05 はじめてのぼうけん
私、ケイト、ジャックの三人は、ギルドを出て歩く。
向かう先は、東門の先にあるという樹海だ。そこで冒険者たちが魔物をシバき倒しているんだとか。
今はちょうど、そこへ向かう途中......通路脇の屋台に寄り道をしている。
彼女達は、昼飯をまだ食べていなかったらしい。
屋台で売られていたのは『コッコの串焼き』銅貨3枚である。語感からして鳥系の魔物だろうか。
異世界飯には興味があるので、私も買ってみた。いざ実食───ッ!
ん、食感は鶏のモモ肉っぽいな。味付けは塩のみだけれど、肉の味が際立って野性味溢れる感じ。
十分美味いが......これは<2倍>を試しておくべきか。
(むんっ!『美味しさ<2倍>』発動!)
「た、たまらんっ!」
「え、そんなに美味しかった?素朴な味だと思うけど。」
ケイトは私の反応に驚く。
この美味しさはシェアしたいし、ついでに能力の検証もしておきたいな。
(えいっ!『私とケイトの感じる美味しさ<2倍>』こっそり発動!)
「あ、あれーッ!?二個目の肉からやたら美味しくなった!」
ケイトはいいリアクションをする。どうやら成功の様だ。
検証の結果、<2倍>は『効果の"ターゲット"を複数指定できる』ことが判明した。
一度に一つだけと言っても、効果の"種類"を制限しているだけのようだ。これは結構便利だぞ。
「うーん、普通の味だけどな...?俺の味覚、ケンカのダメージで壊れたのか?」
私たちの反応を見てジャックは顔を青ざめてしまった。
東門を抜けると辺りいっぱいに樹海が広がっていた。苔むした平地に大木が多く根付いており、奥の山岳地帯まで続いているように見える。
しかし、多少は人の手が加えられているようで、ちょっとした小道と分岐の看板が建てられている。例えるならクソデカ国立自然公園だ。冒険者が狩りをするにはうってつけの場所だろう。
「さて、フタバ。この辺で一度、槍の素振りでも見せてもらおうか。」
ジャックは振り返る。今から冒険者として組むわけだ。メンバーの実力は見ておきたいだろう。
「よっしゃ、ちょっと良いとこ見せてやりますよ。」
私は背負っていた槍を取り出し、構えを取る。いくよ、ライジングドラゴンスピアー。
さっ さっ! えっさっさっ!
私は二人に、槍の基本の型を見せる。
「おおっ、いい感じだね。」
「小型の魔物相手くらいなら大丈夫そうだな。」
槍術は多少自信があったのだが、二人の反応は普通だ。
日々武器を持って戦う冒険者のいる世界だ。実戦経験のない私は、足元にも及ばないのかもしれないな。
私達はその後1時間程、分岐を繰り返す小道を歩いて樹海を探索している。目的は勿論、魔物を狩るためだ。途中でツノの生えた兎や黄色の鶏を見かけたが、ケイトからもっと大物にしようと勧められて樹海の奥に進んでいる。
そろそろ歩き疲れたなと思う頃、ケイトはしゃがむようにハンドサインを出した。
そして二人が小道から逸れて、茂みの方へゆっくり屈んで歩き始めるので私もついて行く。
草木をかき分けると...目の前には体長1m・高さ2m級の怪鳥が佇んでいる。
体格はずんぐりむっくりとしていて、首長のアオサギがより巨大になったような見た目だ。
私がそのバケモンを茂みから注視しているとケイトは小声で囁く。
「知ってると思うけどあれはコッコ。さっき食べたやつね。」
「名前に反してデカすぎる...」
異世界のネーミングセンスはおかしいらしい。
「体が大きいにも関わらず動きは素早いよ。鋭いくちばしの攻撃とバキバキの脚から繰り出されるキックに注意して。」
ケイトは私にコッコの特長を話す。脅威であるが3人がかりならなんとかなりそうだ。
私は槍を強く握り、ジャックは鞘から剣を抜く。
「ジャック、待って。フタバが一人で倒すの。ヤバくなったら助けに入る。...いいね?」
「......!」
ジャックは何か言いたげであったがうなづく。
「え?あのバケモンを私一人で?」
私は困惑するが、ケイトは自信たっぷりにグッドサインを出している。
「......分かった。やってみる。」
ピンチになったらサポートしてくれるようだし、ここは頑張り時だろう。
私は自身にそう言い聞かせてから茂みの奥に入り、じわりじわりとコッコへの間合いを詰める。
激しい心臓の音がする。手汗で槍を上手く握れない。そして改めて認識する。
──そうか、私は今から魔物を殺すのか。
ゲームみたいにサクッと倒せたりしない。
槍の穂でコッコの皮を割いて...肉に差し込んで...臓器を潰して、殺すんだ。
怖気づきそうになった私は『覚悟<2倍>』を掛けて心を決める。
プラシーボ効果もあるかもしれないが、鼓動の音は収まり、手の震えも落ち着いた。
一呼吸置いたあと、私は槍を構え、勢いよく茂みから飛び出す!
