第42話「接触Ⅱ」
突如、制御端末がバチッと火花を散らし、ホログラム装置がノイズとともに明滅し出したかと思うと、その直後、制御室全体の照明が一斉に落ちた。
気味の悪いほどの静寂。電子の鼓動すら感じさせない沈黙が、闇の奥にまで沈んだ。
K-06は、まるで支えを失ったかのようにふらりと片足を引いた。その動作は機械的な制御とは異なり、何かが抜けたように見えた。
「……どうした……?」
リュウジが警戒を解かずに声を低く漏らす。その声と同時に、K-06は無言のまま振り返り、来た通路へと静かに歩き出した。神崎たちへ視線を向けることもなく、ただ無言で、ゆっくりと。
「……行った、か」
その背中を黙って見送っていた神崎が言った。
三人はその場にしばし立ち尽くしていた。異様な脱力感が、場を支配していた。
「今の……何だったんだ?」
「制御が切れただけとは思えない」とマリア。「あれは、命令じゃなく、自分の意思で立ち去ったように見えた」
リュウジが眉をひそめる。
「意思って……あんな奴にか?」
神崎は無意識に唇を噛んだ。
「マリア……ホログラムの最後に映った男。音声はなかったが……口の動きが、『サワキ』って呼んでいたように見えた」
マリアは少し間を置いてから頷いた。
「ええ。私にもそう読めたわ。沢木って――」
「でも……写っていたのは沢木じゃない。誰だったんだ、あの男は?」
神崎は、そこで言葉を飲み込んだ。あのホログラムの男の顔が、どこかさっきまで目の前にいたK-06に似ていたことを。
神崎は制御室の暗がりを一瞥し、すぐに懐中ライトを取り出して点けた。薄い光が辺りを照らし、埃と静けさに包まれた空間が浮かび上がる。
「電源が落ちた……ってことは、端末も死んでるな。手詰まりか」
リュウジが唇をかんで言った。
「いえ、まだ手はあるわ」
マリアは持ってきた装備からメモリーデバイスを取り出し、自家電源の携帯端末に接続した。モニターに浮かんだ簡易配置図の中から、一か所を指で示す。
「通気口を抜けた先……そこが、かつての管理中枢よ。今も何か残ってるかもしれない」
「行ってみるしかねえか」
神崎は頷き、再び先頭に立って制御室を後にした。背後からマリアとリュウジが続く。廊下の奥に、天井の低い通気路の分岐が見えた。
通気路に入ると、空気が急に湿り気を帯びていた。内部は配線と配管が密集しており、所々にケーブルが垂れ下がっていた。足場は狭く、頭を屈めなければ進めない。
「なんか、あちこちがボロボロだな。ほんとにこの先が管理棟か?」
とリュウジがぼやいた。
「施設の構造は大きく変わってないはず。Kシリーズの隔離管理は、この下層のもっとも奥……」
マリアがそうリュウジに言ったその時、通気路の先からかすかな音が聞こえた。何かが金属に当たるような硬質な音。三人は即座に動きを止め、呼吸を殺した。
神崎はライトを消し、暗視補助のフィルターをゴーグルに装着した。マリアも同様に装備を切り替え、リュウジは片膝をついて銃を構えている。
だが、音はすぐに止んだ。
「風……じゃねぇな」
とリュウジが低く呟いた。
神崎は何も言わず、慎重に音のした方向へと進み、数メートル先の曲がり角を覗き込む。そこには、ぽっかりと開いた横穴があった。古い配管整備の点検口らしいが、周囲の壁面には何かがこすれたような跡が残っている。
「誰かが……いや、何かが通った跡だな」
神崎は、壁に手を当てて擦れた痕を確かめた。
マリアが点検口の中を確認し、「問題ない、通れるわ」と頷いた。
「気を抜くな。もうここは、誰のものでもないかもしれない」
神崎は息をひそめて二人に注意を促し、再び三人は前進を再開した。
点検口を抜けると、短い傾斜路の先に小さなホールが広がっていた。そこはまるで、時間から切り離された空間だった。
中央に古びたロッカーと、廃棄された端末類。そして、その先に重厚な金属扉。扉には見慣れた警告シールと、薄くかすれた文字。
《K-07監理区画》
神崎は一瞬、息を呑んだ。
「ここだ……間違いねぇ」
マリアが端末を接続しようとした瞬間、扉の奥からかすかに“ノック”のような音が響いた。一定のリズムを持った、不自然なほど静かな打音。
「中に……誰かいる?」
リュウジが銃を構え直す。神崎はその音を聞きながら、あの日見た冷却室の記憶を思い出していた——
タグに記された《K-07》の番号。薄暗い冷却棺に横たわる男。その顔には見覚えがなかった。だが、今ここで、何かが繋がろうとしている。
「開けてみるしかないな」
神崎がそう言い、マリアが頷いた。解除作業が始まる。数秒後、内部ロックがガチンと音を立てて解除される。
「準備は?」とマリア。
神崎とリュウジが銃を構えたまま頷いた。
ふたりの応戦態勢を確認し、マリアは重い扉をゆっくりと開き始めた——。




