第一章「地獄の楽園」第2話「この島のルール」
その日の昼、島の建物配置などを確認して回っていた神崎は、食堂と書かれた建物の前で立ち止まった。
そこは食堂とは名ばかりの、崩れかけた倉庫のような建物。入り口には扉もなく、薄汚れた壁の一部には鉄板が無造作に打ち付けられていた。
中に入ると、粗末なテーブルと椅子が並び、囚人たちが思い思いに食事をとっている。貧相な食い物が並んでいる。ここを利用できるのは1日1回だという張り紙がある。どうやら生きていく最低限の食い物だけは手に入るらしい。
カウンターで名前を確認されて、飯――といえるものを受け取った。
「へえ、飯にありつけたようだな」
いったいどこから現れたのか、リュウジの声が背中から聞こえる。
「朝の配給で食いっぱぐれた奴も多いんじゃないのか」
「そういう奴は、力のあるグループに入るか、誰かに媚びて生きるしかない」
リュウジは肩をすくめる。
「じゃあ、お前はどうなんだ? どこかに媚びてるのか」
試しに聞いてみると、リュウジは「そこはうまくやってるさ」と濁して語らなかった。
「この島に来て一週間もすりゃ、どこが安全で、どこが危険かぐらいわかる。だが、お前みたいな新入りはそうはいかねえ」
それだけ言って黙った
神崎は食堂内を見回す。グループで固まっている囚人もいれば、ひとりで黙々と飯を食っている者もいる。 明らかに立場の違う囚人たちがいるのがわかる。
「ここはただの監獄じゃない。生き延びるために戦う場所だ」
リュウジが向かい合ってテーブルに腰を下ろし、声を潜めて神崎に耳打ちする。
「それでお前はどうするんだ? どこかのグループに入るか、それとも自力でやってくか」
神崎は答えず、ただ静かに飯を口に運んだ。この島のルールを知るためには、まず観察することが必要だ。この男とはしばらくつるんでみるか。
見回すと、食堂の奥の方では、何人かの囚人が密かに取引をしている。酒か、薬か、それとも武器か。物資は命の価値に直結する。食い物が手に入らなければ、暴力で奪うのがこの島の流儀らしい。
突然、ガタンと机をひっくり返す音が聞こえ、食堂の空気が急に張り詰めた。一人の囚人が立ち上がり、別の囚人に掴みかかったのだ。
「テメェ、俺の分を盗ったな!」
食器が食い物ごと床に散らばる。
「はっ、何の証拠があって言ってんだよ!」
掴みかかられた囚人は鼻で笑ったが、次の瞬間には相手の拳が彼の顔面に叩き込まれた。周囲の囚人たちは止めようともしない。むしろ、面白がって眺めている者ばかりだ。もちろん、神崎も何も動かなかった。
「こんなもんだ。ここじゃ、力が全てよ」
リュウジが皮肉っぽく呟いた。
その時、食堂の入り口付近で別の騒ぎが起きた。
「おい、貴様、覚悟はできてんだろうな?」
二、三人の男が、若い囚人を囲んでいた。
「ま、待てよ! 俺は……ただ……!」
男は必死に言い訳をしようとするが、暴力の嵐がそれをかき消す。男は蹴り飛ばされ、床に転がる。
「新入り狩りだな。お前も気をつけな」
リュウジが低く呟いた。神崎はその光景を冷静に見つめながら、改めてこの島のルールを理解した。この島では、力がなければ食うことすらできない。そして、無力な者はただの獲物になる。
「なるほどな」
神崎は小さく呟くと、リュウジに向き直った。
その時、食堂の隅でひそひそと話している男たちがいた。
「……藤堂様の許可なく動くな」
神崎はその言葉を聞き逃さなかった。
「今の、あいつが言ったこと、どういう意味だ?」
リュウジに問いかけると、彼は軽く鼻を鳴らした。
「ああ。ここでは、藤堂の名は慎重に扱われる」
「ほお、おもしろい」
神崎は藤堂という男の影を感じながら、食事をたいらげて食堂を出た。すると、外で待ち構えていた囚人たちが神崎に目を向けた。
「おい、新入り。お前、どこにつくんだ?」
囲まれるようにして、数人の男が詰め寄ってくる。
神崎はゆっくりと彼らを見渡した。
「どこにつく……ね」
神崎がそう呟くと、隣にいたリュウジが苦笑した。
「お前の答え次第で、こいつらの態度は変わるぞ」
神崎は曖昧に笑いながら、その場をやり過ごした。連中は少し気色ばんだが、リュウジが「まあ、まあ」と軽く手で勇めると諫めると、舌打ちしながらふたりから離れていった。
「やれやれ、そんな態度だとそのうち本気で殺されるぜ」
リュウジの言葉を背中に受けながら、神崎は静かに次の手を考え始めていた。




