04 冒険者ギルド
──商隊の護衛任務を引き受けてから8日。ようやくペアルタウンに帰って来た。
俺はギルドに併設された酒場に座り、懐かしのメニューを眺めている。
「ジャック、まだー?」
「もう少しメニューを見せてくれ。この肌触りを感じていたい。」
せっかちな仲間に急かされて、それを取り上げられたが問題ない。頼むものはもう決めている。
ボリューミーなオーク肉にありつきながら、グイっとエールを流し込んで優勝をキメる...どう考えてもこれ一択だろう。
よーし、今日は酔い潰れるくらい飲むとするか。
バタンッ!
俺が完璧な計画を立てていると、ギルドの扉が勢いよく開けられたので軽く振り返る。
年は15、16くらい、槍を携えた軽装の女が腕を組み、自身ありげに立っている。
「たのもーっ!我が名はフタバ!これから伝説の冒険者となる女だッ!」
ソイツは叫び、声がギルド内で大きく響く。
静まり返るギルド。俺達を含めてギルド内の目線が彼女に集まる。
「おうっ、伝説のネーチャン!何を頼むんだーっ?」
誰かが酒場のメニュー片手に女に叫びかえす。
「えっ あっ...その...」
女は硬直している。しばらくすると手で顔を覆い、俯きながら受付の方に歩いて行った。
...どうやら頭が残念な新入りが来たらしい。
「あの子、変わった靴とズボンを履いてるね。どこで売ってるんだろ。」
「さあな、よその国から来たんじゃないか?」
ギルド受付の近くに座っていた俺達は引き続き、ソイツの言動を観察している。
彼女は冒険者登録の手続きをしている途中のようだ。
「えっ、魔法が使えるかって? この世界は普通に魔法あるんすか?」
魔法を知らないのは頭が残念どころではない。やべーやつである。
「ねぇっ、ジャック!今の聞こえた?」
「あー、うん。」
俺はメニューを見ながら適当に返事をする。
「あの子、死ぬよ。」
「冒険者は自己責任だろ、放っておけよ。早く打ち上げを始めようぜ。」
「ジャック!」
ケイトは席を立って、女に話しかけに行った。
まったく、しょうがねえな...
...
......
冒険者ギルドに入る際、『勇気を<2倍>』にしたのは失敗だった。
勇気の数値化なんてできないだろうに、私はバッチリ昂って奇行を晒すことになった。
あー、恥ずかし...毎晩寝る前に思い出してしまいそうだ。
「お待たせしました。こちらがフタバさんの登録証です。」
「おっと、ありがとうございます。」
受付嬢が戻って来た。手続きが無事に完了したらしい。
戸籍や身分証のようなものは必要ないようで、異世界人の私には都合が良いな。
そして登録した名前は上野双葉...改めてフタバである。
名字は貴族しか持てないという可能性を考え、急遽改名したのだ。
「これで私も冒険者かあ。なんだかワクワクしますね。」
「フタバさん。いのちだいじに、ですからね!」
「ええ、分かってます。」
受付嬢からは、『損害に対して一切責任を持たない。全て自己責任である。』と何度も説明された。
この損害というのは当然命を含む。身の丈に合わないことはするなというのを立場上遠回しに警告してくれたというわけだ。
私はそれを念頭に入れつつ、依頼掲示板に向かう。
○ゴブリンの巣窟駆除
○王都までの護衛(4人から)
○オーク3体の直接納品
この辺りは稼ぎがいい。が、私一人でこなせるものではなさそうだ。
条件もDランク以上の冒険者だの、複数人のパーティだのと、複雑なものが多い。Fランクの新人である私には縁のないものだろう。
○防壁の補修工事
○水路のドブさらい
○街路の馬糞除去
インフラ整備っぽいのもいくつかある。これなら私でも出来そうだが、まずは冒険者らしいことをしてみたい。具体的には魔物と戦って...なんかこう...如何にもファンタジーな世界を味わいたいのだ。
先ほどの受付嬢もおすすめしていたし、街の壁外で弱そうな魔物を討伐して金を稼ぐことから始めよう。
「そこの新入りさん!ちょっといいかな?」
そう思って出口に向かうと声をかけられた。
「いきなり声をかけてごめんね!私はケイト。パーティー『ツヴァイ』で弓使いをやってるの。こっちはリーダーで剣士のジャック。」
「......ジャックだ。よろしく。」
二人の冒険者が話しかけてきた。活発そうな女の子と、ぶっきらぼうな男の子だ。
