52 クレミとギルド長
「「おわァァァァァッ!?」」
渓谷へ自由落下を始めて、早数秒。
私は重力に押し込まれながら、暗闇で光るクレミのブローチを追う。
……しかし、不思議だ。
どうしてギルド長達は、この高さから落ちて平気だったのだろう。
たまたま運良く、地下の湧き水にでもダイブしたのだろうか?
それでも30mの高さから入水する衝撃は、コンクリート級と聞いたことがある。やはりどう考えても、要因が分からないな。
"ふわり"
考え込んでいた直後。その答えが明らかとなる。
なんと私の背負っていた愛槍が、重量とは逆方向へ謎の反発を始めたのだ。
それだけではない。
衣類のチャック、登山靴のプレート、ドラゴンのキーホルダー……全ての『金属』が同じように上へと引っ張られる。
"ビリビリビリッ"
「うおっ、何の光ィ!?」
続けて体の周囲が、まばゆい発光をする。引き続きビリビリと音を立てながら、渓谷の壁面へ緩やかに吸い寄せられ始めた。
「あっ、そうか!帯電してるのかッ!」
……理科の授業で『磁石をアルミの筒に落とす』実験を行ったことがある。
この時、磁石はスローモーションみたいにゆっくり落ちる。磁場が変わることで、筒の中に渦電流とやらが生じるのだ。
例えるなら今の私達は、超強力なコイル磁石そのもの。そしてアルミの筒は、『渓谷に埋まる無数の金属』で代用されているに違いない。
「ククク……!フワフワして変な気分だぞ!」
「やべー、もはや人間リニアモーターカーじゃん。」
磁界を生成するために、どれだけの電力が必要かなんて計り知れない。私達の感電死を避けるために、超繊細な操作だって要求されるのだ。
あまりに無茶苦茶な対処法。
まさに発想のスケールが違うというべきか。
「おーいっ!二人とも空の旅はどうやったー?」
下から聞き覚えのある声がする。まさに、この超常現象を引き起こした張本人だろう。
「最高でしたよっ!マク姉さんっ!」
...
......
──渓谷の遥か底。奇跡のような再会に、私達は大団円を迎える。
語るのが勿体無いというくらいに感動的なシーンではあったのだが……まだ、ブリザノス討伐という目標を1ミリも達成していない。
だから私達は喜び合うのを程々にして、谷底へキャンプ設営を始めた。
不幸中の幸いか、この地形は遮断性に優れている。冷気を防ぐのに適した環境であったのだ。
「フタバ、毛布をこっちに。」
「はぃぃ……ギルド長ぉぉ……」
「リザードマン3体を相手に、よく頑張ったな。お前は立派な冒険者だ。」
彼女に頭を撫でられても、涙は未だ収まらない。私はつくづく、メンタルが豆腐のようにヘニャヘニャだ。
「ギルド長……あーしは先に、休ませてもらう……ぞ……」
「ああ、おやすみ。クレミもよく頑張ったな。」
フェンリルの毛皮で作られた、世界イチ高級な簡易ベッド。クレミはそのフワフワへと倒れ込み、爆睡を始める。
長時間≪保温魔法≫を使い続けた彼女は、魔力が空っぽでグロッキーな状態だ。今は静かに休ませてあげよう。
「く……くく……ちょこれいとぉ……」
「うん。また後でたくさん用意してあげるからな。」
ギルド長は、クレミの頭も優しく撫でる。
そして母親のような温かい眼差しで、毛布をゆっくりとかけた。
「……あの。彼女とは、どういう関係なんです?」
「なんだ、クレミから聞いてないのか。そう、あれは私が冒険者ギルドに就任した頃のことだ──」
...
......
冒険者として暴れすぎた私は、ダーフル王にも従わなかった故に、ペアル冒険者ギルドへ左遷された。
それからは毎日が仕事漬け。しかし名ばかりのトップとして笑われないように、役割を必死にこなしていたんだ。
そんな時。一人の幼い少女……クレミが依頼を出しにやって来た。
『なに、思い出のクッキーを再現して欲しい……?』
『あーしのお母さん。もういないから、美味しいクッキーが食べられないの。』
幼くして母親を亡くしたクレミ。
彼女の姿を見て、私は孤児院での生活を思い出したんだ。そして、あの時と同じように愛を与えようと決めた。
「えっ。」
「どうしたフタバ。話の途中だぞ。」
「あぁ……いや。続けてください。」
……クレミのお母さんが作ったというクッキー。
お前が知っての通り、あらゆる冒険者やギルド職員が再現に挑戦したが……失敗に終わった。
遂には割に合わない依頼としてレッドリストに入ってしまったので、彼女へ手を差し伸べる者は居なくなってしまったんだ。
『よし、クレミ。私にもお母さんのクッキーを再現させてくれ。』
『うれしい。ありがと、ギルドちょう。』
幸い、私は"料理が得意"だからな。
個人的に彼女の家へ何度も通って、美味しいクッキーを作り続けたんだ。
「えっ。」
「どうしたフタバ。話の途中だぞ。」
「あぁ、いや。続けてください。」
……私は幾度とキッチンをぶっ壊し、ボヤ騒ぎを起こしながら試行錯誤するも、最後はクレミによって泣きながら止められたんだ。
「クレミは、私が自宅へ顔を出すたびに泣き出すんだ。きっと、キッチンに立つお母さんの姿と重ねていたのだろう。」
「多分、別の理由だと思いますよ。」
……そして、長い年月が流れ。
今からわずか2週間ほど前のこと。皆が匙を投げたクッキー制作を、お前が≪復元≫によって成し遂げて見せた。
私はそれを聞いたとき、自分のことのように嬉しかったよ。なにせクレミは、長い呪縛から解き放たれたんだからな。
「フタバ。お前は本当に良くやってくれた。」
「ええェ………」
...
......
どうすっかな。コレ。
私はどこから突っ込めばいいんだろう。
「あの、ギルド長。」
「なんだ?そんな複雑そうな顔をして。」
「何故もっと早く、クレミとの関係を教えてくれなかったんですか?」
私が依頼を受けた際に、そんな前情報は聞いていない。隠す必要なんてないし、教えてくれたって良かったじゃないか。
「クレミとお前は境遇が似ているから、互いに分かり合えるものがあるんじゃないかと思ってな。私は敢えて静観していたのさ。」
……いや、まあ。
かつての私も、クレミにはシンパシーを感じていた。立場が似ているから、クッキー作りにも本気で挑んだのだ。
そういう意味では、ギルド長の采配は完璧だったと思う。
……ただし、致命的なすれ違いを除けばの話だが。
「あの、ギルド長。クッキー製作依頼の追加報告を、今やってもいいですか。」
「もちろんだ。クレミとの友情を、私にも教えてくれ。」
── 領主邸のパーティに不法侵入し、お菓子を貪っていたクレミのカーチャン。彼女は死んでないし、ムショ暮らしをしている。
そのことを知ったギルド長は、クレミの寝ていたベッドを勢いよくひっくり返した。




