53 決戦前夜
俺は、クルス。
かる〜く自己紹介させてもらうなら……冒険者ギルドの"戦闘班"に所属している者だ。
主な業務は、交易路や遠在集落での魔物駆除。これは危険度が高く、旅費込みではコスパも悪いので冒険者には任せられない。だから代わりに、血税で稼動する俺達のような専門家が存在するのだ。
仮にも公務員なので、安定した稼ぎが魅力だが……その実態は過労そのもの。唯一の息抜きである遠征任務を終えれば、事務仕事から魔物解体などの使いっ走りが待っている。何とも刺激のない毎日だ。
「──クルス!屋根が倒壊するぞ!」
「ぐっ!?」
……そして今は。
あの退屈で平穏な日々を恋しく思っている。
"ズシャァァァ!"
俺がシャベルを引き抜いた瞬間、行きつけのパン屋が積雪によって押し潰された。そして連鎖するように、白い塊は隣の民家をも薙ぎ倒す。
ああ、悪い夢でも見てるんじゃないだろうか。日常が崩れていくのは、本当に滅入ってしまう。
「……っ、ブリザノスめ……!」
思わず俺は、シャベルを瓦礫に叩きつけるが……それをカゲゾー先輩が拾い直した。
「クルスよ、今は己を律して耐え忍ぶのだ。『寝起きドッキリ大作戦』は必ずや成功する。」
「……はぁ。」
こちとら大真面目なのに、ふざけたネーミングが余計に腹立たしい。作戦内容だって、余所者エルフ頼りの他力本願じゃないか。
「早くシャベルを備えろ。マッポーめいた積雪は、瞬く間に街を潰すぞ。」
「……うす。」
カゲゾー先輩の静かな激励。
しかしそれは、耳を通り抜けてゆく。
『──俺も連れてってくださいよッ、ギルド長!絶対役に立ってみせます!』
『人員を増やすと≪保温魔法≫を使うクレミに負荷がかかる。お前の腕が立つのは知っているが、どうか分かってほしい。』
……あの時、俺はブリザノス討伐隊に選出されなかった。わざわざ耐寒に必要なリソースを割いてまで、連れていく程の戦力でないと判断されたのだ。
それが、本当に悔しくて堪らない。
凍死したって構わないから、俺はギルド長の隣に立ちたかった。たとえ微々たるものでも、彼女から受けた恩を返したかったんだ。
「……カゲゾー先輩。あのムラサキ女は、本当に使えるんスか。」
「くどいぞ。何度も言うが、フタバ殿は≪強化魔法≫の達人だ。」
やはり、どうにも怪しい。
カゲゾー先輩が褒めるくらい優秀なら、彼女はとっくに冒険者内で評判の筈だ。それなのに、魔法を使えるという情報すら聞いたことがないぞ。
「アイツは信用できません。」
「……そうか。」
俺は仕事柄、噂をよく耳にする。
彼女がスラムの炊き出しをやっていることも、身寄りのない子供を定職に就かせたのも、きっと事実だろう。
……だからこそ不気味だ。彼女はその功績を吹聴することもなく、ひっそりと冒険者業を続けている。
きっと裏があるに違いない。エルフの教え子というのも、怪しいもんだよな。
「……時にクルスよ。」
「なんすか、パイセン。」
「フタバ殿の作った、ら〜めん。お前は食したか?」
「ああ、アレは最高でしたね。」
冒険者ギルド前に構えていた、あのハリボテ屋台。
恐いもの見たさで一杯啜ったが、衝撃が走るくらい美味かったな。
「また食べたいのならば。今くらい、彼女の無事を祈ってやれ。」
「ウス……!」
年下のガキンチョが命を張っているというのに、くだらない嫉妬をしてしまったな。俺はシャベルを握り直して、彼女の戻って来れる場所を守ることにした。
* *
"グゴー、グゴー……"
ノス山脈の深い谷底へ、大怪獣のイビキが反響する。
私は聴覚が優れた訳ではないけれど、かなり近くまで来たというのを重い音圧で理解した。
「崖の斜面を雷撃で少しずつ抉るんや。足場をドンドン作って行けば、地上に戻れると思う。」
「そう……なんですね。」
私は揺れる焚き火をぼんやりと眺めながら、物想いに沈んでいた。
