51 決まり手 ちょこれいと
~前回までのあらすじ~
私達はブリザノスに不意打ちをかますため、ノス山脈の端を進む。しかし、あともう少しで辿り着くというところで……ギルド長とマク姉さんが深い渓谷の下へと落ちてしまう。
残された私とクレミは、遭遇したリザードマンの群れと交戦。転生特典を縛りながらも、辛うじて勝利を収める事となった。
"バリバリバリバリィッ!!"
「あっ。また小さな雷が渓谷に落ちたね。」
「ククク……二人とも生きていて本当に良かったぞっ!」
私達は茂みに隠れながら、この大胆な生存報告に安堵する。少なくともマク姉さんは、魔法を連続で打てるくらいには元気があるようだ。
「でもさ、クレミ。ギルド長の安否は分かんないよ。」
「そ、そうだよな……うぅ……」
過度な期待はしないように釘を刺したが、きっとギルド長も生きてるだろう。アバウトではあるが、大丈夫だという予感がする。
「ちなみにギルド長とクレミってさ。どういう──げほっげほっ!!」
「おいっ、大丈夫か!?」
「あ゛ー……まだ肺が完治していないっぽい。」
先程のリザードマン三連戦。どうにか死戦を潜り抜けたが、私はあばら骨がバキバキに折れてしまった。
今は完全に無防備状態。私達は魔石を拾い集めたのち、適当な茂みに隠れて "回復ポーション"で傷を癒しているのだ。
「ごほっごほっ………クレミ、あの時の≪インフェルノ≫は助かったよ。」
「あーしらは仲間だろ。当然のことをしただけだぞ。」
彼女の援護が無ければ、親玉リザードマンは倒せなかった。クレミはそれを誇ることなく、いつものように"ククク"と笑う。
「それにしても、びっくりしたぞ。『ウエノ・フタバ』ってことは、まさか貴族のお嬢様だったのか?」
「違う違う。私が元いた世界じゃ、誰もが家名を名乗れるんだ。」
──私は先程。
"上野"という苗字を、異世界で初めて開示した。
いわゆるファミリーネームというのは、血統を重んじる貴族の特権である。庶民が勝手に名乗ろうものなら重い処罰を与えられるため、今まで名乗ろうとはしなかったのだ。
「でも、先祖の『アケチ・ミツヒデ』様は騎士なんだろ? あーしはこれから敬語で話しますね。」
「いやいや。お家はとうの昔に取り壊しになったし、苗字も変わっているから。」
──実は、わたし。
明智光秀の子孫、と言われている。
かつて君主を裏切った"本能寺の変"が起きた後に、明智の子孫は織田家の報復によってほとんど絶やされた。
どうにか生き残った一族として、細川家に嫁いだガラシャなどが有名だが……私には男系寄りの血が流れているらしい。
「ご先祖様については本来、上野家だけの秘密なんだ。だから誰にも言っちゃだめだよ。」
「ククク……分かりました、フタバ様。」
「敬語はいいってば!!」
私の遠いご先祖さまは、織田家から命を狙われないように苗字を『明智』から変え続けて、最終的には『上野』へと落ち着いた。
家系に代々伝わる舞槍術と共に、私はそのようなことをお母さんから教えてもらったのだ。
ああ、それと……縁起や世間体が悪いから、他所で喋っちゃダメとも言われたっけな。
「とにかく。昔は色々あったっぽいんだけど、今の私はただの双葉だよ。これからも仲良くしてね。」
「ああ、改めてよろしくな!盟友!」
"バリバリバリバリィッ!!"
二人で熱血友情の握手をしていると、また崖下へ小さな雷が落ちた。
「これで6回目。そんなに落とさなくても、生きてるって理解できるのに。」
「……何か他に、あーし達へ伝えたいことがあるんじゃないか?」
「なるほど!それじゃあ、連絡を取ってみようか。」
私はポーチから『デュエル・マモノーズのデッキ』を出して、真っ暗な崖下へと落とす。
カードを投げ捨てるなんて、デュエリストとして恥ずべき行為だが……持ち合わせているメモ用紙はこれくらいしかない。
「今、ばら撒いたやつ。カードの裏面に何を書いたんだ?」
「『私達も無事だよー』って返信。それと雷を合図に使った、2つの簡単な質問だよ。」
"バリバリバリィッ!!"
しばらくすると、小さな雷が連続で落ちた。
「まずは3回連続で落ちたから……マク姉さんとギルド長の両方は元気ってことだね。」
「そうかっ!本当に良かったぞ!!」
クレミと同じく、私もホッとしている。しかし、この高さから落ちて生存するなんて、どういうカラクリなんだ? アニメや映画みたいな主人公補正があっても厳しいだろうに。
"バリバリバリバリィッ!!"
