46 寝起きドッキリ大作戦
──冒険者ギルド3階にある執務室。私達はそこを出て、階下に向かっていた。
時間が押しているため、ブリザノス討伐作戦は移動しながら説明するらしい。
「自分、オモロい髪色やな!どこでセットしてもろとん?」
「あっ……そのっ……これは地毛です。」
「地毛がムラサキなん!?めっちゃ珍しい!」
「アッ、ハイ……そうなんすよ……へへ……」
さっきから、陽キャの金髪お姉さんがグイグイ絡んでくる。
私はその猛攻に気押されて、『だからアンタは誰なんだよ』とは切り込めない雰囲気だ。
「オカンに感謝やね。ごっつええ髪色をプレゼントしてくれたんやから。」
「あっ、いい人だ。これからよろしくなァ!」
「急に元気になるやん。」
しかしこのままでは、彼女の陽キャパワーに押しつぶされてしまうな。
とりあえず、名前を探る前に軽い雑談から入ってみよう。
「あ、あの。その長い耳って……オシャレですか?」
「これは自前の長耳やで!まさか"エルフ"知らんのか?ほら、もっと近くで観察しい!」
彼女の耳はとんがっているので、興味本位に聞いてみたが……私のイメージしてたエルフと随分性格が違うな。
「彼女は私の友人で、名を"マク"という。四皇の一角として名を馳せている魔術師だよ。」
「おっと、そういや自己紹介がまだやったわ。気軽にマク姉さんって呼んでくれな!」
ギルド長のアシストが入り、自己紹介タイムが始まった。
世界最強の称号である四皇……それに魔術の才を持つエルフときたか。こんな凄い人材が街にいたとは知らなかったぞ。
「先週に発生したフェンリル騒動の調査で、エルフーン自治国から召集させてもらったんだ。まあ……討伐目標が大きく変わってしまったわけだが。」
「赤髪チャンと一杯呑める思っとったのに、あんな化け物と戦わされるとは聞いてないで!」
「ダハハ!騙して悪いが、私と一緒に死んでくれ!」
2人はどつき合って、ゲラゲラ笑ってる。
あんなに楽しそうなギルド長は初めて見たな。
「よろしくお願いしますね。マク姉……いや、マクさん?」
「そない遠慮しないで。呼びたくなったら、いつでもマク姉さんで構わへんよ!」
……姉さん、か。
少し抵抗があるけど、彼女が望んでいるならそう呼ぶことにしよう。
「フタバ、次はお前の番だぞ。いつもみたいに変な挨拶をしろ。」
「あっ、これはご丁寧にどうも。私は愛知県名古屋市〇〇区××丁目に本籍をおく、双葉と申します。」
「あはは!フタバちゃんは面白い子やなぁ〜。」
大真面目にやってるつもりだが、余計なことまで言ってしまったみたいだ。初対面の距離感は未だに分からないな。
「そしてブリザノス討伐のメンバーだが。私とお前達2人に加えて、彼女が参加する。」
「ククク……!よろしくなっ、盟友!」
私はクレミと、軽くハイタッチを交わす。
彼女は≪インフェルノ≫とかいう魔法が使えるそうだし、きっと頼りになるだろう。
「それで、他には幾つの討伐組が参加するんです?」
「いや、今の4人で全員だ。」
「たった4人!?やる気あるんですか!?!?」
耳を疑うようなセリフに驚愕する。
それこそ冒険者の全員で、大怪獣へ特攻する覚悟だったのに。
「ウム。拙者の代わりに、復活したフタバ殿がパーティに入る形になるな。」
「いや、カゲゾーさんも来て下さいよ。これじゃ戦力足りませんって。」
「むしろ、この作戦は少人数の方が良いのだ。それに『四人集まればブッダの知恵』というコトワザもある。」
「そんなコトワザは無えですよ!?」
……少数精鋭のパーティってことだろうか。
しかしそうなると、私とクレミが編成に入ってるのも謎だ。
優秀な冒険者は大勢いるのだから、彼らより劣る私を選ぶ必要性はない。
それと同様、クレミより腕の立つ魔術師だって他にいるだろうに。
「それじゃあ外に出るぞ。各員気を引き締めろ。」
問答をしているうちに、冒険者ギルドのエントランスまで来てしまった。
討伐作戦について、まだ気になることで一杯なんだけどな。
「フタバ殿、サプライの防寒着はしっかり身に付けておられるか?」
「うーん、着けてますけど……」
今の私は、執務室に置いてあったフーディーやレックガードを身に纏っている。
加えて"天眼ポーション"とやらで、吹雪の中でも見通す視界を確保した。
いずれも雪山での専用装備らしいが、氷の世界でも戦えるポテンシャルはあるのだろうか。
"ヒュオオオオォォォォ!!"
