第二章「監獄の亡霊」第13話「第影の試練」
「——お前が決めろ」
影の言葉が静かに響く。 神崎は彼の目を見据えながら、ゆっくりと息を吐いた。
「俺が決める?」
神崎の問いに、影は微かに口元を歪めた。
「そうだ。この島で何を選ぶのか——それを決めるのは、お前自身だ。ただし、お前が俺たちと共に戦う意思があるのならな」
神崎は周囲を見渡した。薄暗い地下室。壁際には十数人の男たちが無言で立ち尽くしている。彼らの視線は、試すようなものだった。
「もう一度聞く。お前たちは、藤堂と戦うつもりなのか?」
神崎の問いに、影はしばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「だが、俺たちの目的は藤堂を倒すことだけではない。この島の本当の姿を取り戻すことだ」
「どういう意味だ?」
影は静かに神崎を見つめる。
「今はそれ以上は話せない。だが、お前が俺たちと共に歩むなら、いずれ分かる時が来るだろう。ただし、俺たちの仲間になるつもりなら——まずはお前の力を見せてもらう」
神崎は眉をひそめた。
「つまり、ここの連中と戦えってことか?」
影が顎で合図を送ると、集団の中から一人の男が前に出た。筋肉質の大柄な男。顔にはいくつもの傷跡が走っている。彼は無言で神崎を見下ろした。
「お前が俺たちと共に歩むつもりならば、力を示せ」
「なるほどな……」
神崎は軽く息を吐いた。
「負けたらどうなる?」
「ここから追い出される。それだけだ」
影の言葉に、男たちがざわめいた。
神崎はちらりと相手を見る。
「……勝つしかねぇってわけか」
男が構えを取る。それに合わせ、神崎もゆっくりと足を開いた。
「始めろ」
影の合図と同時に、男が素早く踏み込んだ。鋭い拳が神崎の顔面を狙う。神崎は瞬時に身を低くし、拳をかわす。その勢いのまま、相手の脇腹へと手刀を打ち込んだ。
しかし——
鈍い衝撃とともに、神崎の腕が弾かれる。
「……硬いな」
男は微動だにせず、すぐさま反撃に出た。重い蹴りが神崎の足元を狙う。神崎はそれを飛び退いて避けたが、すかさず男の拳が迫る。ガードが間に合わず、神崎の脇腹に衝撃が走った。
「チッ……!」
男は強い。筋力だけでなく、戦い慣れている。
だが——
神崎はすぐに態勢を整えた。
「なるほど……お前ら、ただの寄せ集めじゃねぇってわけか」
男はニヤリと笑う。
「当然だ」
お互いに再び距離を詰める。今度は神崎が仕掛けた。フェイントを交えた攻撃を繰り出し、男の動きを封じる。男が一瞬バランスを崩した——その瞬間、神崎は思い切り拳を叩き込んだ。
腹部にめり込む一撃。男の身体が一歩よろめいた。
「……やるな」
男は歯を食いしばる。だが、次の瞬間——
神崎は男の首元を掴み、思い切り地面に投げ飛ばした。ゴンッ、と鈍い音が響く。男は床に倒れ込み、そのまま動かなくなった。
静寂。
レムナントの者たちが息をのむ。影が前へ進み出る。
「勝者は……神崎だ」
その言葉に、男たちが一斉にどよめいた。影はゆっくりと神崎に向き直る。
「お前に、真実を知る資格はあるようだな」
神崎は息を整えながら影を見た。
「ようやく、話が聞けそうだな」
影は微かに笑い、神崎の肩を叩いた。
「だが、まだ始まったばかりだ」
神崎は静かに息を吐いた。
新たな道が開かれた。だが、それがどんな未来へ繋がるのか——
まだ分からないままだった。
その夜、神崎は廃工場の一室で横になったが、なかなか眠りにつけなかった。影との対話、レムナントの存在、そして藤堂への疑念——それらが頭の中で渦を巻き、落ち着く暇がなかった。
静まり返った部屋の中、遠くから波の音が聞こえる。目を閉じても、意識は冴えたままだった。しかし、次第に身体の疲労が意識を曖昧にしていく。
やがて、神崎は浅い眠りの中で誰かの囁きを聞いた。
「——貴方は、ここにいてはならない」
ハッと目を開けると、淡い光の中に、白い修道服の影が揺らめいていた。
マリアだ――
「道を選びなさい……あなたの歩むべき道が、今試されている」
マリアが静かに言った。
神崎は目を見開いた。
「……君はいったい誰だ」
しかし、マリアは穏やかに微笑むと、その姿はゆっくりと霧のように薄れ、再び闇が戻ってきた。
また俺はマリアの幻を見たのか。いや、あれは絶対に幻ではない。
神崎は起き上がり、額に滲んだ汗を拭った。
「……俺の歩むべき道、か」
マリアは道を選べと言った。
ここにいてはいけない――
それはレムナントとは一緒にいてはいけないと言っているのか。それとも、この島ということか。
彼は窓の外を見つめた。雲の隙間から、かすかに月が覗いていた。