第二章「監獄の亡霊」第15話「処刑場の真実」
影と別れ、神崎は与えられている場所に帰り、その日は一歩も出歩かずに過ごした。
影が言った処刑場のことも気になる。レムナントの他のメンバーに聞くのも方法だが、朝あのようなことを言われたこともあり、逡巡してしまう。
邪念を振り払うように、鈍っていた身体を動かし、適度な疲れと共に眠りについた。
冷たい朝の空気が肌を刺すようだった。
神崎は粗末な毛布を何枚か重ねただけの廃工場の床からゆっくりと起き上がり、昨日のことを思い出していた。影が言った処刑場。今日はそこに連れて行くという。名前からしてきな臭い場所だと想像できる。
その時、ふとマリアの言葉を思い出した。「貴方は、ここにいてはならない」という言葉。だが、それが何を意味するのかはまだわからない。ここにいたら何かやばいことが起こるとでもいうのか。まさか今日行く場所のことでもあるまい。
ゆっくりと息を吐き、神崎は身支度を整えた。
レムナントの拠点の一角で、簡単な朝食が用意されていた。缶詰と固いパン、そしてぬるい水。この島に来てからまともに3食食べてはいない。そんな物にありつけるだけ、この島では上等だろう。
金属のトレイに乗せた食事を両手に持ってどこに座るか見渡すようにぶらりと歩く。
数名のレムナントのメンバーが談笑しながら食事をとっていたが、案の定、神崎が近づくと微妙な空気が流れた。
「……あんた、まだここにいるんだな」
一人の男が不機嫌そうに神崎を睨んだ。先日、神崎を疑っていたメンバーの一人だ。
「影が連れてきた。俺の知ったことじゃない」
神崎は軽く答え、缶詰の蓋を開ける。
「影がどう言おうが、俺たちがすぐに信用するわけじゃねえ」
「信用なんて、別に求めてねぇさ」
そう言いながら、神崎は無造作にパンを口に運んだ。相手はまだ納得していないようだったが、それ以上何も言わなかった。
しばらくすると、影が姿を現した。
「準備はいいか」
神崎は立ち上がり、軽く首を回した。
「行こう」
影と神崎、それに影に指名された数名のレムナントのメンバーは島の北へと向かった。
島の北側の道は荒れ果て、ほとんど手入れされていない。島の中心部と比べて人の気配はなく、まるで廃棄された土地のようだった。
「この道が処刑場へ行くのか?」と神崎が尋ねると、影は無言で頷いた。
途中、巡回する藤堂の手下の姿が見えた。だが、影の指示に従い、レムナントのメンバーは手慣れた動きで身を隠した。神崎もそれに倣い、しばらく静かに息を潜める。
兵士たちが遠ざかると、再び歩き出した。
「処刑場ってのは、どんな場所なんだ?」
神崎は歩きながら尋ねた。
「見ればわかる」
影の返事は淡々としていた。
処刑場は島の最北部にあった。
そこは広大な荒地に鉄柵が張り巡らされ、見張り台がいくつも設置されている。遠くには血の染みついた地面が広がり、いくつかの白骨化した遺体が転がっていた。
「ここが……」
神崎は思わず息を呑んだ。
影は静かに言った。
「これが藤堂の秩序の一端だ」
彼の目は冷たかった。
しばらくすると、藤堂の処刑部隊が現れた。数人の囚人を連れてきていた。彼らは目隠しをされ、膝をつかされる。
「始まるぞ」と影が低く呟いた。
神崎は拳を握りしめながら、その光景を見つめた。
処刑の命令が下り、銃声が響く。囚人たちの身体が次々と崩れ落ちた。鮮血が地面に広がる。
神崎の胸に何かがこみ上げる。怒りか、無力感か、それとも——。
影が静かに言った。
「これがお前の言った地獄の楽園の本当の姿だ」
神崎は息を詰まらせた。
「お前はどう思う?」
影が問いかける。
神崎は何も言えなかった。ただ、拳を握りしめるしかなかった。
影は続けた。
「お前が藤堂を倒すべきか、それとも違う道を選ぶのか——それを決めるのは、お前自身だ」
神崎は影を見つめた。
——俺は、どうする?
答えはまだ見つからない。
神崎は改めて処刑場の光景を見渡した。
無残に朽ちた遺体の数々。だが、それ自体が異常なのではない。これは、藤堂が 恐れているものを隠すための場所 ではないのか。もし藤堂の支配が完全ならば、こんな見せしめを繰り返す必要があるのか?
ならば、藤堂の秩序もまた、不安定なものなのではないか——
そう考えた瞬間、神崎の胸に一つの確信が生まれた。
藤堂は、やはり何かを恐れている。そして、その「恐れ」の正体を知ることが、神崎にとっての次の一歩となるはずだ。