「ぜんぜん大丈夫じゃねェや!まつ毛凍る!耳痛い!!」
「あーしに任せろっ!これが≪保温魔法≫だッ!!」
"ポカポカァァァ……!!"
クレミが短い詠唱を終えると、途端に体が熱くなってきた。
まるで『体温<2倍>』と同じく、全身がヒートアップしているみたいだ。
「ククク……この魔法があれば、ホットケーキから人体まで、全てアツアツのままにしておけるぞ!」
「説明を補足させてもらうと、これは使い手の少ないレア魔法だ。そして彼女が居れば、寒さを気にせずにブリザノスへ近づける。」
確かにこの魔法は有用だ。
耐寒要因として、クレミがパーティ入りするのは当然とも言える。しかし……
「肝心のブリザノスはどうやって倒すんですか?山よりデカいバケモンですよ。」
「ああ、それは──」
「お天道様をわたる雷はん、ひとつも残らずウチの手に集え。ぎょうさんの魔力で……」
突然、隣にいたマク姉さんも詠唱を始めた。
エルフは魔法に長けると聞いているが、一体何を見せてくれるというのだろう。
「マク!?こんな街中で撃つな!!」
「え、そんなヤバいもの出しちゃうんですか?」
「あー、もうっ!全員伏せろっ!」
「────≪天衝雷鳴≫。」
まず、耳の奥が震えた。
次いで、肌を刺す焦げた空気の熱。
それらが一斉に押し寄せる。
"バリバリバリバリィッッ!!"
視界が焼き切れるような極太の稲妻。
もはや、一極集中のレーザーと呼ぶべきか。
それがギルド前の訓練場に叩き込まれて、瞬く間に底なしのクレーターを形成した。
「げ、げえぇぇ……」
雪と土砂の舞う中、私とクレミはひっくり返る。
余韻の振動によって、体が痺れるような錯覚に陥ったのだ。
「マク……街で撃つなって言っただろ……!」
「大丈夫やって。本気の1割も出してへんし。」
今ので手加減してたのか……
もはや勝ち確じゃん。今のを当てさえすれば、どんな強敵もイチコロだ。
「ちゅうわけで、ウチがブリザノスを仕留たる!フタバちゃんはそのサポートをしてくれや!」
「……え、なんのサポートですか?」
「丁度いい機会だな。お前にも作戦の全体像を共有する。」
ギルド長は赤い槍を取り出し、刃先で雪の上に絵を描き始めた。
これは樹海を挟んだ、街とブリザノス……だろうな。そこに3人の似顔絵が掘られてゆく。
「まず、私の役割は護衛。お前達3人をブリザノスに近づくまで守ってみせるよ。」
当然、ギルド長の実力は十分知っている。
行軍中に魔物から襲われても、完璧に撃退してくれるだろう。
「あーしの役割は道中の≪保温魔法≫だ!魔力に限りがあるから、戦闘には参加しないぞ。」
クレミが居ないと、冷気を放つブリザノスに接近できない。
一見地味だけど、替えの効かないメンバーになるな。
「ウチの役割はさっき見せた通りや。射程範囲に入り次第、ヤツにデカい雷をかましたるで!」
マク姉さんは大砲だ。もはや説明も必要ないだろう。
そしてこの3人がいれば──
「あれ、私は必要ですかね?」
「お前はオマケだ。エビフライの尻尾みたいなもんだよ。」
「言い方ァ……!」
ムカつくが、ギルド長の発言は的を得ている。
なにせ今の私は、【実質<2倍>の力が使えない】お荷物だ。
当然原因は、転生特典を"一度に一つだけ"しか発動できないためである。
今はブリザノスを眠らせることに集中してるので、他の用途には使えないんだ。
「それでフタバ。お前のパーティーにおける役割だが……」
ギルド長は雪の上に追加で、私の似顔絵を描く。
場所的に、マク姉さんの隣へ陣取るようだ。
「ブリザノスへ雷撃を放つ瞬間。『必要な睡眠時間<2倍>』を解除して、マクの『攻撃力<2倍>』に効果をシフトチェンジしろ。」
なるほど、能力の切り替え発動が目的か。
滅多に使わない技だが、難しいことではないな。
「出来るとは思いますけど、そんなことしたらブリザノスが起きちゃいますよ?」
「どうせ攻撃したら、ブチギレて目覚めるだろ。反撃される前に、最大火力で消し飛ばすんだ。」
ギルド長監督の采配に、私は感心する。机上の空論であるが選手の使い方は悪くない。
まずはチームを熱く燃やす先発。
4番バッターに助っ人外国人を投入。
そして勝利の女神が微笑み、優勝へ導く。
うん、負ける気がしないね。これぞ最強の打線に違いない。
「ちゅうわけで、フタバちゃんの<2倍>サポート期待しとるからな!」
「へへっ、このフタバちゃんにお任せ……アレ?」
私はマク姉さんに転生特典を教えてないはずだ。
何せ初対面な上に、さっきまで気絶していたんだから。一体どこで知ったんだ?
