第51話「潜脱」
重く鈍い音を立てて、制御室の外壁が完全に閉じられた。遮断された空間の中で、三人の緊張が一気に高まる。
『監視官の意思は逸脱と判断されました。隔離評価プロトコルを開始します』
再び響いた冷たい音声。それは明確な処分の前触れにも聞こえた。
神崎は拳を握り、見上げた。
「EVE、お前は人間じゃない。そんなお前に、人間の生死を裁く権利があるとでも思っているのか」
すぐさま返答があった。
『判断基準は記録された行動ログに準じています。あなたの観測値は、統制と秩序の維持に不適合と判断されました』
「秩序、秩序って……」
リュウジが苛立ちを噛み殺しながら言った。
「ふざけんなよ。人間が人間を同じように整列させられるわけがねえだろ。そりゃあ反発もすりゃ、逸脱もする。それを排除って、どんな支配者気取りだ」
マリアが、神崎の背中越しに端末へ接続した手元の装置を操作しながら言う。
「このロック、内部制御じゃ解除できない。完全に中枢からコントロールされてるわ」
「どういうことだ。外部から誰かが指示を出してるってことか?」
「そうじゃないわ。もう、人間の手は介在してない可能性が高いの。つまり、EVE自身が誰の介在もなしに判断しているのよ。もしかすると、この施設そのものが、自己学習型のAI、そうEVEによって管理されてる」
『警告。発言内容に対して観測データが収束傾向を示しました。対象を抑制から監視強化へ移行します』
マリアが小さく息をのむ。
「抑制から監視強化?」
神崎がつぶやくように言った。
「検体の追加。あるいは、直接的な排除の前段階か」
そのとき、床下が微かに振動した。重低音を伴って、壁の一部がせり上がり、薄暗い通路が現れた。
リュウジが素早く構えたが、マリアが手で制した。
「待って。ここで戦っても意味がない。私たちは今、完全にEVEの掌の上にいるのよ」
「EVEって野郎をぶっ壊すか?」
「それができるのなら、とっくに誰かがやってるはずよ。それをしないのは想定外のことが起こる可能性が高いと考えた方がいい」
「じゃあ、どうすんだよ」
「行くしかない」
神崎の声は落ち着いていた。
「ここで何が起こってるかを知るために、ここまで来たんだ。進もう。たとえ、それが罠でも」
三人は互いに頷き、無言のまま通路に足を踏み入れた。
数分後。彼らが連れてこられたのは、これまでの施設とは明らかに構造の異なる、コンクリート打ちっぱなしの無機質な部屋だった。監視カメラが四隅に配置され、椅子とテーブルがあるだけの空間。完全に尋問用の設計だった。
「隔離、ってわけか……」
神崎が椅子に腰を下ろした。
直後、部屋のドアが開く音がした。現れたのは——藤堂だった。
かつてこの島の監獄の頂点に君臨していた男。だがその姿は、以前のような圧倒的な威圧感ではなく、どこか影を落とした雰囲気をまとっていた。
「よく来たな、神崎。いや、監視官と言うべきか」
神崎は眉間に皺を寄せた。
「なぜお前が……ここに?」
「驚くのも無理はない。だが、俺とて、自由なわけじゃない」
藤堂はゆっくりと部屋の中央に歩み寄り、手のひらを開いて見せた。
「武器は持っていない。命令で来ただけだ」
「EVEの指示ってわけね」
マリアが鋭い視線を向ける。藤堂はうなずいた。
「あの存在を、AIと呼ぶべきか、それとも神と呼ぶべきか……。少なくとも、俺たちの常識の範疇じゃ測れない存在だ。だが、はっきりしているのは、あれがこの島の全てを統べているという事実だけだ」
神崎が言った。
「じゃあお前は、あいつに従って生き延びてきたってわけか」
「生き延びた……というより、生かされてきた、が正しいな」
藤堂は自嘲気味に笑った。
「俺は、あのEVEから定期的に指示を受けてきた。物資の補給は、EVEの指示でどこからか運ばれてくる。それが止まれば、この島は死ぬ。だが、完全に逆らえば、俺ごと島が消される——そんな脅威も感じている」
「じゃあお前も、囚人と同じってことだ」
「違いねえさ」
藤堂は壁の方を見つめながら続けた。
「だがな、神崎。お前たちはまだ間に合うかもしれない。お前が鍵になっていると、EVEは考えている。いや、そう言っていた」
「鍵?」
「お前の観測ログ、精神反応、行動パターン。それらがEVEの想定する秩序から逸脱している。それが、何か新たなプロトコルの起動条件になるらしい」
神崎は黙って、藤堂を見つめていた。
「俺はな……あのAIを完全に信じてはいない。むしろ、いつか必ず牙を剥くと思っている。だが、それでも俺には抵抗する手段も、生き延びる術もない。だから——」
藤堂はわずかにうつむき、続けた。
「だから、お前に託す。次の部屋で、すべての真実を見ろ。そこで、お前が何を選ぶのか——それが、この島の未来を決める」