またまた、小さな雷が連続で落ちた。
「……うわ、マジですか。」
「えっと、次はどんなメッセージなんだ?」
「これからどうやって合流するかを質問をしたんだ。例えば単発の雷なら、私達はその場で待機ってサイン。」
「でも、今のは4回連続で落ちたぞ。」
「……その場合は、私達も崖下へダイブ。」
...
......
「ねえ、クレミ。そろそろジャンプしようよ。」
「嫌だァァァ!あーしはごめんだからな!こんなトコ、落ちたら絶対死ぬぞ!!」
崖下ダイブと聞いて、クレミはめちゃくちゃ怖がっている。しかし──
"バリバリバリバリィッ!!"
また雷撃が4回連続で落ちたので、間違いなく『崖下へGO』の合図だ。やはりこれが、渓谷の底にいるギルド長らの出した判断である。
「あの二人が保証してるんだから。たぶん死なないよ。」
「たぶん!?こんな高所からダイブしたら絶対助からないぞ!!」
「うん。それはそうだね。」
「それはそうだね!?!?」
実は私も、飛び降りて平気という確証がない。謎の理由で生還した、ギルド長らの判断だけが頼りだ。
「2人は向こうで待ってるよ。きっと寂しい思いをしてるだろうし、私達も一緒に逝こう。」
「身投げする奴のセリフ!それは思い詰めちゃって後を追う時の言動だぞ!?」
"ヒュオオオオ……!"
「うぅっ、さささ寒いィ……」
かなりマズイな。クレミの≪保温魔法≫効果が、魔力切れによって消失を始めた。
ここに居てもマイナス46度の環境で凍死するだけ。もはや寒さを防げそうな深い渓谷へと飛び込むしかないのだ。
「それじゃ、クレミ。お体に触りますよ。」
「あっ!?離せよムラサキ星人!!実力行使は卑怯だぞ!!」
あまりに抵抗するので、私は彼女を崖下へと突き落とすことにした。
「はっけよい、のこった!」
「ク……グギギギギ……!」
ただし、クレミも必死だ。私へ喰らいついて、相撲のような取っ組み合いが始まる。
「肩の力を抜いて。大丈夫だよ、痛いのは一瞬だから。」
「前から思ってたけど、オマエ頭おかしいぞッ!なんでそんなに落ち着いてるんだ!?」
「だって私、もう既に死んでるし。」
「ひ、ひぇぇぇぇ……!」
私はトラックに跳ねられて、一度死んでいる。
自らの足で車線に出て、名も知らぬ幼女を庇い散ったのだ。
決して犠牲を美徳とするわけじゃないが。
その時に比べれば、こんな状況は怖くも何ともない。
「クレミ、はやく一緒に逝こ♡」
「い・や・だァァァァァァッ!!」
「ぐっ……魔法使いの癖に、やたら力が強いな……」
彼女は崖っぷちで、信じられないほどの粘りを見せる。世が世なら、横綱になっているであろうタフネスさだ。
「あーしはこれでも文武両道!定期掃討に招集される天才魔法使いだぞっ!ただの槍キチ如きに負けるものかっ……」
「ぐぬぬっ!そんなに強かったのなら、私の槍を使ってリザードマンを倒せよっ……!」
力いっぱいに粘るクレミは、まさかの"うっちゃり"を仕掛けてきた。
これは土俵際まで押し込まれた側が、相手の体をねじって反動で逆に投げ落とす大逆転の技だ。
当然、私は抵抗するが──立場逆転。
崖際に押し込まれたのは、こちらに代わってしまった。
「ちくしょ、あばら骨さえ完治していればっ……!」
「ククク……堕ちろッ!アホムラサキッ!」
「あっ!クレミの首筋から甘い匂いがするね。食べちゃいたいくらいに可愛いナァ……」
「キッッッッショ!!!!」
動揺を誘うつもりが、余計に彼女を怒らせてしまった。
このままでは私だけが、真っ暗な大渓谷に吸い込まれてしまう。
"ビュンッ!"
──突如。
風を切る音と共に、崖下から赤に染まった槍が飛んできた。あの見覚えのある形状……間違いなく、ギルド長の使っている重槍である。
そして槍の先端には、『銀色に光る奇妙な小袋』が結び付けられているようだ。
「一時休戦!クレミ、今の見た!?」
私達が詳細を確認する間もなく。再びそれらは自由落下して、真っ黒な闇へと吸い込まれていった。
「あの匂いは間違いなく……チョコレートだッ!!」
「えっ、ちょっと!?」
あんなに抵抗していたクレミは、秒で崖からダイブした。
槍の先端に取り付けられた、推定チョコレートと思わしき物体を掴みにいったのだ。
"ヒュオオオオ……"
「相変わらず寒いッ!!」
彼女がパーティから離脱した事で、私に掛かっていた≪保温魔法≫が剥がれてしまった。猛烈な寒さの中、こんなとこに一人で居てもしょうがないな。
「ふ……双葉!続けていっきまーす!!」
私は浮遊感に身を委ねて、ブラックホールのように真っ暗な渓谷へと吸い込まれていった──




