第29話「開戦前夜」
夜が更ける。島全体が静まり返る中、アジトの奥では神崎、司、リュウジの三人が最後の打ち合わせをしていた。
張り詰めた空気の中、誰も余計な言葉を挟まない。
「犬どもは、今夜動くはずだ。間違いねぇ」
リュウジが低く呟く。
「問題は……藤堂がどう動くか、だ」
神崎は広げた地図に目を落としたまま頷いた。
「向こうも、もう動くしかねぇ。島の均衡が崩れるのを、藤堂は何より恐れてるはずだ」
「だからこそ……藤堂は表には出てこねぇ。やる以上は奴を引っ張り出さなきゃ意味はねえ。奴の手下の動きを見ておけば、藤堂の隠れ家にも近づけるはずだ」
司の読みは鋭い。リュウジも小さく頷く。
「問題は、どこでぶつけてくるか、だな」
リュウジが煙草をくわえたまま地図を覗き込む。神崎の指が、地図の一点をなぞった。
「犬どもがまず狙うとすれば藤堂の補給路……ここのはずだ。物資が集まる資材置き場を叩けば、藤堂の首を締められる」
「じゃあ、俺たちもそこに乗る……か」
司が地図を睨んだ。
「ああ。犬どもに藤堂の注意を向けさせて、その隙に俺たちが藤堂を一気に叩く」
神崎の声は静かだったが、そこには迷いがなかった。
リュウジがニヤリと笑った。
「派手だな。だが、もう後には引けねぇ。どうせなら盛大にやろうぜ」
「問題は……タイミングだ」
神崎は顔を上げ、二人を見た。
「犬どもが動き出したら、すぐに仕掛ける。間違えば、こっちが巻き込まれる」
「任せろ。奴らの動きは俺が押さえる」
リュウジが頷く。
「司、お前はアジトを捨てる準備をしておけ。どうせ長くは持たねぇんだ。ここの守りに人を割く理由はねえ」
「だな。……わかった」
司は短く返した。
「で、お前は?」
「俺は藤堂の手下を追う。どこでどう動くか見極める」
神崎の声は低く、決意に満ちていた。
リュウジがふっと笑った。
「お前、無茶して死ぬなよ」
神崎は肩をすくめる。
「まだ死ぬつもりはねぇさ」
その頃——
島の裏手、かつて資材置き場だった一角には、犬どもの残党がすでに集まっていた。
「今夜だ。……もう後戻りはねぇ。覚悟はいいな」
リーダー格の男が低く言い放つ。
「おう。……どうせこのままじゃ、藤堂に消されるだけだ」
「先にやるしかねぇ」
短銃を手にした男たちが、次々と頷いた。目には決死の覚悟が宿っていた。
「いいか、藤堂の補給路とその先の物資置き場を叩く。まずは斥候のお前が物資置き場に火をつけろ。全部燃やせ。……それが合図だ」
緊張感に包まれた中、指をさされた男が頷いた。
「……俺たちが島の連中を巻き込むことになる。二度と後戻りはできないぜ。本当にそれでもいいんだな?」
もう一人の男が言う。
「上等だ」
リーダー格の男は歯を剥いた。
「全部ぶっ壊してやる。この島ごと、な」
その言葉に、誰も反論する者はいなかった。
「おもしれえ。じゃあ、おっ始めるか」
誰かが言うと、1人、また1人と黙って立ち上がり、音もなく夜の闇へと消えていった。
その一部始終を見下ろしていた影が、素早く動いた。藤堂の私兵——密偵のひとりだった。
男は犬どもが動き出したことを確認すると、すぐさま藤堂の元へと走り出した。
「さあ、動くとすればそろそろだな」
リュウジが呟いた。
神崎はふたりを見渡した。
「じゃあリュウジ、お前は犬どもの動きを追ってくれ。タイミングを見て奴らと合流しろ」
「ああ。任せとけ」
「司、アジトは捨てる準備はできてるか」
「ああ、大丈夫だ。藤堂の奴らが知らずに踏み込んだら、ちょっとした爆破が起こるように仕掛けもしといた」
司は静かに返した。
そして、神崎は拳を強く握った。
「俺は……藤堂の動きを見極める」
リュウジが少し眉をひそめる。
「神崎。……無理すんなよ。奴ら、今度こそマジで容赦しねぇぞ」
「わかってる」
神崎は短く頷いた。
「だが、誰かがやらなきゃならねぇ」
しばしの沈黙。その場の全員が、この夜の先に何が待っているかを悟っていた。
「……行くか」
誰ともなくそう言うと、神崎が先に立ち上がり、それから夜の島に三人はそれぞれ散っていった。
打ち合わせ通り、リュウジは裏道から犬どもの動向を追い、司は仲間たちとアジトの整理にかかったはずだった。
そして神崎は一人、闇に身を溶かして藤堂の一味がいるはずの場所へ向かう。
重く沈む星一つない空を見上げながら、神崎は静かにポケットの中の写真を確かめた。
(マリア……どうせどこかで見てるんだろ?)
神崎にはマリアが今もこの島のどこかで、すべてを見ている気がしてならなかった。
神崎は小さく息を吐いた。
「……さぁ、マリア。始めようぜ」
低く呟いたその声は、夜の闇に消えていった。




