56 二人芝居
あれは……私がこの異世界に来て、2日目の出来事だったかな。
転生特典を使って『頭蓋骨のサイズを倍にしたら、即死技になるんじゃねーの?』と思い立ち、その辺の魔物で実験したことがある。
アタマの皮膚が裂けて、中身がスプラッシュ。我ながら鬼畜な発想であったが……思うような成果は出なかった。
頭蓋骨が巨大化したコッコは、頭部そのものも巨大化し、重心が定まらずフラフラよろけるだけ。このチカラは生物に放つと『整合性』が取られるようになっており、殺傷手段になり得ない。俺TUEEEEには程遠い性能であったのだ。
"ズシィィィィィィンッ!!"
私はそんな回想に浸りながら、足が伸びて盛大に転ぶブリザノスを観察する。まさに再評価というべきかな。骨格を弄るのはイマイチだと思っていたが、今は優秀なデバフ技へと変貌を遂げたのだ。
「──フタバッ!!お前、こんな隠し芸を持ってたのか!?」
「あっ、ギルド長。なんか試したら、成功しちゃいました。」
猛吹雪の中、クレミを担いだギルド長が戻って来た。
2度も転んだブリザノスを目撃して、私の仕業だと察したのだろう。
「悪いが、そのまま時間を稼いでくれッ!未だにマクが見つからないんだ!!」
「……あっ、そうじゃないです!ギルド長、後ろを見て!!」
「"眩い光は……全てを暹らし──"」
「なっ、マク!?ずっと詠唱をしていたのか!?」
愕然とするギルド長。私も先程まで、激しい吹雪で気づかなかった。
風を切る音に呑まれながらも。マク姐は虎視眈々と、次の雷撃を準備していたのだ。
「ゲホッ……"その祈りはっ……天界よりしつりょぅを以り……"」
「お前……そこまでして……!」
彼女がまた、血を吐いた。詠唱の最中に喉を冷気でやられたのだろう。
何かしら気を配ってあげたいけれど……あいにく私も余裕は無い。
"ヒュオオオオオオッ!!"
手首の腕時計が示すのは、"摂氏マイナス89度"の極限環境。前世でトラックに跳ねられた時とは比べ物にならない裂痛が、常に私の身体を蝕んでいる。
「……フタバ。お前のインチキ効果は、一度に一つしか使えない。そうだな?」
「へへっ、インチキって……」
私は討伐隊の『体温を倍』に跳ね上げながら、朦朧と頷く。
それと同時に──『足の長さが倍』に伸びていたブリザノスが、正常な体格へと戻ってしまった。
「……見ての通りです。これでアイツは、また起き上がりますよ。」
「よし、分かった。お前は『保温』と『妨害』を切り替え発動しながら、詠唱が終わるまで時間を稼げ。」
「……ど、どういうことスカ?」
「寒さでアタマが回ってないな……とにかく、指揮は任せてくれ。お前は体力の保持に専念しろ。」
「アッ、ハイ。」
よく分からないが、ギルド長もやる気みたいだ。
気絶したクレミを私に預けて、彼女は凝視するようにブリザノスの観察を始める。
「"グオオオオオォォッ!!"」
「ヤツが再び起き上がったか。左前の足根骨を崩せ!」
「そ、そっこんこつ……?」
どこの部位だと聞き返すほど、私はトロくない。指示通りに『足根骨の長さ<2倍>』と念じた瞬間、再び大怪獣がドガっと倒れ込んだ。
「"グオオオッ!?グオオ!?"」
「おお……足首から踵の先が伸びるんですか。これは絶対に転びますわ。」
まるで、踵裏にハイヒールが生えてきたみたいだ。その反動でゴキっと足首が曲がり、ブリザノスは激しく悶絶している。怪獣のくせに、コミカルで俗っぽいリアクションだ。
「いいぞ!今のうちに『体温<2倍>』を使えっ!」
「そういうコトですかっ!ホイっ、発動!」
寒さが多少マシになる中で、ようやく理解が追いついた。
私の転生特典は、一度に一つだけ。故に『体温<2倍>』と『骨格の長さ<2倍>』は同時に共存できない。
けれども適切なタイミングを見計らえば──ブリザノスを転ばせている最中に限っては、身体を温めることも可能だろう。
「ギルド長、アッタマいい〜!」
「いや……これでは決め手に欠ける……」
「ど、どういうコトです……?」
"ズサアァァッ!!ズサアァァッ!!"
