54 決戦!ブリザノス!
えっほ、えっほ。
ふかふかの雪に、ずっしりと沈み込むブーツ。
私達は今日も元気に山脈を進む。体が芯まで冷え切ってしまう前に、はやく元凶を仕留めなければ。
「……フタバ。今日は短槍と、お喋りしないのか?」
「えっ、何ですか急に。」
ライジングドラゴンスピアーを杖代わりにしていると、ギルド長が妙なことを聞いてきた。いつもは適当にあしらう癖に、一体どういう風の吹き回しだろう。
「だからその、普段みたいに槍とは喋らないのか?」
「あいにく彼は、疲れているみたいなんですよ。今は口を開きそうにないですね。」
「な……なるほど。彼ということは、その槍は男の子なんだな?」
「いや、私のカレは女の子ですよ。」
「??????????」
「なんすか。彼氏が女の子だとダメなんですか。」
「あぁ……いや、悪かった。許してくれ。」
やれやれ、異世界って遅れてるな。同性愛どころか、無機物との交際も許されないのかよ。
"ヒュオオオオォォッ!!"
私が呆れていると、突然に体が浮いてしまうくらいの氷風が吹きつけてきた。山の峰に入ったせいだろうか。障壁の消えた寒波が、一気に押し寄せる。
「みんな、こっちや!!木の裏から覗いてみい!!」
声を荒げるマク姉さんの呼びかけで、私達は大木の影へと回り込む。彼女の慌てっぷりから勘づいてはいたが──やはり、居た。
「うへぇ〜、今からアレに喧嘩売るんですか。」
「ククク……なんか思ったよりもデカいぞ……!」
"グゴー……グゴー……"
横たわるブリザノスは、鼻息だけで地面の雪を巻き上げている。『山のように大きい』という表現があるけれど、この場合は比喩にならないな。ここから10kmは離れている筈だが、恐ろしい迫力である。
「マク、狙えるか。」
「悪くない位置やね。」
「……分かった。」
ギルド長は、マク姉さんと短い会話を交わす。
今、この瞬間ですら積雪は街を襲っているのだ。私もビビってないで、気持ちを切り替えねば。
「クレミ、≪保温魔法≫は後どれくらい持ちそうだ?」
「うーん。教会の鐘が2回分くらいだぞ。」
「よく頑張ってくれた。これは先に渡しておくよ。」
「わぁ……!」
続けてギルド長は、クレミの頭を撫でてからチョコレートを渡した。その光景はまるで餌付けであるが、本人は幸せそうに頬張っているので黙っておこう。
「そしてフタバ。この瞬間までブリザノスを封じてくれて、本当にありがとう。」
「お安い御用ですよ。あとはマク姉さんの雷撃に合わせて、『火力<2倍>』を切り替え発動ですね。」
「その通りだ。あとは頼んだぞ!」
「オッス!ギルド長監督!」
私はマク姉さんの隣に立って、腕を組む。
何も問題はない。手筈通りにやるだけだ。
ブリザノスの頭をブチ抜けば、また穏やかな日常を取り戻せる。皮膚のヒビ割れを引き起こす害獣は、問答無用で始末してやるぜ。
「フタバちゃん……気合いを入れいっ!!」
「はいっ!双葉、燃えてますッ!!」
* *
マク姉さんが街で披露した≪天衝雷鳴≫。ギルド前の訓練所に大穴を開け、樹海の木々を消し飛ばした最強魔法だ。
ただし。彼女は出力を手加減しており、本気の1割程度しか出していない。更に驚くべきなのは、その規模の魔法を"エルフ族が全員習得"していることにある。
『エルフ族、やべー……』
『前に酒場で話しただろ。その気になれば、世界が征服できるって。』
『アハハ。よほどのことがない限り、ウチらはそんなことせえへんよ。』
『ウッ、顔が笑ってない……!』
