第一章「地獄の楽園」第7話「血の報復」
焚き火の炎が揺れ、犬どもたちの影を大きく映し出していた。その輪の中心に立つコウタは、腕を組んで仲間たちを見渡した。
「例の計画を早める」
その言葉に、周囲がざわめく。
「マジかよ……」
「昨日の襲撃を受けたばかりだぞ」
犬どもの中にも、動揺の色が見える。
「本来なら、もう少し準備してからやるはずだった」
コウタは低く言った。
「だが、藤堂の連中が先に仕掛けてきやがった。俺たちは黙ってやられる側じゃねぇ」
焚き火がパチパチと弾ける音が響く。
「奴らに舐められたままでいられるか?」
コウタの問いに、しばし沈黙が続いたが、やがて誰かが言った。
「……やるしかねぇな」
「やるからには、徹底的にな」
空気が殺気を帯びる。
神崎は焚き火を見つめながら、静かにそのやり取りを聞いていた。コウタの言葉には理がある。しかし、急遽計画を早めたことで、犬どもはまともな準備ができていない。戦力の整った藤堂派に勝てる可能性は、決して高くはない。
「物資管理所の場所と、警備の詳細は?」
神崎が口を開いた。
「大丈夫だ。警備はそこまで多くねぇ」
コウタが答える。
「ずいぶんと気楽な計画だな。それで本当に勝てると思ってるのか?」
「何だと?」
コウタが少し気色ばんだ。
「物資管理所ってのがどんな場所か知らないが、そんな施設の警備が手薄なはずがない。お前たちのやり方で、本当に突破できるのか?」
「だから奇襲をかけるんだ。戦えるさ」
コウタは即答したが、神崎はその言葉に確信を持てなかった。
「なら、お前はどうする?」
コウタが神崎に向かって問いかける。
「お前はここにいるが、まだどこにも属してねえ。俺たちの仲間として戦うか? それとも、藤堂の犬になるか?」
神崎は表情を変えずに答えた。
「俺は俺のやり方で動く」
コウタはしばらく神崎を見つめたあと、不敵に笑った。
「いいぜ。好きにしな」
数時間後、犬どもは行動を開始した。闇に紛れ、物資管理所へと近づく。
そこは犬どもの拠点とは島の反対側にあたる。頑丈なバリケードで囲まれ、数人の見張りが警戒を怠っていない。
コウタの合図で、犬どもは音を立てずに接近した。
そして——
「やるぞ!」
コウタの声と同時に、犬どもが一斉に飛び出した。
「敵襲——!」
警備の男たちが慌てて銃を構えるが、犬どもは一気に飛びかかる。ナイフが光り、殴打音が響き、悲鳴が夜の闇に溶けていく。
最初の数分は完全に犬どものペースだった。
しかし——
数分もしないうちに、建物の奥から武装した男たちが現れた。
「囲まれた!」
おそらく、今犬どもが攻めている出入口以外に、どこかにほかの出入口があるようだった。犬どもがいる場所の左右からも藤堂の軍勢が攻めてきたのだ。付け焼刃ではあったが、最初はそれなりに統制のあった犬どもの集団がバラバラになってゆく。神崎が危惧した通りだ。コウタの計画通りに初動には成功したが、体制を整えた藤堂の組織力の前に、段々と形勢が逆転し始めたのだ。
「チッ……クソが!」
コウタは舌打ちしながら戦況を見渡している。やはりもともと集団に属さない者を集めている犬どもは、組織だった戦闘がまったくできない集団であることを露呈した。一人一人が独立して動くため、統率が取れず、個別に藤堂に撃破されていく。
神崎は遠くの物陰からその戦闘の様子を観察していた。
——結局これが、無秩序の限界か。
藤堂の支配が強固なのは、その指導力と組織力によるものだということなど、この島へ来たばかりの神崎でさえ感じていたことだ。対して犬どもは、ただ個人の暴力で成り立つ群れに過ぎない。戦闘が長引けば、最初から勝敗は見えていたのだ。
一人、また一人と犬どもは藤堂の攻めに屈していくのがわかった。
「退くぞ!」
その時コウタが叫んだ。
「全員、物資を持てるだけ持って、退くんだ!」
犬どもは慌てて荷物を抱え、倉庫から逃げ出した。
焚き火の前に戻ったコウタは、悔しげに拳を握る。
「……クソッ。次は必ず仕留める」
だが、神崎は冷静に言った。
「お前はそう思うか?」
コウタが鋭く睨む。
「何が言いたい?」
「お前たちは勝ったつもりかもしれないが、藤堂にとってはただの小競り合いだ」
神崎の言葉に、犬どもは沈黙する。
——だが、すでに戦争は仕掛けた。後戻りはできない
その時、リュウジが現れた。
「……始まったな」
焚き火の炎を見つめながら、リュウジはポケットからくしゃくしゃの煙草を取り出し、火をつけた。
「お前、犬どもが襲撃するのを知ってたのか」
リュウジが今夜ここに来たということは、そういうことだろう。
「まあ……な。そんな匂いがしてたもんでな」
リュウジがとぼけた顔で頷いた。どこまでも抜かりのないやつだ。
「お前、"楽園"って言葉を聞いたことあるか?」
そう言ってリュウジがニヤリと笑う。
神崎はわずかに眉をひそめる。
「……楽園?」
リュウジは乾いた笑いを漏らし、煙を吐き出した。
「この島のことさ。昔、ある囚人が言ってたらしい。『ここは地獄みてぇな楽園だ』ってな」
「……」
焚き火の炎が揺れる。その光の中で、神崎は「楽園」とは名ばかりの地獄がここにあることを改めて実感していた。