なんだか今日はとても疲れたな。山中でフェンリルに襲われたかと思ったら、リザードマンの群れと死闘を交わした。
(……ブリザノス戦が控えた明日は、どうなっちゃうんだろうか。)
「──フタバちゃん、大丈夫か?」
「おっと、すみません。ボーッとしてました。」
マク姉さんの呼びかけで、私は思考の底から浮かび上がる。これほど緊張して落ち着かないのは、定期テストの返却日以来だ。
「ホラ、お肉が焼けてきたで。ぎょうさん食べて精をつけんと。」
「おほ〜、結構イイ感じですね。早速取り分けましょう。」
香ばしい匂いに、先程までの不安が薄れる。私が木皿に盛ったのは、先刻に強襲してきた"フェンリル"の串焼きだ。
「ギルド長〜、夕食の時間ですよーっ。」
「私は後にするよ。クレミへの折檻が、まだ途中だからな。」
「……まあ、ほどほどにして下さいね。」
徹底的な『くすぐりの刑』に処されるクレミを横目に、私はフェンリル肉へと齧り付く。
この艶々な赤身は一体どんな味がするのだろうか。
「……おぅふ。」
何という舌触り。雪のようにきめ細やかな霜降りが、口内環境でクーデターを始めた。
びっくらポンだぜ。ミノタウロスのステーキより優れたものが、この世に存在するなんて。もはや美味いを通り越して、怖いまであるな。
「──ひぃぃ! ギルドちょっ…!そこはっ! やめっ、あひゃひゃひゃ!」
「ん〜、ここが弱いのか? 説明不足のクレミ様は、ココがええのんか?」
「それはっ……!ひひっ、それはっ、ぎるどちょーもっ!いひひ!」
……食レポはさておき。向こうで騒いでいるギルド長とクレミは、未だに大揉めしている。
親は故人か、囚人か。
まるでアンジャッシュのように遠回しな表現ばかりして、今日まで真実に辿り着けなかったのだろう。
「ウチは赤髪チャンも悪いと思うけどなぁ。だって、ちょいと聞けば分かる事やん。」
それを傍観していたマク姉さんは、元も子もないことを言い放つ。これは結局のところ、双方のコミュニケーション不足が問題だろうな。
「「なあ!これはどっちが悪いと思う!?」」
「どっちもアホですね。」 「どっちもアホやね。」
意見を求めた二人は、またギャーギャーと口論を始めた。明日は街の存亡を賭けたブリザノス戦が控えているというのに、ここまで緩々だと逆に安心してしまう。
「ふぁぁ……。それじゃ、お先に眠らせて頂きますね。」
「フタバちゃん、明日も頑張ろーな。」
「よぅし、やったりますよぉ〜。」
緊張が解れた私は、口を軽く濯いでから目蓋を閉じる。どうせ今更アレコレ考えたって、特に意味はないだろう。
明日のブリザノス戦も、きっと何とかなる。マク姉さんの放つ雷があれば、楽勝に決まっている。
だから……この"違和感"は気のせいの筈だ。
* *
皆が寝静まった夜。見張りを続ける私は、クレミに毛布をかけ直す。
「く……ククク……!ちょこれいとぉ……!」
「はぁ。マジでコイツはブレないな……」
親の血は争えないというべきか。
甘味に取り憑かれたクレミも、いずれ領主邸への不法侵入をやらかすのだろうか。
「よかったやん。収監されとるのはアレやけど。」
「……マク、まだ起きていたのか。」
緩やかな呼吸に、こっくりとした首の揺れ。どうやら彼女も、雪山の進軍で相当疲弊しているようだ。
「そろそろ寝た方がいいぞ。哨戒役は私が務めるから、心配いらない。」
「……いんや。少し、二人きりで話がしたいと思うてな。」
そう言って彼女は、私のリュックから酒瓶を取り出した。見張りをしながら愉しむつもりだったが、バレてしまっては仕方ない。
「……それで。話というのは、ブリザノスについてか。」
「ん〜、まずはそっちにしよか。」
どうやら話題が複数あるようだ。私は追加の酒瓶をきゅぽんと開けて、そのまま口へ流し込む。
「2日前にペアルタウンへ着いた時な。吹雪の隙間から、奴さんがチラリと見えた。」
「それは聞いたよ。勝てる相手であるともな。」
"──急所を撃ち抜きさえすれば、倒しきれる。"
