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第二章「監獄の亡霊」第23話「島の真実」

 神崎は息を整えながら、さらに奥へと足を踏み入れた。

 埃の積もった廊下は、もはや通る者もいないのだろう。照明はすでに死んでおり、手元の懐中電灯の細い光だけが頼りだった。

 奥へ進むにつれ、周囲の空気が冷たく、重くなる。何かが、この奥に眠っている——そんな直感が神崎の胸をざわつかせた。

 やがて、朽ちかけた鉄扉の前に辿り着いた。

扉の横には錆びたプレートがあり、文字はほとんど判読できない。かろうじて「保管室」の文字だけが読み取れた。

「……ここか」

 神崎は、司から渡された鍵束から、一つずつ試していくと、数本目の鍵が、かすかな音を立てて錠に噛み合った。

 ギィ……。

 重い扉が、音を立てて開いた。

 鼻をつく埃と錆の匂い。だが、確かにこの部屋だけは、外と隔絶された空間になっているようだった。

 中には、古びたキャビネットがいくつも並んでいる。神崎は懐中電灯を向けながら、一つずつ確かめていった。

 ただの空箱でしかないキャビネットも多かった。だが、部屋の奥——ひときわ大きなキャビネットの引き出しに手をかけた瞬間、神崎の動きが止まった。

 重い。中身が詰まっている。神崎は力を込めて引き出しを開ける。中には、分厚いファイルが数冊、埃を被って眠っていた。

 慎重に取り出し、ページをめくる。そこには、古びた活字と手書きの文字がびっしりと並んでいた。

「……何だ、これ」

 一番上にあった表紙には、こう記されていた。

 ——『ダンテ計画/機密報告書』

 神崎は思わず息を呑んだ。手がかすかに震える。その瞬間、あの藤堂の手帳の記憶が蘇る。

 司の言った通りだ。手帳に記されていた内容は、ただの独白や狂気ではなかった。この計画書には、島の成立経緯、囚人たちの選別基準、そして「処分対象者リスト」までが詳細に記されていたのだ。

「……やっぱり、嘘じゃなかった」

 ページをゆっくりとめくる手が止まる。そこには、さらに衝撃的な記述があった。

『——極秘通達。本計画は、外部組織の支援により運営されている。支援者よりの要求に従い、処分対象者は順次“供給”されるものとする』

「外部組織……?」

 神崎は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 藤堂だけじゃない。この島の支配には、さらに外からの力が関わっている。

「どういうことだ……こんなものが、ずっとここに……」

 神崎はしばらくその場で立ち尽くした。ファイルの中には、知らなければよかったと思うほどの記録が、次々と現れる。受刑者の名前。年齢。出身。罪状——そして、「供給先」。

「まさか……」

 その時、ふいに背後から音がした。神崎は反射的に振り向いた。またマリアが立っているような気がしたのだが、そこには誰もいなかった。

「……幻覚か?」

 自嘲するように呟く。だが、背中を伝う汗は止まらない。

 神崎は震える手でファイルを閉じ、それらを崩さないようにバッグに入れ込んだ。

 これは確かに——島の“真実”だ。

「司が見付けたかったのはこれか」

 ふと、キャビネットの隅に古い小箱があるのに気付いた。鍵はかかっていない。恐る恐る開けると、中には一枚の古びた地図と、まだ少し綺麗な写真が入っていた。

「これは……?」

 地図には、島の全景といくつもの“抜け道”が赤い線で示されていた。

 さらに、写真——

 そこには、一人の若い女が映っていた。白い修道服を纏い、微笑んでいる。

「……マリア?」

 思わず、声が漏れた。

 どうして、こんな場所にマリアの写真が——

 神崎はその場で膝をつき、しばらく考え込んだ。マリアの過去。島との関係。すべてが、少しずつ繋がり始める。

「……マリア、お前は何者なんだ」

 震える手で写真を胸にしまい、神崎はゆっくりと立ち上がった。


 ◆


 戻るなり、司が低い声で尋ねる。

「見つけたのか?」

 神崎は無言で地図やファイル、そしてマリアの写真を取り出した。

「これは……?」

「中にあった資料と……この写真だ。見覚え、あるか?」

 司は写真を手に取り、顔をしかめる。

「……誰だ、この女は?」

「マリアだ。俺がこの島で何度か会った女だ」

「は? そんな女、知らねぇぞ。レムナントにもいねぇし、ここは監獄島だ。島のどこにもそんな奴いねぇはずだ」

「俺も最初は幻覚かと思った。けど……確かに存在する。地下通路で……それだけじゃない。何度か俺の前に現れた」

 司は写真から目を離さず、低く問う。

「その女……何者なんだ? 本当に島の人間じゃねぇのか?」

「ああ……たぶん違う。自分でも、何者かは明かさなかった。けど、こうして資料にまで関わっている以上、ただの幻じゃねぇ」

「ふざけるなよ、神崎……。その女のこと、もっと詳しく話せ。どうしてこんな写真が、ここにある?」

 神崎は深く息を吐いて、この島に送られてからのマリアのことを司に話した。

「わからねぇんだよ、俺にも、だが、あいつは確かに俺の前に現れた。助けるって言ったんだ、俺を」

 司はしばらく沈黙し、唇を噛みしめる。

「……となると、ますます外と繋がっている線が濃くなったな。藤堂だけじゃねぇ……この島そのものが、何かに繋がってるのかもしれねぇ」

 神崎は頷いた。

「だから、この地図の座標を確かめる。あそこに何かがある。……マリアの正体すら、そこに繋がっている気がするんだ」

 司はふぅ、と煙草を咥えたまま息を吐いた。

「分かった。だが繰り返すがあそこは危険だ。迂闊に近づけば、藤堂に気づかれる可能性もある」

「それでも行く。もう、後戻りはできねぇ」

「……なら、準備は俺が進める。だが、今夜は休め。明日、俺も一緒に行く」

「ああ、頼む」

 神崎は最後にもう一度、マリアの写真を見つめた。

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