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第一章「地獄の楽園」第10話「崩壊の足跡」

 焚き火の残り火が、じりじりと赤黒い炎を吐き続けている。かつて犬どもの拠点だった場所は、すでにただの瓦礫の山に成り果てていた。

 藤堂の襲撃から一日が経過した。犬どもは完全に崩壊し、生き延びた者たちは拠点を捨てて散り散りになった。


 コウタの姿は消えた。あれほど強気だった男が、どこかで息を潜めているのか、それともすでに捕まったのか——

 神崎は廃墟と化した拠点の中心に立ち、あたりを見渡す。残ったのは焦げた建材、転がる食器、半ば炭化した荷物。そして、地面にこびりついた血の痕だけだった。

 昨日までこの場所には人がいた。それが、今は何もない。敗北とは、こういうものだ。

「……もうダメだ」

 ふと、近くの影からかすれた声が聞こえた。神崎が視線を向けると、廃墟の隅に座り込んでいる男が一人いた。顔に血がにじみ、腕を押さえて震えている。

「お前……」

 男は神崎の顔を認めると、疲れたように笑った。

「あんた、まだここにいたのかよ……」

 彼は犬どもの一員だった。名は覚えていないが、コウタの周りにいた男の一人。昨日の戦闘を生き延びたものの、すでに心が折れているようだ。


「お前、これからどうする?」

 神崎が問うと、男は力なく首を振る。

「どうもこうもねぇ……もう終わりだ」

 男は低く笑い、虚ろな目で夜空を仰いだ。

 「逃げられるなら逃げたいさ。でも、どこへ? この島のどこにも安息の場所なんてねぇよ」

 神崎は、「まあ、達者でな」と声をかけて、犬どもの拠点を後にした


 食堂に近い広場につくと、その端に人影がいくつか見えた。あれは藤堂の手下たちだ。

 彼らは逃げた犬どもを追い詰め、見せしめとして処刑しているようだ。戦いに負けた者が、どうなるか。藤堂は「反乱を起こすとこうなる」というメッセージを、この島全体に知らしめようとしているのだろう。

 神崎は建物の陰に隠れ、じっと息を殺して状況を観察した。

 藤堂の手下は数人の犬どもを引きずり出し、地面に膝をつかせている。その中に——コウタの姿があった。

「……コウタ、捕まっちまったのか」

 思わず呟いた。

 彼はもう昨日までのコウタではなかった。服はボロボロ、顔には幾筋もの傷が走り、力なくぐったりとしていた。

「これで最後の一匹だな」

 藤堂の手下の一人が、コウタの前に立ち、銃を構えた。

「おい、何か言い残すことは?」

 コウタはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、昨日までの荒々しい輝きはすでになく、それでもどこか誇り高い光が宿っていた。

「……笑わせるなよ」

 コウタはペッと口に溜まった血を吐き出しながら、かすれた声で笑った。

「お前らは俺たちを追い詰めたつもりかもしれねぇがな……俺たちはずっと自由だったんだよ」

 藤堂の手下たちが訝しげに眉をひそめる。

「どんなに逃げても、どんなに飢えても、俺たちは——自分の意思で生きてた。藤堂の犬っころのお前たちとは違う」

 唾を吐き捨て、コウタは薄く笑う。

「この島は地獄だ。だが——少なくとも、俺は俺の生き方をした」

 神崎はじっとコウタの姿を見つめていた。まるで、そこに最後の「犬ども」の誇りが燃えているかのようだった。

「それがなんだ? カッコつけて反乱を起こしても、負けたらただの死体になるだけだ」

 藤堂の手下の男が淡々とした声で言う。

「かもな」

 コウタは肩をすくめ、それからゆっくりと天を仰いだ。

 神崎もつられて空を見ると、濃い灰色の雲が広がっていた。

 どこまでも、果てしなく広がる雲。

 だが、閉ざされた世界。


 コウタは目を閉じ、微かに笑った。

「——また、いつか地獄でな」

 ドン。

 一発の銃声が、島の静寂を切り裂き、コウタの身体がゆっくりと崩れ落ちた。


「……さて、お前はどうするつもりだ? 人に情けをかけている暇はないぜ」

 背後から落ち着いた声がした。

 振り返ると、リュウジが壁に寄りかかり、煙草に火をつけていた。

「見ただろ? これが藤堂のやり方だ」

 リュウジは煙を吐き出しながら、処刑されたコウタの方を顎で示した。

「反抗した奴は、結局こうなる。それを見た連中は、逆らう気もなくす」

「わかってるさ」

 神崎はそれだけ言うと、リュウジに背を向けて歩き出した。今は誰とも話したくなかった。


 夕方、島の空が赤く染まり始めたころ、神崎はひとり、海岸沿いを歩いていた。

 犬どもは崩壊し、藤堂の支配はより強固になったはずだ。

 だが——

 藤堂の動きには、どこか違和感があった。だいたい、物資保管庫の襲撃に失敗した犬どもの拠点を、あんなに焦って攻める必要はあったか? 藤堂の持つ力なら、あれほどの戦力をかけずにじっくりと攻め落とすことだってできたはずだ。

 そこまで考えて、神崎はふとある考えが浮かんだ。

 もしかして藤堂はただの支配者ではないのではないか。あそこで自分の力を誇示しておかなければならない理由――それは彼自身もまた、もっと巨大な何かに縛られているのではないか?

 そんな疑念が、神崎の中で強くなっていった。そして、その答えは、すぐに見つかることになる。

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