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第39話「Kシリーズ」

 地下へと続く通路は、三人を冷たい風で迎えた。照明はすでに落ち、頭上に等間隔で並ぶ小さな誘導灯だけが、ぼんやりと道を照らしている。

 神崎は先頭に立ち、手にした拳銃の銃口をわずかに下げながら、一歩ずつ慎重に進んでいた。足元に積もった埃は厚く、誰かがここを通った痕跡は見当たらない。

(まるで……ここだけが時間から取り残されてるみてぇだ)

 背後を振り返ると、リュウジが無言で頷き、マリアは何かを確かめるように天井の配線を見上げていた。

「ここに来たことがあるって言ってたよな。いつだ」

 神崎が尋ねると、マリアは数秒の沈黙ののちに言った。

「昔、ほんの一度だけね。でも……あの時と何か違う」

 辺りを大きく見渡しながらマリアが言った。

「気をつけて」

「わかった」

 そう返事をしてしばらく進むと、通路はやがて分岐に差しかかった。片方は「生体管理区画」、もう片方は「研究ブロック」の文字がかすれて残っている。その分岐でマリアが立ち止まった。

「右側は迂回路。左に進めば、かつて実験棟と呼ばれていた施設に出るはず。データがあるとすれば……そっち」

「どっちにしても気味が悪ぃな……」

 リュウジがぼやくように言ったが、神崎は頷いた。

「行くぞ。左だ」

 三人は左側の通路に入り、さらに深部へと進んだ。コンクリートの壁面には、所々に黒ずんだシミが残っている。腐敗臭ではない、だが何か生き物の残滓のような匂いが鼻に残る。

 やがて鉄製の扉が現れた。鍵はかかっておらず、押すと軋む音と共に開いた。中は広い吹き抜けのような空間で、かつては何らかの観察設備が並んでいたらしい。ガラス張りのブース、記録用の端末、使われなくなった検査台。すべてが薄い埃に覆われていた。その一角、破損しかけた棚の奥に、奇妙な形をした保存容器がいくつも並んでいた。

「……これは?」

 神崎が近づいて覗き込むと、内部に残されていたのは、液体の中に浮かぶ何かの細胞塊のようだった。既に変色し、もはや何が原型かすらわからない。

「保存用のホルマリンか……いや、これは別の……」

 マリアの声がかすかに震えた。

「見て。ここ——“Kシリーズ適合体”って書いてある」

「Kシリーズ……?」

 神崎はマリアを見る。だが彼女は答えず、ゆっくりと保存容器の表面をなぞるように見つめていた。その瞬間、室内の一角からカタン、と小さな音が響いた。三人は同時に身をこわばらせた。神崎は即座に銃を構え、マリアもリュウジも、壁際に散って警戒態勢を取った。

「……今の、聞こえたな」

「ええ。気配がある。誰かがいたわ」

「油断すんなよ。まずは音のした場所を手分けして確認する」

 神崎は合図を送り、三人は背中を預け合うようにしながら、音のしたガラスブースの奥へと慎重に進んでいった。リュウジが天井を、マリアが足元を、神崎が正面をそれぞれカバーする体制をとった。

 だが、そこには人影はなく、暗がりの中には、破れた作業着の切れ端のようなものと、乾いた血痕だけが残されていた。靴跡もある。つい最近つけられたような、新しい跡だった。

(……誰かが、さっきまでここにいた……?)

 息を潜める。物音はもうしない。だが、気配は完全には消えていなかった。まるで、誰かにどこかから見られているような視線を背中に感じる。

「天井裏か、通気口か……どっかに隠れていやがるかもな」

 神崎が囁くと、マリアが小さく首を振った。

「撃たないで。……まだ、敵と断定できない」

 彼女の声は冷静だったが、その目は鋭く緊張を帯びていた。安全確保のため、三人は部屋の隅々まで目視で確認した。通気口、天井裏、ブースの裏側——怪しい影はない。だが、明らかに誰かがいたような気配だけが、残っていた。

 気がつくと神崎の足元にタグが落ちていることに気づいた。拾い上げると、そのタグにはこう刻まれていた。

《K-07》

 神崎はその番号を見た瞬間、息を呑んだ。——あのとき、ホルマリン漬けの巨大な生体に貼られていた番号と同じだった。

(なんで、ここに……?)

 手の中のタグを強く握る。その番号は記憶に焼き付いていた。

「おい、なんか見つけたのか?」

 リュウジの声が響き、神崎はゆっくりと振り返った。

「……いや。ちょっと気になるものが落ちてた」

 そう言って、リュウジにタグを見せた。

「さっきの誰かが落としたってことか?」

「いや、まだわかんねえ。まったく関係ないもんかもしれないがな」

 そう言って神崎はタグをポケットに押し込んだ。

 マリアが端末のひとつを調べ始め、画面を指さした。

「これ見て。ログの一部がまだ生きてるわ。ここから、最奥の封鎖ブロックへのアクセス履歴がある」

「そっちには……何があるんだ?」

 マリアは視線を逸らした。

「……私にもわからない。だけど、きっとこのKシリーズの根本に関わる何かがある」

「じゃあ、そこも行ってみるしかねえってことか」

 神崎とリュウジは顔を見合わせ、そして無言で頷いた。三人は再び闇の奥へと歩を進めていった。


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