これはマクが、ギルド連合の協議会で放った言葉である。その揺るぎない実力と自信は、混乱していた皆を頷かせるのに十分であった。
「まさか、お前……!」
「嘘はついとらんで。寝込みを狙って脳天をブチ抜けば、どんなにデカくとも殺れる筈や。」
「ふぅ……肝が冷えたな。」
わずかでも勝率を上げるため、どさくさに紛れてフタバを連れて来たんだ。これで負けたら、彼女の親御さんに合わせる顔がないぞ。
「では何か、他に問題でもあるのか。」
「んー……それがなぁ……」
彼女は酒瓶を揺らして勿体ぶるが、おおよその察しはついている。だからその"違和感"は、私が代わりに補足しよう。
「やはり悩みの種は、ブリザノスに対する情報不足だろう。」
「……せやね。記録が一切無いなんて、どう考えてもおかしいやろ。」
これから私達が戦うのは、長命種のエルフですら知らない大怪獣だ。冷気の被害規模を考えれば、必ず何処かで記録されている筈なのに……こんなことがあり得るのだろうか。
「宗教家にも聞いて回ったよ。元ネタになりそうな、神話上の生物はいるのかと。」
「その結果は余計な騒ぎを広めただけ。あれは悪手やったね。」
「うーん、地域信仰にヒントがあると思ったんだけどなァ〜……」
ましてやブリザノスは、神話や伝承にすら登場しない。だから名前もノス山脈から着想を得て、私が勝手に呼称しているだけ。
その違和感が、魚の小骨のように喉へ突っかかる。口にこそしないが、私は少しだけ不安を感じているかもしれない。
「まあ、それはどうでもええわ。」
「どうでも良いのか!?」
「分からないコトで悩んでも意味ないで。それに、定石通りなら勝てる相手やし。」
「じゃあ……お前はいったい、何を悩んでいるんだ?」
私の疑念を他所に、マクは爆睡するフタバを撫でた。
ムラサキ髪を優しくかき上げて、まるで繊細なガラス細工を扱うような手つきである。
「もっとウチが気にしとるのはな。異世界から来たっちゅう、この子や。」
「うん、コイツは色々と特殊なヤツだが……」
左手首に付けた『腕時計』を一瞥したのち、マクは酒瓶を再び傾ける。
異世界について質問したいのなら、本人へ聞いた方が手っ取り早いだろうに。私が教えられるのは、せいぜいスマホの使い方ぐらいだ。
「知りたいのは経歴やない。この子、たまに1人でブツブツ喋っとるやろ。」
「あぁ……その件か。」
フタバは時々、所有物の『短槍』に対して会話を交えている。異様な執着を持って、人形遊びのような事を15歳になっても続けているのだ。
あまりにイタイ言動ゆえに、注意しようとも考えていた。しかし、彼女の"過去"を知ってからは敢えて放任すると決めている。
「気にしないであげてくれ。私から話すつもりはないが、フタバは色々と苦労をしているんだ。」
おそらくあの短槍は、彼女の孤独が作り出したイマジナリーフレンドだ。架空の励まし役を用意することで、フタバは辛うじて平静を保っていたのだろう。
「そこは何となく察しとる。あの『家族写真』が関係しとるんやろ。」
「……まあ、そんなところだ。」
さすがエルフ。伊達に長生きをしていない。
勘というか、本質を捉える観察力が完成されている。
「……でもな、彼女が槍と話すのは心の病気とちゃう。あれは深層意識での対話を出力しとるだけなんよ。」
「う、うん?」
深層意識での対話ってなんだ。いきなり小難しい話が始まったぞ。
私がそれに困惑していると、マクは2本の酒瓶を掲げる。
「ここに赤と青のビンがあるな。重ねると何色や?」
「当然、ムラサキ色だろう。フタバの髪と同じ。」
言うが早いか、赤と青のガラスが焚き火に照らされて、交わった部分に「紫」の影を生み出している。
子供だましじゃあるまいし、どうという事のない自然の法則だろう。
「はあ。それで一体、何が言いたいんだ?」
「この子、身体に魂が2つあるで。」
……私は横転した。




