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第一章「地獄の楽園」第5話「犬どもの縄張り」

 神崎は宿舎の隅で膝を抱えて座り、考えを巡らせていた。藤堂の支配するこの島で、どう動くべきか。

 藤堂の提案——「俺のもとにつくか、それ以外か」

 その二択を突きつけられたが、神崎はまだ答えを出していなかった。

 ただ黙って従うつもりなどさらさらないが、やつらに反抗するにしても材料がまったく足りない。この島のどこになにがあるか、それさえも手探りの状態で戦う準備などできはしない。食い物ひとつにしても、昼に食堂で食べる粗末なものしかなく、いったいどうやって調達しているのか、リュウジがたまに持ってきてくれる握り飯などで何とか腹を満たしていた。

「まずは、この島のことを知ることが最優先だ」

 神崎はあらためてそう決めた。

 その時、宿舎の外からわずかな怒声が聞こえてきた。神崎は立ち上がり、外へ向かう。

 広場の端、配給所の近くで、ひとりの男が蹲っていた。

 男の手元にはひしゃげた缶詰が転がっている。

「……クソが、こんなもんで足りるわけねぇだろ」

 男は舌打ちしながら立ち上がり、周囲を見渡している。

 そして、目に留まったのは神崎だったらしい。

「おい、そこの新入り」

 神崎は無言のまま男を見た。

「どこから食い物手に入れてんだ?」

「俺はまだ、ここに来たばかりだ。何も持っちゃいないよ」

 男はジロリと神崎を睨み、鼻を鳴らした。

「チッ、だったらお前も餓えるしかねえな」

 その時、背後からリュウジの声がした。

「お前、それ以上やめとけよ。こいつは犬どもの手下だぜ」

 男はハッとして、舌打ちしながら立ち去った。

 神崎はリュウジを見た。

「……犬ども?」

「そうか。お前、まだ知らねえか」

 リュウジは苦笑し、煙草をくゆらせた。

「この島には藤堂の支配を受けない連中がいる。そのひとつが犬どもだ。そいつらは反乱を起こすわけでもなく、ただ暴れまわってるだけだがな」

 リュウジは壁に寄りかかったまま続けた。

「一人ひとりは力もないくせに、群れて弱い囚人を襲う。手当たり次第に食料を奪い、寝床を荒らし、気に入らない奴は袋叩きにする」

 神崎は無言で聞いていた。

「だがな、あいつらはただのバカじゃない。犬どもには、それぞれのやり方がある」

「やり方?」

「元ギャング、詐欺師、薬物売人。藤堂みたいな組織に属さず、自分のやり方で生き抜いてきた連中だ」

 神崎は少し興味を持った。

「藤堂とは違う秩序があるのか?」

「秩序? そんなもんはねぇよ」リュウジは苦笑した。「あるとすりゃ、獣のルールさ。強い奴が喰い、弱い奴が喰われる。ただ、それだけだ」

「……そうか」

 神崎はリュウジの言葉を噛み締めながら立ち上がった。

「どこに行けば会える?」

 リュウジは呆れたように鼻を鳴らした。

「マジで行く気か? やれやれ……お前、本当に頭のネジが外れてるな」


  ***


 神崎は単独で、犬どもがいるという縄張りへ向かった。島の外れ、廃墟同然の建物が並ぶ区域。崩れた壁、割れたガラス、そこら中に転がるゴミ。悪臭が漂い、まるで腐敗した獣の巣窟のような場所だった。

 廃墟の奥にある広場のような空間には、粗末な焚き火がいくつも灯されていた。そこで囚人たちが群がり、腐った食料を貪り、酒瓶を回しながら笑っている。まるで野良犬が集まる群れ。

 近づいた途端、何人かが神崎を鋭く睨みつけた。

「見慣れねえ顔だな」

 低く唸るような声が響いた。神崎の前に、筋肉質だが獣じみた男が現れた。

「お前、誰だ。何しに来た?」

 周囲の犬どもの仲間たちがゆっくりと立ち上がり、神崎を囲む。

「藤堂の手下か?」

「いや……違うな」

 神崎は神経を背中にも研ぎ澄ませながら答えた。

「話を聞きに来た」

「はぁ?」

 獣じみた男が鼻を鳴らす。

「ここはな、話し合いなんかする場所じゃねえんだよ」

 次の瞬間、男が神崎に襲いかかった。拳が風を切り、鋭い蹴りが飛んでくる。神崎はそれを冷静に避け、一歩踏み込むと、肘を相手の胸に叩き込んだ。男が呻き、後ずさる。

「チッ……おもしれえな。マジでやる気か?」

 周囲の囚人たちがざわめく。

「お前、本当に新入りか?」

 神崎は唇を歪めた。

「そういうことにしておけ。それで十分だろう」

 獣じみた男は、荒い息を吐きながら神崎を睨んだ。

「……気に入ったぜ。お前、名前は?」

「神崎だ」

 男は笑った。

「俺はコウタ。ここで生きるなら、覚えておけ」

 コウタは焚き火のそばに座り、神崎を見上げた。

「お前が本当に藤堂に従わないなら、ここで生きる方法を教えてやる」

「それはつまり?」

「近々、島を揺るがす大きなことを企んでる。お前も乗るか?」

 神崎は考えるように目を細めた。

「……悪くない話だな」

 焚き火の炎が、コウタの鋭い目を照らした。

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