年は私と同じく15歳くらいだろうか。とりあえず、まずはアイサツだ。
「ドーモ、フタバと言います。Fランクの新人冒険者です。」
「ねえ、フタバ。突然だけど私達に護衛任務を依頼しない?」
え?私、依頼を受ける側なんですけど。そう考えるとケイトは続ける。
「護衛任務という体で、あなたに冒険者のイロハを教えたいと思ってるの。昼からと言うわけで特別サービス!銀貨4枚でどう?」
なるほど。初心者に手解きしてくれるわけか。それはありがたいな。
「じゃあ、依頼を出しちゃおうか───」
「オイオイ。そいつらに護衛を頼むのか、お嬢ちゃんよ!」
横から酔っぱらったチンピラが絡んできた。なんだか次から次へと忙しいな。
「ハハハ!嬢ちゃんは見る目がねえな、そいつらは弱小パーティーだぜ。」
「...そういう言い方はどうかと思いますよ。酔っ払いさん。」
いきなり出てきて失礼な奴だ。クールビューティーな私は、目もくれずに軽くあしらう。
「あ...?もういっぺん言ってみやがれ!!」
チンピラは私の肩を掴んだ。ガッシリと握られて、めちゃくちゃ痛い。
男の握力ってこんなに強いのか...どうやら私が『筋力<2倍>』で制圧できる相手じゃないみたいだ。
甘く見積もってしまったことを少し後悔していると、後ろに控えていたはずのジャックが間に入ってきた。
「既に護衛依頼は仮受注されている。これ以上彼女に関われば対処するぞ。」
おお、頼もしいやつだ!
「ダハハッ!相変わらず態度だけは一丁前だな、ジャック!それじゃあ対処とやらをしてもらおうかっ!」
言うが早いか、チンピラはジャックに殴りかかる───ッ!
...
......
ジャックとチンピラは喧嘩をおっ始めた。
ギルド内の冒険者は誰も止めない。それどころか盛り上がっている。受付嬢とケイトもそっち側だ。
血の気が多すぎるだろ。とんでもない職場に来てしまった。
「グエーッ!」
そして今、ジャックは壁に押し付けられ、チンピラから頭突きを食らっている。
...あれ?ジャック負けてね?
こういう時って三下を倒すのがお約束じゃないのか?私が不安になっていると、隣でケイトが叫ぶ。
「ジャック、今日は負けないでねっ!」
...彼はそんなに強くないみたいだ。私がしっかり援護をしなければ。
(えいッ!『ジャックの筋力<2倍>』こっそり発動!)
「おっ?おお? 急に力が湧いてきたっ!」
私が念じた途端に彼の腕がチンピラを押し出す。不利な体勢から建て直そうとしているのだ。
「いいぞ!頑張れジャック!私がついてるぞッ!」
「なめるなボケッ!」
「グエーッ!」
が...駄目っ......!彼はチンピラから膝蹴りをくらってすぐに壁へ押し戻される。
ジャックは倍に強化されようとも、どうにもならないくらい弱いみたいだ。他に彼を助ける方法はないだろうか。
そういや、あのチンピラ...かなり酒の匂いがキツかったな。相当飲んでると見た。
試しておいて損はないか。
(えいッ!『チンピラの体内アルコール量<2倍>』こっそり発動!)
バターン!
チンピラは突然横転した。
「「「!?」」」
周囲の人々は急にぐったりしたソイツに困惑する。
静寂の中、最初に口を開いたのはケイトだ。
「やった!ジャックが倒した!初めて勝った!」
「いや、急アルです。水をお願いします。」
「急アルって何!?」
いかんいかん、急性アルコール中毒は命に関わる。やりすぎてしまった。
私は彼に掛けていた<2倍>を解除し、回復体位を取らせる。そしてケイトから受け取った水の入ったグラスを近づける。
「うっ、すまねえ嬢ちゃん...飲みすぎて絡み酒をしちまった...」
横転しているチンピラはグラスを手に取り水を飲み始めた。自分で飲める状態ならまあ大丈夫だろう。
そうしていると、どこからか僧侶っぽい格好のおじいちゃんがやってきてジャックに何かを唱える。
すると彼のボコボコにされた顔面が淡く光りながらゆっくりと元の形に戻る。
その行為に対して、ジャックはおじいちゃんに銅貨を何枚か支払っていた。
なるほど、回復魔法か。それがあるからバイオレンスな喧嘩がし放題なのか。
私が納得していると、僧侶っぽいおじいちゃんはこちらにもやってきて横たわるチンピラを見る。彼にも治療をしてやるのだろうか。
「はて?喧嘩をして倒れてるのにこっちは全くの無傷じゃの...」
おじいちゃんは首を傾げて行ってしまった。