表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/61

第二章「監獄の亡霊」第21話「再会」

 夜の帳が降りる頃、神崎は廃工場の外に出た。冷たい風が頬を撫でる。ここ数日、島の空気はさらに重く淀んでいる気がした。

 あの時、マリアの声が聞こえなければ、俺はナイフであの男を切り裂いていただろう。司はマリアの声など聞いていないらしい。あれは俺の幻覚だったのか——

 その時、ふと背後から人の気配を感じた。神経を尖らせ、振り向く。

「——驚かせてしまいましたか?」

 闇の中から、白い姿が浮かび上がった。

「マリア……」

 神崎は、息を呑んだ。今度こそは確かにそこにいる。幻などではない。

「どうして、ここに?」

「言ったでしょう。あなたを助けに来たと」

 淡い微笑みを浮かべるマリア。その姿は、確かに現実に存在しているはずなのに、どこか幻想的だった。

「お前は……何者だ? 本当に、この島の人間じゃないのか」

「ええ。私はこの島の者ではありません」

「なら、どうやって——」

「理由を話すには、まだ時が早いかもしれません。でも、あなたが危うい選択をしようとしているのは分かる」

 マリアの目が静かに神崎を見据える。

「さっきの地下通路でのこと。……司は、おそらく正しい判断をした。でも、あなたが躊躇したのもまた、間違いではない」

「どっちだって言うんだよ……」

 神崎は、苛立ちを隠さず吐き捨てた。

「私は、あなたの人間らしさが好きだと言いたいだけ。私が——かつて助けたかった人にも、そういうところがあった」

 神崎はその言葉に反応する。

「……誰だ、それは」

 マリアはわずかに微笑む。

「もういない。……けれど、だからこそ、あなたを助けたいと思ったの」

 神崎はしばらく黙った。

「助けるって、何をだ?」

「あなたが戻れない場所へと踏み込むのを、止めたいの」

「もう遅いんじゃないのか? あの通路で、俺はもう……」

「いいえ。まだ戻れる。だから、今夜はそれだけ伝えに来たの」

 マリアはゆっくりと後ずさる。

「待てよ。お前の正体を教えろ。……なぜ、俺のことを知っている」

 マリアは静かに首を振った。

「……いずれ話します。でも今は、その時ではない」

「なあ、マリア。お前は……ずっと見ていたのか? 俺たちのことを」

「ええ。最初から。あなたがこの島に送られてきたその時から——ずっと」

「……どうやって、こんな島で?」

 マリアは一瞬だけ目を伏せた。

「この島には、誰にも知られない場所がある。陸地からは見えない入り江の奥——そこで私は生きている」

「なぜ、そんなことを……」

「この島には、かつて私にとって大切な人がいた。……でも、もういない。だから私は、ただ彷徨っているだけ」

「……その大切な人ってのは、どうなったんだ?」

「藤堂の秩序に、殺されたの」

 マリアの声はかすかに震えていた。

「だから、私はここにいる。あなたが、同じ道を歩まないように——」

 神崎は拳を握りしめた。

「俺は、何を選べばいい……」

 マリアはそっと手を伸ばし、神崎の頬に触れた。

「あなたが望むなら、私は力を貸す。でも、決めるのはあなた」

 その言葉を最後に、マリアは闇に紛れるように姿を消した。

 神崎は拳を強く握ったまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 夜が更け、神崎は一人、廃工場へ戻った。だが、胸の奥に渦巻く不安は消えない。

 工場の一角に、司の姿を見つけた。

「……神崎か。どうした、そんな顔をして」

 司の声はいつも通り静かだが、どこか気遣うような響きがあった。

「……いや。ちょっと考えごとをしていただけだ」

 神崎は曖昧に答える。

 司は煙草に火を点けると、ふぅ、と煙を吐き出した。

「お前に話しておきたいことがある」

「なんだ?」

「レムナントの中でもな、いよいよ不満が噴き出し始めてる。あの裏切り者の一件もそうだが……何か、大きなうねりが来る気がしてる」

「何が起きる?」

「分からん。だが、次に動くのは藤堂じゃない。レムナントの中から、何かが起きる。そんな気がしてならない」

 神崎は黙って司の顔を見つめた。

「司、お前は……本当に、レムナントをまとめられると思っているのか?」

「正直、分からんさ。だがな、今はここしか俺の居場所はない」

 神崎はゆっくりと頷いた。

「……分かった。俺も、もう少しだけ、ここに残る」

 司はわずかに笑った。

「そうか。なら、お前には任せたい仕事がある」

「……仕事?」

「ああ。明日、ある場所を見てきてほしい。そこに、今後の鍵があるかもしれん」

「いいぜ。乗りかかった船だ。で、どこへ行けばいい?」

「それは明日話す」

 いいな、という表情で司が見つめた。司がそう言うなら、何か理由があるんだろう。

「わかった」

 神崎は短く返事をした。

 夜は、なおも深く、重く——島を覆っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