09 新しい朝が来た
「知らない天井だ...」
そうか、昨日の出来事は長い夢ではなかったようだ。
ベッドから起き上がり、木製の窓を開ける。外はやや明るいな、時間にして6時くらいな気がする。
私は形見の腕時計を見ると──時刻は6時30分を指している。
この世界は、地球と自転の周期が同じくらいかもしれないな。出来ればピッタリだとありがたいんだけど。
と、いうのもこの世界には機械式の時計がない。冒険者ギルドですら見かけなかった。
時計は精密機器だ。秒単位を正確に刻むので相当の技術力がないと作れない。
「…この腕時計はより大切になるな。」
そう呟きながら、床に置いてある桶水とタオルを見つめる。
昨日は体を洗い忘れたのだ。
「うひー、冷たいっ!」
空気が冷える中、髪を水で溶かす。
日本の風呂が恋しいな。せめて温かい水を…あっ。
えいっ、『桶水の温度<2倍>』発動。
…少しだけマシになったかな。10℃前後と言ったところだろうか。元の水温が低すぎてあまり効果を感じない。
この力、丁度<2倍>にしか出来ないのが使い勝手の悪さに拍車をかけている。
そして体を拭いた私は、昨日と同じ服に袖を通すが…汗と血の匂いがする。早く着替えを買って洗濯もしたい。
「うーむ、風呂と洗濯…<2倍>でどうにかできないかな。」
コンコン
おっと、ドアがノックされている。
モーニングコールだろうか、私は扉を開ける。
「あ!起きてた。おはよーっ!」
ケイトとジャックが立っていた。彼女達は、もう冒険者装備をつけている。
「ぐもーにん!2人とも早いね。」
「ギルドは朝から空いてて、しばらくすると依頼が更新されてるの。だからいつも早めに行くんだ。フタバに教えておこうと思って来たの!」
良い仕事は早い者勝ちってことか。いいことを聞いた。
軽く話した後、ケイト達は一足早く街へ繰り出していった。私も早く支度をしよう。
...
......
「ギルドに依頼を見に行こうか。それとも『行動時間<2倍>』で狩りにいくべきか。ククク…迷うねェ~~~♠ そうだ...♥ ここは両方ヤるのがベストだね...♠」
私は予定を計画しながら宿で朝食を取る。変わった形の焼き魚、蒸した芋、野菜スープ。
ご機嫌な朝食だ。これで銅貨5枚は良心的。
ちなみに朝食に『美味しさ<2倍>』は使っていない。人が調理してくれたものに味変をするのは気が引けるのだ。それは上等な料理にハチミツをブチまけるようなものだからね。
いろいろ出来る<2倍>だからこそ、やっていいこととダメなことのラインを自分で引かなきゃいけないな。
「なあ、昨日のあれさ、お前見たかよ!」
「ヤバかったよな!ホント!」
ん?隣の席で冒険者2人が、何か盛り上がって話をしている。
なんだろうか。私はラジオを聞くかのように耳を傾ける。
「月が急に輝いたよな!あれは絶対女神さまの奇跡だぜ!」
「ブッフォ‼‼ ゴホッゴホッ‼ ゲフッゲフッ‼」
私はむせる。むせまくる。
「嬢ちゃん!?大丈夫か?」
「ぐっ…だ、だいじょぶです…」
「で、嬢ちゃんも見たか!昨日の月の輝き!」
「イヤー、ミテナイデスネ。ワタシモ、ミタカッタデス。」
「それは惜しいことをしたな!でも今日は幸運な1日になるぜ。なんたって月がいい日だからな!」
「は…ははは…」
食事を食べ終えた私は、ギルドへ逃げるように繰り出した────ッ!




