第三章「座標の彼方」第26話「蠢く影」
重苦しい沈黙の中、神崎は改めて司とリュウジを見渡した。
「……さて、これからどう動く?」
司の問いに、神崎はゆっくりと口を開いた。
「藤堂の動きが本格化する前に、こっちから仕掛ける。あの『外部』の情報を探るしかねぇ」
「どこを当たるつもりだ?」
「工場区域の奥。まだ手をつけてない廃棄区画があるはずだ。昔の資料や、残骸でも何か掴めるかもしれない」
司は少し考えた後、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。だが、俺はレムナントの連中を見張っておく。何か動きがあれば知らせる」
そう言って立ち上がると、司は神崎に視線を向けた。
「リュウジを連れていけ。……そいつなら裏道を知ってる。役に立つかもしれねぇ」
リュウジは軽く肩をすくめた。
「了解。ま、暇だしな」
神崎とリュウジの二人は、廃工場の奥にある廃棄区画へと向かった。人の気配はまったくない。ここまで奥に入り込む者など、もはや島の中でもいないのだろう。
「しかし、変わったな。お前がこうして俺と組むなんてな」
歩きながら、リュウジがぼそりと呟く。神崎は苦笑し、肩越しにリュウジを見た。
「状況が変われば、人間も変わるさ。あんたとて、そうだろ」
「さぁな。……けどな、神崎。俺は、ずっとこの島で生きてきた。今さら何が変わるってんだ」
「それでも、だ。もう元には戻れねぇよ」
リュウジは煙草を口に咥え直し、何も言わずに歩き出した。
廃棄区画は、かつて工場だった面影をかろうじて残していた。崩れた壁、錆びついた機械、朽ちた配管が無残な姿を晒している。
神崎は足元に転がる鉄屑を避けながら進むと、ふと何かに目を留めた。
「……これは」
埃まみれの木箱が一つ、半ば埋もれるように放置されている。神崎はしゃがみ込み、慎重に蓋をこじ開けた。中には、古びた帳簿と幾つかのフィルムが残されていた。
「記録か……?」
神崎は帳簿を手に取り、ページをめくる。そこには、見覚えのある文字が並んでいた。
『物資搬入記録』『生体試験補助資材』——
リュウジが覗き込む。
「やっぱり……ここはただの工場じゃねぇな」
「ああ。軍の実験施設だった。間違いねぇ」
神崎はページをめくり続け、ふと止まった。
そこに、『特別区画搬入』『K-07関連資材』という記述があった。
「ここにも……K-07」
思わず声に出した神崎に、リュウジが眉をひそめる。
「まだ続きがありそうだな」
「問題は、このフィルムだ。……現像できれば何か映ってるかもしれねぇ」
リュウジは顎をしゃくる。
「知ってる場所がある。古い現像室だ。多分、まだ使える」
「やっぱりここらに来たことがあるんだな。場所は覚えてるのか?」
「ああ。こういう時のために取っといた。……来い、案内する」
リュウジの跡をついていくと、廃墟の奥、かつて写真工房だった建物へと辿り着いた。リュウジが手際よく入り口をこじ開け、中へと入る。
「ここだ。機材はボロだが、何とかなる」
神崎は黙ってフィルムを差し出した。
「頼む。何が映ってるか、確かめたい」
「任せとけ」
リュウジは手慣れた手つきで薬品を準備し、現像作業に取りかかる。やがて、暗い室内に浮かび上がる像に、神崎は息を呑んだ。
そこに写っていたのは、軍服を着た男たち——そして、ガラス越しに拘束された人間たちの姿だった。
「……これは……」
リュウジが低く呟いた。
「やっぱり、ここは……生体実験の島だったんだな」
神崎はフィルムの最後に、一枚の写真を見つけた。白い修道服の女——マリアに、よく似た人物が映っている。
「……マリア」
「知ってるのか?」
「ああ……間違いねぇ。マリアだ」
神崎の声が震えた。マリアは、やはりこの島に関わっていた——それも、ずっと昔から。
「リュウジ……これは、どういうことだ」
リュウジは煙草に火をつけると、しばらく黙ったまま天井を見上げた。
「分かんねぇ。けどよ、その女は、お前の想像より、ずっと深いところにいるのかもしれねぇ」
神崎はしばらく黙ったまま、焼き付くように写真を見つめた。
「なら……俺は、確かめるしかねぇ」
アジトへ戻る途中、リュウジがぽつりと呟いた。
「なぁ、神崎。こうして歩いてると、なんだか昔を思い出すよ」
「昔?」
「ああ……まだ、俺も組織の端くれだった頃な。こうやって、仲間と動いたことがあったんだ」
神崎は驚いたようにリュウジを見る。
「お前にも……仲間がいたのか」
「……とっくに死んじまったけどな」
リュウジはそれ以上、何も言わなかった。神崎はただ、沈黙のまま肩を並べて歩き続けた。




