表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/46

45 ビクトリーサイン


「……なにか、大事なことを忘れてしまった気がする。」


私は奇妙な喪失感と共に、柔らかいソファーから身を起こす。


そのまま周囲を見渡すと、書類が山ほど積まれたデスクや、怪力で折れ曲がった万年筆が目に入る。

ここは冒険者ギルドの執務室らしいが……カーテンが閉まっていて、少し薄暗いな。


「ン゛ッン〜、フタバチャン オハヨ!」

「あぁ、おはよう。"ライジングドラゴンスピアー"。」


足元に、磨き上げられた相棒が転がっていた。

おそらく誰かが運んでくれたのだろう。防具や荷物も一緒に揃えられている。


「ナガクハ モタナイ! イソイデ!」

「長くは持たない……?どういう意味?」


「………。」

「あれ、喋らなくなっちゃった。」


普段ならもう少し会話をしてくれるんだけど、今日は調子が悪いのかな。

私は相棒が言い残した『長くは持たない。急いで。』というセリフに首を傾げる。


「………なっ!? フタバ!起きたのか!!」

「あ、ギルド長も。おはよーございます。」


とりあえず外に出ようと思った矢先。

執務室の扉が開かれ、見知った顔が現れた。


「よかった……あのまま目が覚めないんじゃないかとっ……!」

「へへ、何だがお騒がせしたみたいですね。」


彼女が顔を歪めて、笑うように泣いている。

そんな表情をされてしまったら、私も何だか泣きそうになってしまうな。


「どこか体は傷まないか!?苦しくないか!?」

「いででででで!握力で折れる!今まさに骨が折れるぅぅぅ!!」

「おっと、力を入れすぎたな……」


彼女が手を離したことで、複雑骨折は免れた。

体が少し痛いけれど、それ以上に胸の奥がじんわりと温かい。


「……あっ!それより今ってどういう状況ですか?ブリザノスとか街の様子とか色々!」

「ん、そうだな……あれから2日半も経過しているし、何から話すべきだろうか。」


うわっ、そんなに長い時間が経っていたんだ。

そうなると尚更、これまでの出来事が気になってくるな。



挿絵(By みてみん)



「まずは──お前が頑張ってくれたおかげで、ブリザノスはずっと眠り続けている。本当に感謝しているよ。」

「おお、そりゃ良かったです!」


あの時ヤツを眠らせていなければ、街は氷漬けになっていたかもしれない。

私としては予想外の反撃を食らってしまったが、身を挺した価値はあったようだ。


「それと当然だが、街は大パニックになっている。なにせ山脈だと思っていたものが怪物と判明したんだからな。」

「まあ、そうなりますよね……」


混乱しているのは、私も同じだ。

女神様から授かった転生特典に対抗できるなんて、アイツは明らかに異常な存在だろう。


「フタバ、伝えるべきことはまだあるが……先にお前から聞いておきたいことがあるんだ。」

「はい、なんでしょうか。」


これからギルド長のする質問は、おおよそ予想がつく。

それは、私からも共有したいと思っていた内容だろう。


「ブリザノスが今も眠っているということは……お前がその効力を維持し続けているという認識で合ってるよな?」


──私がブリザノスに放った『必要な睡眠時間<2倍>』。

これの"発動"と"解除"をするには、どちらも強く念じる必要がある。

しかしその効果を"維持"するコトに関しては、何もしなくて良いわけだが──


「そうみたいですね。今も力を発動し続けている感覚があります。」

「しかし、あの時のお前は血を吐いてたんだぞ!今もヤツを押さえつけていて平気なのか!?」


ギルド長に指摘されて、改めて違和感を覚える。

どうして私は無事でいられているんだろう、と。


「なにか心当たりがないのか?」

「うーん……体に免疫でもついたのかも知れません。あくまで予想ですが。」

「め、めんえき?」


彼女は『免疫』という言葉に首を傾げる。抗体や予防接種などの高度な医学は、中世ナーロッパと無縁らしい。


「体が病を克服したってことですよ。とにかく、私は元気ですので。」


それを聞いたギルド長は、深く考え込んだのちに何か決意したような表情をした。


「それなら、フタバ。あと数日だけブリザノスを眠らせておけるか?」

「お安い御用です。必要でしたら、何十年でも構いませんよ。」


こんな状況だ。もはや冒険者ギルドが処理できる問題ではないし、国や軍隊が対策するまでの時間は欲しいだろう。


「いや、そんなに時間は要らないんだ。どうせ"この街は直ぐに滅ぶ"からな。」

「……すみません、いま幻聴が聞こえました。やはり体の調子が悪いみたいです。」


ギルド長は苦笑した後に、執務室の大窓へ歩いてゆく。そして、厚い布地のカーテンをゆっくりと開けた。


"ヒュオオオオオオォォッ!!"