このように、エルフ族は総じて最強の種族だ。
しかし同時に──ある疑問が浮かび上がる。
『たしか、最強の4人を決める称号が"四皇"ですよね。それになぜ、マク姉さん以外のエルフは選出されていないのですか?」
『ああ、それはな……』
『それは………?』
『ウチが最強すぎたんや。他の同胞はみ〜んな萎縮して、名乗るのを辞退してもうた。』
絶対的な強者。それゆえの孤独。
彼女はあまりにも、規格外すぎたのだ。
「"──荒れろ。壊れろ。全てを貫け。"」
おっと、過去回想をしている場合じゃない。マク姉さんの詠唱はここで折り返しだ。私も色々と準備をしなくては。
「フタバ、耳栓の詰めが甘いぞ。ぐっと押し込め。」
「りょ、了解です。」
「今は片耳だけだ。雷撃の直前で、もう片方を詰めろ。」
ギルド長の指示に従い、耳を保護する。
彼女の雷鳴を聞いてはいけない。それが私の、最後の音色になってしまうから。
「ククク……ちゃんと目隠しをしないと、雷光で失明するぞ。」
「ひえっ、脅さないでよ。」
「あーしは本気だぞ。強大な魔法というのは無差別に降りかかるんだ。」
クレミの警告に従い、スペアの厚布も取り出す。
彼女の雷光を目撃してはいけない。それが私の、最後の景色になってしまうから。
「"天と地、その狭間を理が繋ぐ。轟く光は意思を持ち──"」
マク姉さんは、まだ詠唱を続けている。ずいぶんタメを入れて焦らしてくるが、それもそのはず。この魔法は完成までに2分弱を要するのだ。
「「"理を破る者に雷鳴を与えよ。"」」
前日に2人で練習をしたので、雷撃を落とすタイミングは掴んでいる。
詠唱だって、完璧に暗記済み。特に意味はないが、ユニゾンだって出来てしまう。
「「"遍く命を震わせる一閃もって。"」」
そしてとうとう、私の出番がやってきた。
「「"神の捌きを顕現せよ。"」」
それは──今だ。
「≪魔句轟流・雷破空斗≫!!」
「『火力<2倍>』切り替え発動ッ!!」
全てを飲み込む、白い稲妻。
女神の加護による、倍化の力。
それらは収束して。
ブリザノスの頭部に─── 堕ちる。
"チュドッッ!!
ドグシャァァァァァンッッッッ!!!!"
目隠しの下からも映る、眩い閃光。
耳栓越しに聞こえる、うるせェ爆音。
その全てが集結して、無に帰す終止符が下された。
* *
激しい振動。そして怒涛の衝撃波に吹き飛ばされた私は、埋もれた雪から顔を上げる。
いやぁ、まさに神話級の一撃だ。耳栓を付けていたが、未だに平衡感覚が戻らない。目隠しを貫通した光に眩みながら、私はよろよろ皆と合流をする。
「ククク……やったかっ……!?」
「勝負はついた。完全に仕留めたはずだ。」
「ふぃ〜、はよう温泉にでも入りたいわ〜」
「戦いが終わったので、私は故郷に帰ってライジングドラゴンスピアーと結婚します。」
やれやれ、最初で最後の一撃とは。語るに困る、呆気ない終わり方だったな。
デカくても所詮は獣か。街に帰ったら、出来るだけ誇張して喧伝しよう。
"ドドドドドド……!!"
かつてブリザノスがいた場所に、雪煙が舞う。
おうおう。随分と派手にやったもん…だ……。
ギロリ。
その隙間から、光る赤い目がコチラを覗く。
「「「「…………。」」」」
ぬっ、と起き上がったブリザノス。
ヤツは抉れた頭半分だけを残し、血まみれの形相で私達を睨んでいた。
「あの……ギルド長。一つだけいいですか?」
「……言ってみろ。」
「目隠しで魔法を撃つのはダメだと思います。」