「なんとかなれーっ‼」
私は一気に距離を詰めて、コッコの横っ腹をブスリと突き刺した────ッ!!
「グゴッ!?グゴゴゴゴッ!!」
しかし、コッコは悶えながらも倒れない。
嘘だろ...こんなに血が噴き出しているのに。槍先が肉に深く差し込まれているというのに。
私が恐怖を感じた次の瞬間───奴は私の方に首を180度捻りながら鋭いくちばしを降り下ろしてきた!
なぜ一撃で倒せない!?そしてなんだその動きは!
咄嗟に槍を引き抜き、距離を取ろうとする。が、間に合わない。すぐ目の前にくちばしが迫る!
恐ろしく速いフルスウィング──ッ! 何かわからんがヤバい──ッ!
(ま...『魔物との距離<2倍>』発動ッ!!)
瞬間、私は高速移動をして2、3mほど後ろに下がっていた。
そしてコッコのくちばしを使った大振りが、先程私のいた場所へ空を切る。
グオンッ!風を割いて、軽い衝撃波が肌を撫でる。
ひっ、ひえええ。あれを食らってたらどうなっていたか...
「大丈夫かっ!?おりゃあああっ!」
ジャックは茂みから飛び出し、コッコに斬りかかる。やばいと思って助太刀しにきたようだ。
スカッ!
しかしジャックの斬撃は空を切り、コッコは一瞥もせずに発達した足で彼を蹴り飛ばす。
「グエーッ!」
マジでなにしにきたんだお前。
そして、彼を蹴り飛ばしたコッコは再び私を睨みつけ、警戒しながらゆっくりと歩いて間合いをつめてくる。
その距離3m...2m...今だッ!
私は槍の間合い外から足を踏み込む。
それと同時に先程掛けた『魔物との距離<2倍>』を解除した。
"<2倍>は解除されると元の状態に戻る。"だから魔物との距離が離れた場合も、同様に戻る。
この性質を活用した私は、再びテレポートしたかの如くクックに一瞬で近づくことが出来た。
そして、その勢いを保ちながら槍を前に突き出す───ッ!
これは超スピードの一撃。
目にも映らなねェ速さで繰り出す縮地──ッ!
「しゃあっ、ガトチュ・ゼロ・スターイルッ!」
「ギエェェーッ!」
コッコは深く突き刺した刃先に悶えながら倒れ込む。私は無我夢中にそれを踏みつけて槍へ体重を預ける。
......そして、コッコはしばらく暴れたのち動かなくなった。
「ぜー...はーっ...」
これが、命を奪うという感覚か。魔物とはいえ、あまり気分のいいものではないな。
手足もガクガクと震えている。私は戦闘の途中で『覚悟<2倍>』を切り替え解除してしまったので、かなり動揺しているらしい。
「初討伐おめでとう!瞬発な動きだったね!」
ケイトが駆け寄ってきて祝福するので、少し心に余裕ができた。それと同時に、先ほどコッコに蹴り飛ばされたジャックのことを思い出す。
「お前も俺より強いんだな...ゲホッ...」
クックに腹を蹴り飛ばされたジャックは座り込んで、口から血を吐いている。
オイオイオイ、これはやばいぞ。
「内臓がやられている!ケイト、さっき回復魔法を使っていたおじいちゃんを呼んでこれる?私はここでジャックの生命維持を...」
「え、これくらいならそこまでしなくていいよ。」
ケイトさん鬼畜すぎるだろ。と考えていると彼女はポーチから何か取り出した。
緑色に光る液体が小瓶に入っており、それをジャックに含ませている。
「それって、回復ポーション?」
「そうだよ。飲んだらガッツポーズをするのがマナーだからね!」
回復魔法に加えて回復ポーションもあるのかよ。私の心配を返してくれ。