第49話「静寂の回廊」
「この足跡、やけに足取りが重そうだな」
埃の上についた足跡をしゃがんで見つめながら、リュウジが言った。
「ああ。普通の人間の歩き方にしちゃ、やけに足を引き摺ってやがる。ひょっとして、さっき見たあいつらか?」
K-3のタグをぶら下げた「人」が神崎の頭を過った。
「ねえ、ちょっと来て。この壁も扉になってるわ」
そのときマリアが手招きをした。神崎が近づくと、さっき見たものと同じ生体認証端末だけが壁に設置されている。
「ああ、間違いねえ。確かに扉だな」
神崎が端末に近づくと、生体認証のような微かな電子音が鳴り、重々しい音を立てて扉が開いた。
「見ろよ。どうやら俺は、この島のどこにでも入れる許可証を持っているらしいぜ」
皮肉たっぷりに神崎は笑った。
神崎たちは足を踏み入れた先は、どこかの通路だった。どうやら三人は、地図にない部屋の壁を潜り抜けて、施設本来の通路に入り込んだようだ。扉が閉まる直前、神崎がふと振り返ると、そこにはもう、ただの金属壁が広がっていた。こちらの通路側からはそこに扉がある痕跡さえ見えない。「隠されていた」——そう思わせるに十分な構造だった。
扉が開いた先は、まるで別世界だった。通路の奥へと続くわずかな照明は、ほんのりと青白く、人工的な光ではあるが、どこか水底のような不安定さを感じさせた。
神崎たちは無言のまま、その先へと足を踏み出した。リュウジが一度、振り返る。
「やっぱり、誰かに見られてる気がすんだよな」
神崎は頷いた。
「導かれてる。少なくとも、偶然じゃねぇ」
マリアは前を向いたまま、呟くように言った。
「なら、最後まで辿るしかないわ。ここに来た意味を、確かめるために」
その通路は、不自然なほど長かった。壁際には時折、壊れた配線や使用済みの薬剤ケースが落ちている。誰かがつい最近まで使っていたような痕跡が、ところどころに残されていた。
やがて、行き止まりのような場所にたどり着いた。三人が立ち止まる。目の前の壁には、何の表示もなく、ただ古びた金属の扉が一枚。認証端末もない。ただ、扉の中央部分に、かすかに何かの痕のようなものが刻まれていた。
マリアが、手のひらをその痕にそっとかざす。
「これ……焼き付いた跡かもしれない。高熱か、それとも……」
神崎はその形を見て、わずかに眉をひそめた。何かの記号のように見えたが、解読不能だった。
「この扉、開け方があるのか、そもそも開くのか……」
そのとき、壁の奥から、かすかに振動のようなものが伝わってきた。
ビィィィ……と低く唸るような音。
三人が身構えた次の瞬間、扉が自動的に左右へとスライドした。中から吹き出す空気は、冷たいというより、生温かい。だがそれ以上に、そこには明らかに異質な気配が漂っていた。
神崎が先頭に立ち、三人は薄暗い室内へと足を踏み入れた。
そこは想像よりも広い空間だった。低く鳴る機械音が、どこからか響いている。壁際には冷却装置のような筐体が並び、中央には一基だけ、完全に密閉されたガラスカプセルがあった。
「ここは……」神崎は目を見開いた。「……前に、来たことがある」
リュウジが驚いた顔で振り返る。
「何だって?」
「思い出した。あの時は、向こうの入口から入ってきたんだ」
神崎は、その部屋の反対側の扉を指さした。
「あのとき、俺は——あのカプセルで、番号だけが書かれた人間を見たんだ。タグに書かれていたのは……K-07」
「07ってことは、さっきみたのとは、別の奴ってことかい」
リュウジに神崎は頷いた。
マリアがそっと囁く。
「やっとここまで来たってわけね」
神崎はカプセルの前で神崎が足を止める。リュウジとマリアが並び立った。
カプセルの中には、一人の人間が横たわっていた。その顔は、ほとんど判別できないほどに変質していた。だが、どこか人の形を保とうとしているかのような微妙な輪郭。胸元には、崩れかけたタグがぶら下がっている。そこには、わずかに読み取れる刻印——《K-07》
「やっぱりだ。間違いない」
神崎は、小さく息を吐きながら、「おい、また会ったな」と、カプセルの中で目の前で横たわるK-07にそっと呼びかけた。
そのとき、マリアが一歩、フラフラと体を揺らしながら前に出た。彼女の唇は震え、その瞳が、凍てついたように揺れていた。