「言い忘れていたが……クレミとマクには、お前の素性を教えてしまったよ。悪いが緊急時なんでな。」
「それは構いませんけど、どうやって私の力や出自を証明したんです?直接見せたわけじゃないでしょうに。」
こんな時に<2倍>の力を隠すほど、私はケチじゃない。
しかし証拠もなしに、二人はそんな与太話を信じるのだろうか。
「お前の荷物を漁ってたら、『財布』らしきものが見つかったんだ。親御さんとの写し絵や、超精密な印刷紙が出てきたからビックリしたぞ。」
「当然の権利のように、人の荷物を漁らないでください……」
前世から持ち込んだ財布で、私の出自を証明したのか。
あそこにはお母さんとの写真の他に、一万円札やクーポン券も入っている。
「ほんま驚いたで!不思議なこともあるんやなぁ。」
「うむ。フタバ殿が以前語っていた、テンセイシャという概念が漸くわかった。」
「あーしも見せてもらったぞ!フタバは宇宙人だったんだな!」
クレミを除いた全員が、私の出自を認識したようだ。
なんの変哲もない雑貨も、異世界人からすればオーパーツに見えるのだろう。
「それじゃあ、転生特典はどうやって証明を……?」
「簡単だよ。お前が『月明かりを<2倍>』にした日と、ギルドカードに記載された登録日を照合してみせたんだ。」
あぁ、転生初日の大事件が役に立ったのか。確かにどちらも同じ日の出来事だ。
月が異様に輝くもんだから、街は女神の降臨だのと騒ぎになった。
これを偶然の一致として片付けるにも、私が異界から来たことまで考慮すれば、話は違ってくるだろう。
「「「………。」」」
「ちょ、なんで3人とも距離を取るんですか!?私はこの力を悪用しないので怖がらないで下さいよ!!」
カゲゾーさんを始め、みんなビビっている。
まあ、これが普通の反応だろうな。
「ククク……あの時は、お母さんのクッキーを≪復元≫したんだな。ようやくカラクリが分かったぞ!」
「まあ、そういうこと。今まで隠しててごめんね。」
「気にするな盟友!こんなヤバい力、バレたら速攻始末されるからな!」
「う、うーん……」
クレミには以前、少しだけ力を見せたことがある。空っぽの袋から、彼女のお母さんが作ったクッキーを出して見せたのだ。
論より証拠というべきか。ギルド長が改めて説明したことによって、手品のタネを理解できたのだろう。
「『一度に一つだけ、なんでもかんでも倍にする力』。赤髪チャンが大真面目に説明するもんだから、納得してもうたわ。」
初対面のマク姉さんまで、こんな与太話を飲み込んでくれるとは。
一度も力を見せたことが無いというのに、ギルド長への信頼は相当厚いらしい。
「本当はちゃんと披露したいんですけど、今はブリザノスを寝かせることにリソースを割いてるので……」
「別に構わへんで。嘘をつくような子じゃないのは、目を見れば分かる。」
私はそんなに分かりやすい顔をしているのだろうか。以前にギルド長やカゲゾーさんからも嘘を見抜かれてるし、今度ポーカーフェイスの練習でもしようかな。
「というわけで。異世界ムラサキが加わったことで、作戦が多少変わった。改めておさらいするぞ。」
赤髪ゴリラがこちらを見てくる。
新顔の私に、作戦を復唱しろということか。
「私がブリザノスを眠らせておき、クレミが体を温め、ギルド長の暴力で標的まで近づき、マク姉さんが倍の火力で始末する!!」
「そういうことだ。皆んな、改めてよろしく頼む。」
カゲゾーさんを含む5人が集まり、硬く円陣を組む。
これから死地に赴くというのに、まるで試合前のようなアツい気分だ。
「ギルド長監督!この作戦に名前を付けましょう!」
「名付けて──寝起きドッキリ大作戦だッ!!」




