43 バチクソでっけえセミの夢
小学校の頃、セミを捕まえに公園へ出かけたことがある。
近所に住むガキ大将が『素揚げしたセミは、エビに似た味がする』と喧伝していたので興味が湧いたのだ。
私も最初は疑心暗鬼だったが、食べてみると確かにエビの味がして驚いた。
この衝撃と感動を共有したいと思って、お母さんに目隠しをさせてから振る舞ったんだけど......メッチャ怒られた。
「"グオオオオオオンッッ!!"」
そうそう。
お母さんの第一声は、こんな感じの咆哮だったね。
「なっ、何なのよ!アレはっ!?」
「もうダメだァ...おしまいだァ......!」
「アイエエエ!?なんと巨大なっ!」
「あわわ......まだ慌てるような時間じゃ...あわわ......」
みんな、山脈から起き上がった大怪獣を見てパニックになっている。
私も恐怖のあまり、よく分かんない走馬灯のようなものが見えてしまった。
「ふーむ、暴風雪を引き起こすノス山脈の巨獣......『ブリザノス』なんて名称はどうだろうか?」
「ギルド長さん!?名前をつけている場合じゃないですよっ!」
「馬鹿を言うな、フタバ。対策を練るには第一に、標的の呼称が必要だろう。」
おお、こんな時でも彼女は冷静だ。
もう既に、これからのプランを考えているらしい。
「それなら、どうやってアレを......じゃなくて、『ブリザノス』を倒すんですか!?」
「あんなにデカいの討伐できる訳ないだろ。まずは被害を最低限に抑えることが目標だ。」
「......ですよね。」
樹海の遥か先に見える大怪獣。遠近感が狂ってサイズを掴めないが、少なくとも1000メートル以上の高さがあるはずだ。
当然、腕っぷしで勝てる相手ではない。蟻が象に戦いを挑むようなものだろう。
「フタバ、お前にも一応聞いておくが......あのデカブツを倒せる新技は無いよな。」
「え?ある訳ないじゃ無いですか。」
「だよなァ〜。」
私の<2倍>には致命的な弱点がある。
"生物に使うと、自動補正が取られるようになっている"のだ。
例えば、『体温』を倍化させて72℃に跳ね上げても熱中症で倒れたりしない。これは自動的に、体内のタンパク質へ熱耐性が付与されてしまうためである。
だから同様に『血液量』を増やしても、心臓が破裂してグロいことにはならない。『脊椎』だけを伸ばしてやっても、フツーに生命活動を続けることが出来てしまうんだ。
原理はよく分からないが、いずれも検証したことがあるので間違いないだろう。
「はぁ......マジでどうすっかな......」
「ホント、どうしましょうかねェ......」
私達は呑気に愚痴をこぼす。打つ手が思いつかないため、一周回って冷静になってしまったのだ。
「"グゴッ......グゴゴッ......"」
「それよりギルド長。さっきから奴は、一体何をしてるんですかね?」
「気だるそうな感じというか、ウトウトしてるように見えるな。」
吹雪でよく見えないが、ブリザノスは前脚を使ってゴシゴシ目を擦っているようだ。
赤く光る目蓋を細めて、こっくりこっくりと頭を縦に揺らしている。
「"ふがァァァァァ......"」
途端に気の抜けた咆哮。いや、大きなあくびか。
大怪獣といえど、寝起きは調子が出ないらしい。
「......意外と俗っぽいというか、体がデカいだけで普通の生き物と変わらないみたいだな。」
「なんだか親近感が湧いてきました。意外と温厚な性格だったりするんじゃないですかね?」
体のデカい強面の怪物が、実は優しいというのはお約束みたいな節がある。ブリザノスとも和解の道があるかもしれない。
「まあ、どんな性格かは知らないが共存は不可能だろう。一挙一動が大地を震わせているし、徐々に吹雪も強まっている。」
ギルド長のダメ出しに、私は肩を落とす。
奴をこのまま放っておいたら、街も人も氷漬けにされてしまう......というか既に、冷気で肺が苦しくなってきた。
「しかし、フタバ。ヤツを無力化する術を一つだけ思いついたぞ。」
「奇遇ですね。私もちょうど、一つだけ閃いたんですよ。」
私達は顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
どうやら考えている事は同じらしい。
「ご褒美にまた、ミノタウロスのステーキを奢ってくださいね?」
「ああ、次はデザートも頼んでいいからな。」
ギルド長と軽口を交わした後に。
私はピースサインを正面に突き出して、ブリザノスに向けて強く念じる。
「おらっ!『必要な睡眠時間<2倍>』発動ッ!!」
「"フゴッ........."」
ヤツは鼻を啜るような音を出して、ゆっくりと四つ足を畳み込む。
