒマも何だし、いつちよやつてみつか」
一同、えーつ!?
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈王魚とは魚の王かさに非ず防波堤近く屯する魚 平手みき〉
【ⅳ】
で、カンテラが釣り道具一式、メルカリで揃へて... なんてのは噓、である。カンテラ、弓を携へて、例の防波堤にふらり、現れた。「おゝ、さかなクンの云つた通りだ! カンテラが來たぞ!! 流石、さかなクンだ、預言が当たつた...」カンテラ「誰ぞ、王魚を近くまでおびき寄せてくれないか?」
その申し出には、皆がわつと飛び付いた。何しろ、天下に名だゝるカンテラである。その仕事が手傳へるなんて、何と光榮な事... 要は、何でもいゝから、獲物をヒットしさえすれば、よいのである。必ず、王魚が邪魔しに來る。その結果、バレてしまい、折角の釣果がおじやん。
釣り人A、「お、魚信あり」釣り人一同「お、來たか」
カンテラ「あの、でかいのだな?」きりゝ、と弓を引き絞る。てやつ!! カンテラが矢を放つと、水圧も何のその、それは王魚の脊に突き刺さつた。王魚は身悶へしたが、暫くの後、ぷかり、と水面に浮かんだ...
【ⅴ】
たも網で掬ひ取つてみると、それは人間の顔をした魚であつた。王魚と云ひながら、女、と見えた。悶絶、と云ふより、恍惚の表情の。
「何かの恨みがあつて、水魔に變じた人間であらう」カンテラが云ふ(王魚は、何でもいゝから人の目を集めたかつた- その理由は分からぬが)と、「成佛してくれよ」と、釣り人らが手を合はす。その結果、薄つすらとした王魚の魂が立ち昇り、何処かに消えたのが、見えた。人の情けも、まんざら捨てたもんぢやないのだ。
カンテラは、王魚の躰で(教へられながら)魚拓を取ると、例のスポーツ新聞・釣り欄に送つた。尤も、魚拓を送らざるとも、その活躍ぶりはスポ新には届いてゐた。さかなクン「やつたぜ、カンテラさん、つて感じかな!」
これでやうやつと二百萬(圓)だ- 世間の不景氣ぶりが身に沁みる。そんなカンテラ一味であつた。
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〈王のごと煌めく眞鯉春麗ら 涙次〉
何だか、(禁煙のせゐか?)はきとしない作だが、まあ良しとしやう。次回もお樂しみに。それぢや。アデュー!!