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第46話「闇の底」

 天井裏で響いた音は、フッと消えた。まるで、こちらの様子を伺うかのように、ぬるりとした存在が空間に張りついているような気配だけが続いている。

 神崎は耳を澄ませながら、周囲の警戒を続けた。周りに目をやると、リュウジは肩越しに拳銃を構え、マリアは冷静に天井の一点を見つめていた。

「……どうする?」

 小声で囁くリュウジに、神崎は小さく首を振った。

「手は出すな。今は目立つのがまずい」

 その時マリアが神崎に言う。

「この施設の奥には、中央制御ブロックがあるの。そこに行けば、まだ何か残っているかもしれない」

「残ってるって、何がだ?」

「記録よ。すべてが始まった場所……かもしれない」

「じゃあ進むしかねえな」

 神崎を先頭に三人は制御室を出ると、さらに奥へと進んだ。

 だんだんと通路は細くなり、足元のコンクリートはひび割れ、所々で床が抜けかけている。天井からは錆びたパイプが伸び、所々から水が滴り落ちていた。異様な静けさの中で、その音だけが規則的に響いていた。

 神崎はふと歩を止め、右手の壁に触れた。冷たく、ざらついた感触。どこかで同じような壁に触れたことがある——そんな感覚が、一瞬よぎった。

(……何か、思い出しそうで思い出せねぇ)

 やがて、金属製の重い扉の前にたどり着いた。扉には封印のような赤い印がスプレーで描かれており、「進入禁止」の文字がかすれて読める程度に残っていた。

 リュウジが素早く工具を取り出し、音を立てぬよう慎重にロックを解除する。だが、鍵が外れる音が、やけに大きく響いた。

 扉の向こうは、空気が違った。埃と油に加え、どこか生臭い匂いが漂っている。まるで、今も誰かの体温が残っているような、異様な気配があった。

 中央制御室は、半円形の広い空間だった。壁一面に古びた端末が並び、中央にはホログラム装置のような台座が鎮座していたが、既に電源は落ちて久しいようだった。

「……誰か、最近までここにいた形跡があるな」

 神崎は室内を見回し、床に残された複数の足跡に目を留めた。それは明らかに三人分より多く、しかも比較的新しい。

「誰かがここを使ってたってことか」

 リュウジが壁を軽く叩いた。

「中の空気が生きてる。ここだけが、今も動いてるって感じだ」

 マリアは無言で壁際の端末に近づき、起動ボタンを押した。予備電源が残っていたのか、数秒の後、一台の画面が明るく点灯した。

 表示されたのは、断片的なデータだった。

《プロトコルコード:LUCIFER—最終段階に移行》

 その文字列を見た瞬間、マリアの表情が一瞬、硬直する。

「……ルシフェル?」

「なんだ? 人の名前か?」

 神崎が問いかけると、マリアはほんのわずかに首を傾げた。

「このコードはただの名前じゃない。処分対象の分類コード……。それが最終段階に移行ってことは……」

「何かが始まってるってことか?」

 リュウジの問いに、マリアは黙って頷いた。

 神崎はふと、マリアの目線がわずかに揺れたことに気づいた。過去の記憶を探るような瞳。マリア自身、この記録と何らかの接点がある ——神崎はそう感じたが、あえて言葉にはしなかった。

 そのときだった。制御室の奥で、低く軋むような音が響いた。まるで、長く使われていなかった重機が動き出したような、不自然な金属音だった。

 間髪を入れずリュウジがわずかに身を引き、マリアは腰のポーチに手をかけた。神崎は汗ばんだ手で銃を握り直した。

 だが、音はそれで一旦止まった。

(……やはり誰かいやがるのか?)

 神崎の背筋に、かすかな悪寒が走る。

 そのとき、ホログラム装置の奥の壁が音もなくスライドし、黒くぽっかりと開いた通路が現れた。闇の底が見えない、地下のさらに深くへと続く道が現れたのだ。

 神崎は無意識に一歩退いた。空間の奥から吹き出す空気は、地下にしては妙に温く、どこか生臭さを含んでいた。

「……罠かもしれねえな」

 リュウジが銃を少し持ち直す。マリアは何も言わず、開かれた通路をじっと見つめていた。

 神崎は少し息を吐いて言った。

「行くか、やめるか。今なら引き返せる」

 数秒の沈黙のあと、リュウジが肩をすくめて笑った。

「戻ったって、地獄だろ。だったら地獄の奥まで突っ込むだけだ」

 マリアが小さく頷いた。

「ここ先が中心のはずよ。何もかも、始まった場所……きっとそう」

 神崎は再び、通路の闇を見つめた。たとえ罠だとしても——ここを越えなければ何も変わらない。

「ここまできたら、どっちに向かっても血塗られた道だ。よし、先に行こう」

 リュウジとマリアが頷いた。

 神崎が足を踏み出そうとした、その瞬間だった。背後のホログラム台座が、かすかに明滅したように見えた。

(……今、光ったか?)

 神崎は立ち止まり、台座をじっと見つめた。だが台座は、何事もなかったかのように静まり返っていた。

「どうかした?」とマリア、

「いや、なんでもない」

 気のせいかもしれない——そう思いながら、神崎は再び歩き出した。

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