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第二章「監獄の亡霊」第12話「北の廃工場」

 夜の帷が島を覆うころ、神崎は静かに宿舎を抜け出した。薄暗い通路を足音を殺して進み、扉の隙間から外の様子を窺う。

 島は、奇妙なほど静かだった。犬どもが消えて以来、表向きは藤堂の支配が強まったはずなのに、どこか空気が重い。藤堂の巡回は続いているが、以前ほどの威圧感はない。むしろ、神経質に周囲を警戒しているようにも見えた。


 北の廃工場。そこに行けば何かがわかるかもしれない。神崎は息を整え、建物の影に紛れながら北へと向かった。

 北へ進むにつれ、島の雰囲気が変わっていくのがわかった。通りに灯る明かりはまばらになり、建物はより荒れ果て、朽ちた壁には黒ずんだ落書きが散見される。この辺りはかつて、島の工業地帯だったのかもしれない。だが、今はただの廃墟と化している。

 やがて、視界の先に目的地が現れた。

 鉄骨がむき出しになった巨大な建物——北の廃工場。壁には穴が空き、崩れかけた屋根の隙間から、夜の月光が差し込んでいる。

 神崎は警戒しながら足を踏み入れた。内部は広大で、かつては大規模な生産ラインがあったのか、無造作に放置された機械やコンベアが散乱している。だが、今はすべて錆びつき、まるで長い間眠っていた遺跡のようだった。

 神崎は足元に注意を払いながら進む。

 そのとき——

 ——カツン。

 微かに、靴音が響いた。

 誰かいる。神崎は瞬時に身を低くし、物陰へと身を潜めた。

 静寂の中、再び足音が響く。間違いなく、誰かが近づいてくる。

 神崎はじっと息を潜めた。

 すると——

「……隠れる必要はない」

 不意に、静かな声が響いた。

 神崎が警戒しながらゆっくりと姿を現すと、目の前に立っていたのは、一人の男だった。

 年齢は神崎と同じくらいか、少し上だろうか。黒髪に鋭い目つき。だが、その顔立ちには、藤堂の手下たちのような粗暴さはない。むしろ、理知的な雰囲気を持っていた。

「……お前が、俺をここに呼んだのか?」

 神崎が低く問いかけると、男はゆっくりと頷いた。

「そうだ。待っていた」

 神崎はその言葉に眉をひそめる。

「俺を知っているのか?」

「知っている。……そして、お前も、この島の真実を知りたがっているはずだ」

 男の言葉に、神崎の目がわずかに細まる。

「……真実?」

「そうだ。この島が本当は何のために存在するのか、藤堂の支配の裏にあるものが何か……知りたくはないか?」

 神崎は男を見据えたまま、ゆっくりと息を吐いた。

「答えろ。お前は何者だ?」

 男は微かに口元を歪めると、静かに言った。

「俺の名は……この島の影、としておこう」

 そう名乗った男は、神崎をまっすぐに見つめていた。

 影——?

 その言葉の意味を考えようとしたとき、男がポケットから何かを取り出した。小さな金属製のバッジのようなもの——しかし、それを見た瞬間、神崎の目が細まる。

「……藤堂の一味か?」

 バッジには、確かに藤堂の組織の紋章が刻まれていた。だが、男はゆっくりと首を横に振る。

「違う。俺は”元”だ」

「元?」

「……この島には、藤堂の支配を良しとしない者たちがいる」

 神崎はしばらく黙っていたが、男の目を見据えながら言った。

「犬どもならもう壊滅したはずだが?」

「犬どもとは違う」

 男は短く言った。

「俺たちは”秩序”を持たない犬どものような無秩序な連中ではない」

「……じゃあ、何者だ?」

 男はそれには答えず、ゆっくりと廃工場の奥へと歩きながら、神崎を手招きした。

「ついて来い」


 廃工場の奥は、完全に闇に包まれていた。崩れた鉄骨が散乱し、床には何かの機械の残骸が転がっている。男はその中を迷いなく進み、やがて地下へと続く階段の前で立ち止まった。

「ここだ」

 神崎は警戒を解かず、男の後をついていく。階段を降りると、そこには思いがけない光景が広がっていた。

 十数人ほどの男たちが、薄暗い地下室の中に集まっていた。彼らの服装はバラバラだったが、どこか統率が取れている。

「……ここは?」

 神崎が問うと、男は静かに言った。

「レムナント——それが、俺たちの名だ」

「レムナント……?」

「意味は”残骸”だ。俺たちは、この島の”秩序”に弾かれた者たち……いや、違うな。“本当の秩序”を知る者たちだ」

 神崎は彼らを見渡した。

「……なるほどな。だが、一つ訊かせろ」

 男が静かに頷く。

「お前たちは、藤堂を倒すつもりなのか?」

 その問いに、男はわずかに笑った。

「それを決めるのは、俺たちじゃない」

「じゃあ、誰だ?」

 男は一歩、神崎に近づいた。

「——お前が決めろ」

 神崎は、その言葉の意味を考えながら、静かに息を吐いた。


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