表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/61

第二章「監獄の亡霊」第14話「警戒」

 微かな波の音が耳に届き、神崎はゆっくりと目を覚ました。視界に映るのは、鉄骨がむき出しになった天井。荒れ果てた工場の一室。

 まだ朝の冷気が残る中、神崎はゆっくりと上半身を起こした。

 昨夜の出来事が、断片的に脳裏をよぎる。影と名乗る男。そして、レムナントという組織。彼らの言葉はまだ信じきれないが、確かに藤堂の支配とは異なる”秩序”を持っているように見えた。

 そして——

 霧のように漂う白い修道服の女、マリア。

「——貴方は、ここにいてはならない」

 夢の中で響いた、マリアの声。

 神崎はゆっくりと荒れた床を見つめた。

「ここ」とは、どこを指していたのか? レムナントに身を置くことを拒む警告なのか。それとも、この島そのものを出ろという意味なのか——。考えれば考えるほど、その言葉の真意がわからなくなる。

「……くそっ」

 小さく舌打ちしながら、神崎は頭を振った。考えても答えが出るわけではない。昨夜は何度も目が覚めた。夢の中でマリアが語りかけるたび、何かを思い出しそうになった。だが、それは霧のように薄れ、掴もうとするたびに指の隙間から消えていった。

 レムナントが言う「本当の秩序」とは何なのか。

 藤堂の支配の裏にあるものとは。

 そして、マリアの警告の意味——。

 すべてが、まだ霧の中にあった。

 不意に、扉の向こうで小さな音がした。神崎は素早く身を起こし、足音を殺して扉へと近づく。誰かが覗いていたのか?

 扉を開けると、薄暗い廊下の奥に人影が見えた。よく見ると数人の男たちが、こちらをじっと見つめていたのだ。

「……何の用だ?」

 神崎が静かに問うと、一人の男が一歩前に出た。

「お前がここにいることを、俺たちはまだ認めちゃいねぇ」

 低く、警戒を孕んだ声だった。神崎は内心ため息をついた。やはり、簡単には信用されないか。

「……俺は影に招かれた。お前たちが何を疑おうと、俺の知ったことじゃない」

「そうやって藤堂のスパイが潜り込んできたことは、これまでにもあった」

 別の男が言う。

「影が信用してるからって、お前もすぐに信用できるわけじゃねえんだよ」

「影が決めたことに、文句を言うのか?」

 神崎は静かに睨み返した。

 男たちはしばらく睨み合った後、「……まぁいいさ」と呟き、そのまま廊下の奥へと消えていった。

「歓迎されてねぇな」

 神崎は皮肉っぽく呟くと、部屋の中へ戻った。ベッドに腰を下ろし、思案する。

 ——レムナントは藤堂と戦うつもりなのか?

 影は「本当の秩序を取り戻す」と言ったが、その言葉の真意はまだ見えない。彼らの言う「本当の秩序」とは何なのか?

 マリアは「ここにいてはいけない」と言った。俺は今、間違った道を選ぼうとしているのか?

「……わからねぇ」

 呟いた瞬間、ドアがノックされた。

「入れ」

 扉が開き、影が姿を現した。

「目が覚めたようだな」

 影は相変わらず静かな口調だった。

「少し話そう」

 影はそう言って背中を向けて歩き出し、神崎は影の後に続いた。


 向かった先は、影の部屋なのだろう。薄暗い部屋で、影と向かい合う。

「俺に何をさせる気だ?」

 神崎が単刀直入に問うと、影は静かに微笑んだ。

「まず、お前自身に考えてもらおう」

「考える?」

 影は指を組みながら言った。

「お前は、今のこの島をどう見ている?」

「どう見ている、か……」

 神崎は天井を仰いだ。

 藤堂の支配。秩序があるように見えて、実際は暴力で成り立っている。一方で、犬どものような無秩序は、結局、崩壊するしかなかった。

「この島は地獄の楽園だよ。ある意味、よくできた秩序だ」

「……だが、その秩序が崩れつつある」

 影が言った。

「藤堂は焦っている」

「そう見えるな」

「なぜだと思う?」

 神崎は考えた。

「犬どもが消えて、支配はより強固になったはずなのに……妙に神経質になっている」

 影は頷いた。

「だからこそ、お前に見せておきたいものがある」

 影が立ち上がり、神崎を見下ろす。

「……見せたいもの?」

「そうだ。お前がここに留まるか、それとも別の道を選ぶのか——決める前にな」

 影の目が微かに光る。

「明日、ある場所へ向かってもらう」

「どこだ?」

「島の北側にある"処刑場"だ」

 神崎は眉をひそめた。

「処刑場?」

「そうだ。お前がこの島の"本当の秩序"を知るために、見ておくべき場所だ」

 影はそう言い、背を向ける。

「今夜は休め。明日、お前の目で確かめるんだ」

 神崎は影の背中を見つめながら、思った。

 ——処刑場。

 藤堂はどんな秩序を作っているというのか?そして、俺は何を選ぶのか——。

 あなたはここにいてはいけない――

 神崎はふとマリアの言葉を思い出して、静かに息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