第一章「地獄の楽園」第3話「接触」
神崎は、食堂の前での一件を頭の片隅に置きながら、島の様子を探るようにゆっくりと歩いていた。リュウジが「この島で生き延びるには情報が必要だ」と言ったのがはっきりと脳裏に残っている。
それならば、まずは支配者である藤堂の影を掴むことが肝心だ。囚人たちは誰もが彼の名を恐れ、従っているようだ。それが絶対的な支配によるものか、単なる恐怖によるものなのか、ほかに何か理由があるか。
神崎は、道で出会う囚人の何人かにそれとなく話しかけてみた。
「おい、ここで一番偉いのは誰だ?」
突然話しかけられた囚人は、ポカンと口を開けた。
「は? 馬鹿なこと聞くなよ。そんなの決まってるだろ」
「決まってるなら、聞くまでもねぇな」
神崎がそう笑うと、男は怪訝そうに目を細めた。別の囚人にも尋ねる。
「藤堂ってやつについて何か知ってるか?」
「おいおい、その名前を大声で軽々しく口にするなよ。死にてえのか」
相手は顔をこわばらせ、まともな相手もしてくれずに、そそくさとその場を離れた。その後も、数人の囚人に探りを入れたが、皆一様に藤堂の名を出すことを嫌がる。
「会ったことがあるやつはいないのか?」
そう問うと、やや年配の囚人が鼻で笑った。
「ハッ、見たことがあるやつもいるが、藤堂に会ったからって無事で済む保証はねえぞ」
どうやらやはり藤堂の影響力は絶大らしい。神崎は収穫を得たものの、これ以上深入りすれば目立ちすぎることも分かっていた。
「おい、新入り」
半日ほどそうやって歩き回っていたとき、不意に背後から声がかかった。
神崎はゆっくりと振り返る。目の前には、屈強な男が二人。背格好からして、おそらく藤堂の配下のようだった。
「お前、藤堂さんの名前を聞いて回ってるらしいな? 島に来たばかりの新入りが何を探ってんだ」
隙を見せずに男の一人が低い声で言った。あきらかにいつでも飛び掛かってくる体制だ。やはりこいつらは、ただものじゃない。
「へぇ……探るなんてそんなつもりはなかったがな。この島についてすぐにそんな貼り紙をみたもんでな。なんだろうと思っただけさ」
神崎はポケットに手を入れたまま微笑を浮かべたが、やはり男たちは警戒を解かない。
「知らねぇなら、それでいい。だが、余計な詮索をするなよ。ここじゃ、聞かなくてもいいことが山ほどあるんだ」
「ああ、わかった。忠告として受け取っておくよ」
神崎がそう答えると、男たちは一瞥をくれて立ち去ったが、去り際に一人が振り返った。
「もしお前が余計なことを続けるなら、次はもっと“きつい”忠告が待っているから覚悟しな」
額に傷のある顔でじっと見据えてくる。その言葉には、明らかな脅しが込められていた。神崎は「わかった」という表情で彼らに向かって右手を軽く上げた。そして彼らの態度を目で追いながら、藤堂という男がやはり並の囚人ではないことを確信する。
「新入りのくせに、もう睨まれたか」
すぐ後ろからリュウジの声がして、振り向くとリュウジはあきれたような顔で神崎を見ていた。
「お前も大概、危なっかしいな」
「さてな……だが、ようやく面白くなってきたよ」
神崎は目を細める。藤堂の配下に目をつけられた以上、もう引き返すことはできない。この島のルールを知るだけでなく、その支配構造を揺るがす何かを掴む必要がある。
「なあ、リュウジ。藤堂ってのはどこにいる?」
神崎の問いに、リュウジは少し考えた後、薄く笑った。
「会えるもんなら、会ってみな。俺は自分の身が大事だから教えないぜ」
リュウジはそう言うと、少し歩き出してから立ち止まり、神崎を振り返った。
「けどな、神崎……この島で藤堂に会いたいなんて思う奴は、だいたい二種類しかいねぇ」
「ほう、聞こうじゃないか」
「一つは、藤堂の“手下”になりたい奴。そしてもう一つは、藤堂を“ぶっ潰したい”奴だ」
リュウジは薄く笑い、 「で、お前はどっちなんだ?」とまた聞いた。
神崎は口元を歪めると、静かに肩をすくめた。
「さてな……それは、藤堂さんってやつに会ってから決めるさ」
リュウジは「馬鹿な」という顔で、それ以上は何も言わず、背を向けて歩き去った。神崎は彼の後ろ姿を見送りながら、再び目を細める。
——どうやら、本格的に面白くなりそうだ。