巻き上がる土煙の中で、赤く光る目は更に細くなった。
「"グゴゴ.........グゴゴ........."」
「えっ、アイツはどうして急に倒れたのかしら......?」
「違うぞ、イビキをかいて寝始めたんだっ!」
「よく分からんが、これで暫くの猶予ができたな......!」
ブリザノスには、そのまま"二度寝"してもらうことにしよう。
これまで何万年の間を地中で過ごしていたかは知らないが。もう一度、それと同じ時間だけ眠ってもらう。
「"グゴー......グゴー......"」
君は深夜に突然、目が覚めてしまっただけなんだ。
大地の布団に潜りなおして、人間の時代が終わるまで寝ていておくれ。
「ふぅ、何だか呆気ない幕引きだな。」
「呆気なく終わらせないと大変でしたよ?」
「ははは、違いない。」
私たちが小さく笑うと、吹雪の勢いが弱まり、暖かい光が差し込んできた。
ブリザノスが眠りに入って、雪の魔法が解け始めているんだ。
ああ、ポカポカして気持ちがいいな。
正月元旦の朝のように、爽やかな気分だ。
「───ギルド長ッ!俺らはどうすりゃいいですかね!!地下にシェルターでも作りますかい!?」
「えっ......あぁ、そうだな......どうしよっかな......」
日向ぼっこに興じていると、近くにいたギルド職員や冒険者が駆けつけてきた。彼らは現状がサッパリ分からないのだから、不安でしょうがないだろう。
「それじゃあ、後処理と隠蔽はイイ感じにお願いしますね!」
「やれやれ、しばらくは忙しくなるな。」
頭を抱えるギルド長を横目にして、私は防壁の淵に立つ。視界の遥か先には──ペアルの新しい名物『ブリザノス』が寝そべっている。
神秘的ともいえる光景に感嘆とするが、今の私はどちらかというと憂鬱な気分だ。
「......これで実質、<2倍>の力とはお別れかぁ。」
ギルド長は失念しているみたいだけれど、この異能にはもう一つ弱点がある。
同時に使えるのが、"一度に一つだけ"という制約だ。
だから私は『ブリザノスに必要な睡眠時間』をこれからず~っと、維持しなければならない。
当然、≪ナビ≫でお宝を探したり≪復元≫したスマホも取り出せなくなる。
別のことに使うと能力が解除されて、せっかく寝かしつけたブリザノスが再び覚醒してしまうんだ。
「しゃーなし、切り替えていこう。」
チート能力を失うのは口惜しいが......ペアルタウンが氷漬けにされることに比べたら安いものだろう。
元より女神様からの貰い物だし、使えなくなっても支障が出る力ではない。
またスラム街の子供達と、現代知識を活用してお金を稼げばいい。
収入が貯まったら賃貸を借りて、飲食店を経営するのも悪くないな。
そう考えている内に、これからの異世界生活も楽しくやっていけそうな気がしてきた。
「げほっ...げほっ......」
おっと、先程までの吹雪で風邪をひいちゃったみたいだ。今まで病気にかかった事ないのが自慢だったのになぁ。
「ごふっ......!?」
──違和感。
体が熱い。視界がにじむ。
口の中が、トマト味。
「ぜぇ......ぜぇ......」
──ああ、そっか。
風邪をひいた訳じゃないのか。
私の放った<2倍>が、"抵抗"されてるんだ。
どうやらブリザノスは、女神様から貰った異能よりも強大な存在らしい。
『必要な睡眠時間<2倍>』を解除しようと、発動者である私へ干渉が出来てしまうんだ。
......いや、ズルすぎんだろ。
いきなり山から出てきた上に、初見殺しのカウンター持ちかよ。
「おいっ、フタバッ!?どうしたんだ!?」
......ギルド長。
短い間でしたが、クソお世話になりました。
私からパクったハンドスピナー、後生大事にしてくださいね?
「ヒアル爺!来てくれっ、フタバが!フタバが血を出して───」
...
......
セミの幼虫は、7年くらいの時間を地中で過ごすそうな。
ほぼ寝たきりの状態で、エネルギーを溜め込む。そして成虫になった途端に、その全てを使い果たして死んでゆく。
お母さんにそう教えられた私は、セミを捕まえて美味しく味わってしまったことに罪悪感を覚えた。
あの命は、七年かけてやっと空を見たのだと思うと胸が痛くなってしまったんだ。
『私達は肉や魚を毎日頂いて、生きている。大事なのは、命に敬意を払うことよ。』
お母さんは落ち込む私へ、諭すように優しく頭を撫でてくれた。
......台所の外では、夜の帳がゆっくりと降り始めている。風に乗って、遠くからセミの鳴き声がひときわ強く響く。
お母さんはその音を聞きながら、油の残る箸先を見つめて小さく呟いた。
『成虫になったセミはね、力尽きるまで眠らないの。』




