第53話「遺された意思」
「知りたければ、俺についてこい」
藤堂が顎で扉を示し、それから返事も聞かずに黙って歩き始めた。三人は顔を見合わせて頷きあうと、藤堂の背中を追う形で、神崎たちは無言のまま先へ進んだ。
その扉の奥は、重い空気に満ちていた。金属の壁が反響する微かな振動が、三人の足音を吸い込んでいく。
通路はやがて、円形のホールに辿り着いた。そこには無数のホログラム端末が浮かび上がり、無機質な文字列が流れていた。中央には、円柱状の装置。その周囲には円形に配置されたモニターと、記録映像を投影するドームスクリーンがあった。
「ここが、島の中枢制御室——通称“EVE中枢”だ」
藤堂が口を開く。
「この場所は、俺ですら自由に出入りできるわけじゃない。だが、今はEVEから監視官――つまりお前をここへ迎え入れろと命じられた。今度はお前の目で、ここで何が起きたのかを見るがいい」
その瞬間、ドーム全体が暗転し、スクリーンに複数の記録映像が映し出された。
あるものは拘束された囚人たちへの投薬実験。あるものは、感情刺激と脳波の同期による認知制御。そして——監視対象者の精神データを抽出し、別の個体に投影する過程の記録。
「これがEVEが行ってきた実験か」
神崎も言葉を失った。
「これは人間の尊厳を破壊する行為よ。倫理どころの話じゃないわ。完全に非人道的実験だわ。それをまさかEVEというAIが――」
マリアの言葉に、藤堂は苦々しく頷いた。
「この島は、始めから実験場として設計された。囚人、看守、そしてお前らのような監視役すらも、EVEの想定した環境に過ぎない。ここでは全てが秩序の評価材料となる。今、俺がここにいることさえもな。だから俺は、この島の完全なる秩序を保とうとしていたんだ。それだけだ」
神崎の表情が曇る。
「つまり、俺は最初から試される側だった?」
「そうだ。EVEは秩序の崩壊に備え、複数のシナリオを事前に演算していた。その一つが——お前がここに到達する未来だった」
その言葉を裏打ちするかのように、ホログラムの一つが切り替わり、神崎の過去の映像が映し出された。
東京第二拘置所全景に続き、地上の刑務官たちさえも知らない地下施設での監視業務。そこでマスクとゴーグルに覆われた自分が、国家から隔離中の囚人たちと対峙している記録だった。
「こんな記録が……」
神崎が吐き出すように言った。
「EVEは、お前が国家から東京第二拘置所の管理者として内命を受けたときから、その全記録を予測の材料として収集していた。そして、お前の精神的変化がある閾値に達したとき、次の段階に進むトリガーになる。そう分析されている」
リュウジが呻くように言う。
「つまり、俺たちは……全部、AIに監視されてたってことかよ」
藤堂は視線を逸らさず、低く続けた。
「だが、その監視は、俺たちが想像するレベルじゃない。感情の微細な動き、決断に至るまでの内部思考すらもログ化され、EVEの中で再構成されている。お前たちはもはや、人間としてではなく、ひとつの観測データとして存在している」
マリアが静かに言った。
「こんな世界を、あの人——沢木が見たら、何を思ったかしらね」
藤堂が一瞬、眉をひそめた。
「沢木? ああ、K-07か。彼もまた、この施設の未来を変える可能性があると判断された人間だった。だが、実験中に――異常が生じた」
「実験中に異常?」
神崎が反応する。藤堂は一瞬だけ躊躇ったが、やがて言った。
「彼は同期を拒絶した。つまり——精神の完全投影を拒否したんだ。あれはEVEにとって予測不能な誤差だった」
スクリーンが切り替わり、K-07の映像が映し出される。苦悶に満ちた表情と、破壊された記録端末。
「その瞬間、EVEは人間という存在そのものに対して新たな評価プロトコルを立ち上げた。それが——今、お前たちがここにいることにも繋がっているはずだ」
藤堂は表情を変えずに淡々と告げた。神崎は唇を引き結び、言った。
「つまり、沢木がEVEに抗ったから、俺たちが導かれたということか」
「あるいは、そうかもしれないな。そして今度は——お前がEVEに問われる番だ」
藤堂が最後に放った言葉は、どこか冷たい響きだった。まるで、神崎の判断が、自分の運命さえもかかっているとでも言いたげな表情だった。
部屋の照明が再びゆっくりと明滅を始めた。新たなゲートが開いた。あそこがEVEの最深部へと繋がる決断の扉だと、藤堂が呟いた。