ギルド長が、難色を示した瞬間。なんと倒れ込んだブリザノスが、その場で匍匐前進を始めた。まるで除雪機のように、低姿勢で大地を隆起させながら迫ってくる。
「げえっ!アイツ、地面を這って進んでいます!!」
「……既に、学習されてしまったか。」
「まさか、転倒しない移動方法を学んだのですか!?この短時間で!?」
「体がデカい生物は、アタマもデカいんだ。それだけ賢くもなるだろう。」
……慢心していた。ゾウが鼻先で絵を描いたり、シャチが集団で狩りをするように。ブリザノスも、この状況に適応してしまったのだ。
"ズサアァァッ!!ズサアァァッ!!"
これは非常にマズイぞ。ヤツが匍匐前進をしている限り……私が『骨格の長さを倍』にした所で、進撃は止まらない。元より体勢を伏せているのだから、これ以上に転ぶことがないのだ。
「マクの姐さんっ!魔法の進捗どうですかかァッ!?」
「"汝はソらの骨……なん、じは……天の血……"」
私のジェスチャーに対して、彼女は顔を真っ青にしながら魔力を練り上げている。
やはりどう見積もっても、次の雷撃まで60秒ほど必要だ。これでは迫り来るブリザノスへ間に合わない。
「ギルド長ォッ!どうしましょう!?」
「あわわ。まじでヤバいな……」
「『あわわ』じゃねェですよ!?何か対策をッ!!」
「うーん、ヤツの身体を重く……いや、倍程度の質量じゃ止めきれないか……」
"バタン"
「「あっ。」」
詠唱をしていたマク姐が、力なく倒れた。
隣にいたギルド長も、何か叫んでいる。
"ドサッ"
そして私は……
なぜ冷たい地面へ横たわっている?
はやく、脅威を退ける必要があるのに。
突然、ぴくりとも身体が動かなくなってしまった。
「フタバッ!?お前もしっかりしろ!」
「んっん゛〜 フタバチャン!シッカリシテ!」
「何をふざけてっ……いや、これはまさか……」
地面に伏した私の右手から『ライジングドラゴンスピアー』が零れ落ちる。そして、いつものようにお喋りを始めた。
「相棒……、なんか……体が寒いんだ。」
「アドレナリン キレタ!カラダ ゲンカイ!」
そうか……やっぱり『体温<2倍>』では、内臓や呼吸器までは守れなかったんだ。
しかも、ブリザノスが迫ってきている。地面を伏せて進んでいるし、碌な足止めも出来やしない。
「全部わたしのせいだっ……こんな凄い力を持ってるのに……!何も、出来なかった……」
「ナカナいで 双葉。 スグに助けテあげるからね──」
あぁ……視界が暗くなる。
けれど暖かい。不思議な安心感に包まれながら、私は意識を沈めた───
* *
知らない教室。綺麗な黒板。
その教壇に、真っ黒い人影が立っている。
「さて……双葉。ブリザノスの骨格を伸び縮みさせるってのは、単純だけど良いアイデアね。」
「ウワーッ!!お前誰ですか!?!?」
いきなりだ。黒く塗りつぶされた人影が、気さくに話しかけてきた。
そもそも、この教室はどこなんだよ。私は雪山でブリザノスと戦っていた筈なのに。
「双葉、落ち着いて。私はあなたの味方。」
「味方ァ!?姿を隠してるヤツに、味方ヅラされても怖ェですよ!」
暴れる私は、その黒い人影にガッシリと拘束されて──無理やり教室の椅子へと座らせられる。
なんだその力は。まるでエスパーのサイコキネシスみたいに、体の動きを封じてきた。
「離してくださいよッ!私は皆の所に帰らなきゃいけないんです!今にもブリザノスがっ……!」
「知ってる。だからこそ、まずは落ち着いて欲しいの。」
