第56話「暴走の行方」
「司、生きてたか」
神崎は思わず立ち上がった。煙と硝煙の残り香が漂う中、司がゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「勝手に殺すんじゃねえよ。お前こそ、あの処刑場からどうやって逃げた? あん時いったい何が起こったんだ」
処刑寸前にマリアの狙撃で助かった、あの時のことか——
「なんだ、あそこにお前もいたのかよ」
「ああ。お前を助けに飛び出そうとしてたら、いきなりどこからか狙撃があっただろ。飛び出そうにも何処から撃ってるのかわからんから、流石にやばくてな。そして気がついたらお前はもういなかった」
司はちょっと肩をすくめた。
「撃ったのはマリアさ」神崎はマリアに視線を送った。「マリアが助けてくれたんだ」
「マリアって——まさか、あの修道女か」
司はポカンと口を開けてマリアを見た。
「ああ、いい腕してるぜ。しかも、とびきりのな」
「はは、そりゃ驚いたな……まさかあんた、あの修道女と組んでたとは」司は下唇を突き出してわずかに首を振った。「けど、あのとき黙って消えたのは正直ムカついたぜ。もう一発くらい弾が飛んでくるかと思って隠れてたのによ」
「しょうがねえだろ。あん時は俺たちだって必死で逃げてたんだぜ。あんたらを探してる余裕なんかありゃしなかったんだ」
横からリュウジが口を出すと、司は肩をすくめ、口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「俺たちがここにいることを、どうしてわかった?」
神崎が聞く。
「前にお前が言ってただろ? ここでKのなんとかとやらの変な研究をしてるみたいだと。この建物には、なんかあるんじゃねえかって張ってたんだ」
司が廃ビルを指差した。
「そこへお誂え向きに、俺たちが捕まって現れたってわけか」
リュウジが鼻を鳴らした。
「まあ、そういうこった」
司はそう言って、目線をマリアに向けた。
「ところで、あんたはいったい何者なんだ?」
マリアはチラッと司を見たが、すぐに目を逸らして答えなかった。
神崎は周囲を見渡した。
「藤堂らがいつ帰ってくるかわからねえ。とにかく、ここに長居はできない」
「ここから少し北へ行った廃区画に、たぶんEVEの目が届かない場所がある。とりあえず今はそこへ」
マリアの提案に、神崎は即座に頷いた。
「わかった、案内してくれ。リュウジ、司、行こうぜ」
神崎たちは、廃墟の影から闇へと身を滑らせた。
***
錆びた扉を開け、湿った空気が流れ込んだ。そこは通信制御第六局。旧時代の通信拠点で、今はEVEの管理下からも外れているはずとマリアは言いながら、ドアに手をかけた。
足元には廃棄されたケーブルや機材が散乱し、壁にはひびが走っている。コンクリートの匂いと埃が肺に染みる。四人は、各々無言のまま腰を下ろした。
沈黙を破ったのは、マリアだった。
「ひとつ……確認したいことがあるの」
マリアはそう言うと、ベルトの裏に仕込んでいた小さなデータユニットを取り出した。古びて傷だらけだが、慎重に扱われてきたことが見て取れた。
神崎が目を向ける。
「それは……?」
「島に来る前に任務で持たされたものよ。けれど、EVEに見つかる可能性が高すぎて、どこにも接続できなかった。この島の端末は、ほとんどがEVEの監視下にある。中身を見た瞬間、足がつく」
「じゃあ、なんで今」
リュウジが訝しげに尋ねた。
マリアは静かに目を伏せ、短く吐息を漏らした。
「今日、処分判定が下った直後、私たちはすぐに兵士に囲まれた。数秒も経っていなかった。EVEの判断が出るやいなや、すでに行動が始まっていたのよ」
神崎がわずかに眉をひそめる。
「反応が早すぎる、ってことか」
「ええ。いくら即応体制だったとしても、あれは不自然だった。まるで判定が出る前から、処分が決まっていたみたいに。EVEが判断したのではなく——誰かが先に結論を下し、EVEを使っていたとしたら?」
リュウジがごくりと唾を飲んだ。
「ってことは、EVEが暴走したわけじゃなくて……」
「そう。人が、暴走してる可能性よ」
マリアの声には、確信と怒りが滲んでいた。
神崎は少しの間、マリアを見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「だから、今なのか」
「ここなら、EVEの視界は届かないはず。このユニットを、今なら安全に使える」マリアはデバイスを見つめた。「この中に、その答えがあるかもしれない」
そこでマリアは一瞬、言い淀んだ。
「確信はないの。でも、もう一度見極めたい。EVEが本当に狂っているのか、それとも……」
彼女の指先が静かにユニットの端子を撫でる。接続のための準備に入ったその仕草は、どこか神聖な儀式のようだった。
神崎はそれを見つめながら、胸の奥に言葉にならない焦燥を抱えていた。見えないものに操られたこの島で、自分は何を選ぶのか。誰を信じるのか。
静かな緊張が、地下の空間を包んでいた。