……窓の外は真っ白に染められていた。

まるでドライアイスの冷気が満たされたように、雪煙で視界はすり潰されている。


信じられない光景だ。

いや、何も見えないのだから『光景』という言葉すら当てはまらないか。


「おいっ、すぐに窓から手を剥がせ!!」

「えっ?うぁっ……!?」


思わず窓ガラスに手を伸ばすと、皮膚が引っ付いて剥がれない。

針のような寒気がじわじわと広がり、肌色が抜け落ち、感覚も失ってゆく。


「ふんすっ!」

「いででででで!?」


ギルド長が私の掌を強引に引っぺがす。

そして、遅れながらも理解した。ガラス越しにも関わらず、皮膚が凍り始めていたんだ。


「……これ、なんかのドッキリですか?」

「それならどれほど良かったか。」


ギルド長の返答は氷のように冷たい。

しかし私は、この理不尽な現状に怒りを覚えた。


「だって!!ブリザノスは眠ってるって言ったじゃないですか!?」

「……目視できないが、今も確かに眠っているはずだ。」


メチャクチャじゃないか。

それなら、尚更おかしいだろう。


「じゃあなんで天候が悪化しているんです!?私はヤツが寝た瞬間に、空が晴れたのを見ましたよ!!」

「……確かに降雪は一時収束した。しかし徐々に、ブリザノスの周囲から冷気が漏れ出したんだ。」


それを聞いた私は、言葉を失う。無駄となった努力に失望したからじゃない。

緩やかに迫る"結末"を理解してしまったんだ。


魔物の群れが村を襲うような暴力とは違う。もっとシンプルで、どうにもならない末路。

寒さに凍えて力尽きるか、食料を消耗して餓死するか。そんな静かな終わりが、この街を覆い始めていることに恐怖した。


「ちなみに魔術ギルドの予測によると、この気候変動はダーフル王国全土にまで広がるらしい。どこにも逃げられんぞ。」

「何で追い討ちみてェな情報を開示するんですか……」


つまり、このままブリザノスを眠らせ続けても寒波が収束する事はないということだ。今のままでは時間を稼ぐのが関の山だろう。


だからといって『体温<2倍>』を街の住民に施しても、いずれ食料が尽きてしまう。凍え死ぬよりもタチが悪いな。


「……そうだ!敢えてブリザノスを起こし、そのまま遠くに移動するのを待ちましょうよ!」


もはやアイツは、台風の如く周囲に被害をもたらす災害なんだ。私たちに出来ることは、それが通り過ぎるのを祈るしかない。


「フタバ、それは悪手だ。ブリザノスが活性化して、天候が更に悪化する可能性が高い。」

「FU○K!!さっきから他人事みたいに!!テメェも一緒に考えろや!!」

「どうもごめんなさいでした。」


……くそ、冷静になれ。

私が思いつくようなことは、ギルド長だって既に検討したはずだ。


だからこそ必死になって考えてるのに、打開する策が何も思い浮かばない。

むしろ、状況が詰んでいることを嫌というほど分からされてしまう。


……どうして私は、こんなに器用貧乏な転生特典を授かってしまったんだろうか。

もっとラノベの主人公みたいに、状況をひっくり返せる力があればよかったのに。


「まだ希望はある。そう悲観するな。」

「あるわけないじゃないですかっ!」


私は彼女から差し伸べられた手を、ペシっと弾いてしまう。そう、ただの八つ当たりだ。


「……フタバ、お前は神話に出てくるような英雄じゃない。ヘンテコな異能を持ってるだけのクソガキだよ。」

「あの、何で急に罵倒したんです?」


「1人で抱え込むなってことだ。前にも言ったろ。」

「だからって──」

「みんな、そこにいるんだろ!入って来てくれ!」


急にギルド長は振り返って、執務室のドアへ叫ぶ。

そして、いつから居ただろうか。見覚えのある人達がぞろぞろと現れた。


「フタバ殿、諦めるのは早計でござるよ。」

「カゲゾーさん……!」


「ククク、あーしの力が必要みたいだなっ!盟友!!」

「クレミ……!」


「なんも心配あらへんで!ウチに任せときや!」

「誰だよ、テメーは。」


関西弁を操る謎の女性を含め、クセの強い面子が押しかけてきた。

みんなポジティブなのは結構なことだが、数が集まったところで何ができるというんだ。


「……フタバ。また私のことを。いや、私達のことを信じてくれるか?」


この期に及んで、ギルド長はキショいセリフを吐いた。

陳腐でしょーもない、こっちが恥ずかしくなるほどサムい言葉だ。


……しかし私は、このやり取りに見覚えがある。

まるであの日の再現のようで、つい口角が上がってしまった。


「うん。ありがとう、フタバ。」

「いや、まだ何も言ってないですからね!?」


まったくこの人は相変わらずだな。

でも、何というか。私は彼女のそういうところが好きなのだろう。


「こほん。只今より、ブリザノスの緊急討伐クエストを開始する。お前も参加してくれ。」

「了解しました、ギルド長!」


私は彼女らに、ビクトリーサインを見せつける。

その意味は──勝利宣言だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