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第四章「裏切られた島」第35話「仮初の静寂」

 暗がりのなかを、三つの影が駆けていた。マリアの先導で神崎とリュウジは島の南部、かつての炭鉱施設の地下搬送路へと入り込んでいく。 崩れた壁の隙間をすり抜け、鉄骨の軋む音を背に、ようやく辿り着いたのは廃棄された制御室跡。打ち捨てられた機械の残骸と、苔むした床が、長く人の気配がなかったことを物語っていた。

「ここなら、しばらくは追ってこれないわ」

 マリアはそう言って背後を確認すると、長銃を静かに床に下ろした。彼女の顔からは、あの戦場での鋭さが一瞬だけ消えていた。

 神崎は壁にもたれかかり、肩で息をしながら訊いた。

「なあ、マリア。あんたはいったい何者だ? ……誰が、あんたに俺を助けろって言った?」

 マリアは答えなかった。ただ、リュウジが間に入るように言った。

「今はそれより、体の手当てが先だ。お前、脇腹から出血してる」

 見ると、神崎のシャツの裾が赤黒く染まっていた。マリアが無言でポーチを開き、包帯と消毒液を取り出す。

「傷は浅い。でも、無理すれば裂けるわ。しばらくは動かないことね」

 手当てを受けながら、神崎は天井を見上げた。

「……まったく、助けてもらったばかりだってのに、妙な話だな。あんたが敵じゃねえって確信は、どこにもないんだが」

「そうかもね」

 マリアはそれだけ言うと、古い制御卓に地図を広げた。

「ここが今の位置。藤堂の本拠地は、施設の北端にある統制区画。地下経路を通れば近道になるけど、途中に封鎖された監視所がある」

 彼女の口調はあくまで淡々としていた。だが、地図に示されたルートや監視ポイントは、まるで内部の人間のように詳しい。

「お前……この島の構造、どうしてそんなに……」

 神崎の問いに、マリアは一瞬だけ目を伏せる。

「……ある人に頼まれたの。神崎という男が島に来たら、助けてほしいって」

「誰だ、そいつは」

「沢木充。私の恋人だった」

 その名前に、神崎の呼吸が止まる。

「知ってるのね?」

「ああ……忘れられるはずがねぇ」

 神崎の瞳が、ほんのわずかに揺れた。


 ***


 制御室に戻ると、神崎がゆっくりと口を開いた。

「なぁマリア、お前は……その沢木って男から、何を託された?」

 マリアはしばしの沈黙のあと、こう言った。

「信じていい人間は、ほんのひと握りだって。彼は、あなたの名前だけを覚えていた」

 神崎は目を閉じ、長く息を吐いた。

「……だったら、もうひと暴れしてみるか」

 地図の一点に指を落とす。

「この島を、終わらせるために」

 その言葉に、マリアもリュウジも小さく頷いた。制御室の空気が、わずかに変わる。

「反撃の起点は、ここにする。藤堂の目がこちらに向いているうちに、俺たちが先に動く番だ」

「兵力差は大きい。けど、一点突破なら……」

 マリアが指をなぞったのは、旧処理施設の裏手にある地下通気路だった。

「ここを通れば、統制区画の裏手に出られる。監視は薄いのよ、ここは。ただし、一度動けば後戻りはできないわ。生きて出られる保証はどこにもないわよ」

「上等だ。なあに、生きてたら、うまいもん食わせてくれるって約束してんだ。なんとかするさ」

 神崎の冗談に、リュウジが照れくさそうに笑う。

「まあ、そんためには生きてなきゃな」

 フッと黙り込んだ。静寂が戻った制御室に、遠くから微かな爆音が響いた。誰かがまた動いている——それが敵か味方かもわからない混沌のなか、三人は再び地図を見つめた。

「明日までに準備を整えよう。突入は明け方前だ。奴らの寝込みを襲う」

 神崎の言葉に、マリアとリュウジが黙って頷く。

「藤堂はまだ、この島のすべてを支配してるつもりだ。だが俺たちは……その幻想ごと、ぶっ壊してやる」

 その言葉に、マリアもリュウジも小さく頷いた。

 制御室の空気が、わずかに変わる。制御室の蛍光灯が、一瞬だけチカッと瞬いた。島の奥深くで、眠っていた何かが目を覚ますかのように。



 ***


 同じ頃、広場では司の一団が火を吹いていた。私兵の武器庫を襲撃し、弾薬と食糧を奪い取る。混乱の中、施設の一角に炎が上がった。

「いいぞ、奴ら完全に浮き足立ってる!」

 司は煙の向こうに笑いを浮かべながら、部下に指示を飛ばす。

「次は北だ。藤堂の寝床を荒らしてやれ!」

 徐々に司の勢力が広場を制圧し始めていた。

 一気呵成に攻め続けるそんな中、司には気になることが残っていた。

 神崎、どこにいる。生きてんだよな――


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