……話が平行線だ。私は教室の机にドガッと足を載せて、そのまま天井のパネルを眺める。どうせ幻覚なら、これくらいの無法は許されるだろう。
「それで、人影さん。ご用件はなんでしょ〜か?」
「まずは双葉、あなたとマクさんが倒れた理由を思い出して。」
「………。」
どうやら彼女は、本当にコチラの事情を知っているようだ。
それなら尚更、この謎空間から現実に帰らせてほしい。今は本当に切羽詰まっているんだ。
「シカトしないでよ。私は、あなた達が倒れた理由を聞いているんだけど?」
「……寒さが原因でしょ。」
「そうね。あいにく『体温<2倍>』は、身体の内側までを守りきれないの。」
……やはり、か。
私の身体から急速に奪われていく、熱。体温が60度あろうと、冷める時は一瞬だ。
ましてやマク姐は、呪文の詠唱中。
コップのお湯にドバドバ氷が入るように、気道へ冷気が入り込んで弱り果てていた。
「そういや……なんでギルド長は平気だったんだろ。」
「あのゴリラは例外でしょ。」
「あっ、そっかァ。」
いずれにせよ、まともな人間はあの環境に耐えられない。
ブリザノスの真なる脅威は、デカさではなく、冷酷なる気候操作にあったのだ。
「けれど……倒れちゃった≪保温魔法≫役のクレミちゃんを、責めないであげてね。」
「はぁ?」
当たり前のことを言うなよ。クレミは道中で、魔力を消耗して満身創痍だったんだぞ。
私達をここまで導いてくれた彼女の献身。それを無駄にしてなるものか。
「だから……私がどうにかする。」
「だから……双葉がどうにかするの。」
息ぴったりじゃん。
くすりと笑った人影は、チョークを握る。さらに続けて黒板へ文字を書き始めた。
"摂氏マイナス89度。"
「ホント恐ろしい数字ね。やはり『体温<2倍>』では、絶対に防ぎきれないわ。」
「………新技だ。この窮地を打開する、新しいチカラが要る。」
「そーゆーこと。だからこの教室で、じっくり考えなさい。」
「よりも強力な……何かを倍に……」
「ヒントはこの数字。双葉なら気づくはずよ。」
摂氏マイナス89度。そう黒板に書かれた数値が、私に迫る。
これを倍にする力で、覆せということか。
「じっくり焦らずにね。この教室での時間は止まっているから。」
「……誰だか知らないけど。ありがとう。」
「ふふっ、どういたしまして。」
私は差し出されたノートに『マイナス89℃』という数値を書き写す。
単純にこれを倍化すると……『マイナス178℃』かァ。
うーん。これは明らかな自爆行為。
更に状況を酷くするだけの、悪手だろう。
「マイナスという概念は、<2倍>の天敵ね。乗算すると、余計に気温が寒くなっちゃう。」
「はぁ……もしもこれが、プラスだったなら……」
私は思わず、言葉が詰まる。
何か、とんでもない事が閃きそうだ。
摂氏マイナス89度。
これをプラスに置換する方法があった筈。
間違いない。確か、高校の授業で学んだんだ。
「双葉、ガリレオのテーマ流す?」
「……お願いします。」
「でれれ でれれ でれれ でれれれ♪」
「あっ、音源は自前なんだ……」
しかし、頭が冴えてきた。
些細なひらめきが、連鎖してゆく。
この世の真理に到達したかのような万能感。
「……理解ったよ。全てをひっくり返す方法が。」
「さすが私の妹ッ!今すぐブチかまして来なさいッ!」
「え、……妹って……まさか、あなたは……」
シルエットを剥がした"一葉お姉ちゃん"は、優しく微笑む。
そしてそのまま、私を教室の窓へと放り込んだ───!




