第一章「地獄の楽園」第6話「牙を剥く者たち」
焚き火の炎が揺れ、闇の中で不気味に踊っていた。周囲には粗末な寝床が並び、食べ散らかされた残飯や空の酒瓶が無造作に転がっている。
犬ども——この島の無法者たち。彼らは藤堂の支配を受けず、ただ暴力と略奪で生き延びている集団だと聞いている。
「……お前、本当にひとりでここでやっていけると思ってんのか?」
焚き火の向こうで、コウタが低く笑った。
「ここで生きたけりゃ、どこかの群れに属するしかねぇ。藤堂に従うか、俺たちと生きるか、それとも……一人で喰われるか、だ」
神崎は表情を変えず、ゆっくりと周囲を見渡した。
「随分と大きな口を叩くが……お前たちは藤堂に勝てるのか?」
コウタは唇の端を歪めた。
「勝ち負けの問題じゃねぇ。俺たちは生き残るために動く。それだけだ」
その言葉を聞きながら、神崎は考えていた。自分が思っているよりもずっとこの島のバランスがすでに崩れつつあるのかもしれない。藤堂の支配が絶対ならば、こんな連中がここまで勢力を広げることはないはずだった。だが、犬どもは生き延びている。それどころか、何かを藤堂の支配を脅かすことを企んでいる。
「近いうちに、大きな動きがあるぜ」
コウタが焚き火越しに神崎を見据えながら言った。
「そのとき、お前はどこにいる?」
その言葉に答える前に、遠くで何かが爆ぜる音がした。
——パンッ!
焚き火の揺れる光の中で、誰かが短く叫ぶ声が聞こえた。
「なんだ?」
コウタが素早く立ち上がり、身構えながら周囲に鋭く視線を走らせる。
その瞬間——
犬どもの拠点が襲撃されたのだ。数人の男たちが闇の中から飛び出し、焚き火の明かりに浮かび上がる。彼らは無言でナイフを構え、犬どもに襲いかかった。
「クソッ、敵襲か!」
犬どもが応戦し、乱戦が始まる。
神崎は瞬時に状況を把握し、身を低くした。敵はどこから来た? 目的は何だ?
だが、その疑問を考える余裕もなく、ナイフを持った男が神崎にも向かって突っ込んできた。
「チッ……!」
神崎は一歩踏み込み、相手の腕を掴むと、力強く捻り上げた。男が短く呻き、ナイフを取り落とす。その隙に肘打ちを側頭部に叩き込み、相手を地面に引き摺り倒しながら、その頭を蹴り上げた。
乱戦の中、コウタが叫ぶ。
「裏切り者がいる……!」
その言葉に、神崎の目が鋭く細められる。おそらくこの襲撃は偶然ではない。内部からの情報が漏れていた。
戦闘は数分で決着がついた。犬どもが襲撃者たちを退けたが、数人の仲間が血を流して地面に倒れていた。焚き火の光が、血の海を不気味に照らしている。
コウタは息を切らしながら、足元に転がった死体を見下ろした。
「……この中に裏切り者がいる」
彼の目が、仲間たちの間を鋭く走る。やがて、一人の男に目を留めた。
「おい、お前……昨日、どこにいた?」
名指しされた男は顔色を変え、わずかに後ずさる。
「ち、違う……俺は……」
「言い訳はいらねぇ」
コウタはナイフを抜くと、一瞬の迷いもなく男の喉元に突き立てた。
——ザクリ。
男が短く喉を鳴らし、その場に崩れ落ちる。誰もが沈黙した。コウタは血の付いたナイフを焚き火にかざし、ゆっくりと呟く。
「裏切り者は始末する。それが、ここで生きるルールだ」
コウタが不気味に笑う。コウタのやり方は、ある意味で藤堂と何も変わらない。暴力による支配。疑いがあれば即、粛清。そんなコウタの姿を見ながら、神崎はリュウジの言葉を思い出していた。
秩序? 奴らに秩序なんかねえよ——
リュウジはそう言っていた。だが、この島を熟知しているはずのリュウジでさえ知らないことが犬どもの内部で起こっている。コウタを中心とした別の秩序が犬どもの中に出来上がりつつあるのだ。
だが、藤堂からすれば、このようなグループは邪魔な存在でしかないのは明らかだ。これまではただの集団だったはずの犬どもが、この島に来たばかりの神崎でもわかるほどの力を手にしつつある。
そして、その新しい秩序が気に入らない者、「無秩序」だからこそ群れにいた者の裏切りに導かれ、この島の「正統な秩序」が、犬どもという「新しい秩序」に本格的に牙を剥き始めたのかもしれない。
神崎は焚き火の揺れる光とコウタを見つめながら、そう考えた。




