第48話「罠」
「来るぞ……!」
神崎が低く呟いた瞬間、三人は反射的に配置を変えた。
リュウジは左手の柱の陰へ、マリアは制御卓の後方へと滑り込むように移動し、神崎は銃を構えたまま扉の方へと身体を向ける。
赤い警告灯が断続的に明滅し、隔離された区画は不気味な静寂に包まれた。低い機械音が壁面の内側から響き、天井のスリットからは微かな風が流れ込んでくる。
「誰かが仕掛けてきてる。だが、毒ガスとかじゃないようだ」
神崎の声に、マリアが頷くと同時に、壁の端末がピリッと音を立てた。自動的にログ画面が点灯し、やがて白黒の監視映像が浮かび上がった。
映像には、黒い拘束具に縛られた男が椅子に座っていた。目隠しと口枷で完全に封じられ、ただわずかに身じろぎするその姿。
だが次の瞬間、画面に赤い警告文字が走る。
《転移失敗 対象消失》
「……転移?」
神崎が眉をひそめる。マリアがすぐに端末を操作して別の記録を呼び出すが、画面はノイズと共に砂嵐になり、即座にシャットダウンされた。
「データが遮断された。何かがブロックしてるわ」
その直後、床下からゴウン……という振動音が響いた。巨大な機械が再起動したかのような唸りと微妙な振動が足元に伝わってくる。続いて天井の格子が一部開き、内部から冷たい空気が一気に吹き出した。
「こいつら、いったい何がしたいんだ。まだ何かあるみたいだぜ」
神崎が低く指示を飛ばし、三人はそれぞれ銃を構えたまま警戒を続けた。
そのとき部屋の最奥部にある、ひときわ大きな二重扉が、ゆっくりと、静かに開き始めた。その部屋には神崎たち以外に誰もいないはずだが、その扉が誰の手によって開けられたのかは分からない。ただ、誘われるように開いたその扉の先には、かすかな明かりと、未知の空間が広がっていた。
「……おい神崎よ、どっかの誰かさんがこっちへ来いって言ってるぜ。どうするよ」
リュウジが苦笑ともつかない表情で神崎を見た。神崎は扉の奥をじっと見据えたまま答える。
「ああ。どうせここにいても逃げ場もねえんだ。だったら主様のご招待を受けるしかないだろうよ」
「そうね。どっちにしろ行ってみるしかないみたいね」とマリア。
やがて意を決して三人は慎重に扉の向こうへ足を踏み出した。
その扉の奥には、先ほどまでの無機質な区画とは異なる空気が流れていた。温度は低いが、どこか湿り気を帯びている。壁面には古い注意喚起のプレートや、剥がれた識別コードが貼られたままになっているが、どれも記録上には存在しない形式だった。
「これ、完全に外部の記録から除外されたエリアね……」
マリアと神崎が目を合わせて頷いた。国家の関与が疑われる中、ここまで徹底して記録を抹消された空間が存在するという事実が、何より恐ろしかった。
通路はやがて下り坂となり、湿った空気の中に、鉄と油の臭いが濃くなっていく。地下通気管と似た構造だが、整備はされていない。配線がむき出しになり、時折かすかに電流の音が響いた。
「おい、あの音、聞こえるか?」
リュウジが急に立ち止まった。神崎も足を止めて耳を澄ますと、確かに、どこかで「ピチ……ピチ……」という水音のようなものが規則的に鳴っている。
神崎が警戒しながら音を追うように慎重に一歩足を踏み出すと、足元に敷いたパネルが微かに沈み、鉄が軋んだ。
「ここだ。音はこの扉の向こうからだ」
彼らが立ち止まった先には、もう一つの扉があった。今度は自動ではなく、手動で開ける構造だ。古びたレバーをリュウジが回すと、内部から冷たい風が一気に吹き出した。
その空間には、古い研究機器の残骸が散乱し、中央にぽつんとひとつの空のカプセルが据えられていた。神崎がそのカプセルの横に落ちていた名札を拾うと、そこにはかろうじて読める文字で《監理対象区画》と書かれていた。
「マリア、いったいここは何の部屋だ。俺たちをここへ引きずり込んだのはなんのためだ?」
神崎は部屋中を見渡しながら言った。相手の誘導に乗ってここまで来たが、結局何をしたいのか未だにつかめなかった。
「私にもさっぱりわからないわ。ここへ連れてきて何がしたいのか――」
そう言いながら、マリアは腰をかがめて床に残されたかすかな跡を指でなぞった。
「だけど、つい最近まで誰かがここにいたのは確かみたいね。埃についた足跡がまだ新しい」
マリアはそう言って、人差し指の先についた白い埃を神崎に見せた。




