39 ラーメン双郎
朝日が差し込む孤児院の一室。
私は院長先生に頼まれて、授業の手伝いをしていた。
「21と29を足すと...50ね!」
「正解!お前は東大に行けッ!」
「40から21を引くと19だ!」
「正解!お前は返済不要の奨学金で院進しろッ!」
私が担当しているのは年長組...おおよそ中学生くらいの歳の子だ。問題が簡単過ぎるようにも感じるが、この世界では文字の読み書きすら満足にできない大人も少なくない。
ましてや計算となればなおさら。既に2ケタの加減算を習得している彼らは、お世話抜きで天才級である。
「フタバねーちゃん、この式はどういう意味?」
ライノ君が指さすのは──『3×5』の計算式。
これは乗算、つまるところ"倍"を操る私のアイデンティティーだ。
普段使いする場面は少ないかもしれないが、商売の世界なら必要だ。進路が広がるし、習得するに越したことはないだろう。
「ライノ君は、銅貨が3個入った袋を5つ持ってます。銅貨は合わせて何枚でしょうか?」
「えーっと...銅貨は3、6、9......」
彼は指を折り曲げて倍数を刻み始める。
しかし、9より先が両手で数えきれないことに気付いたようだ。
「おやおや、指が足りないですねェ!困りましたねェ!」
「うるさ。」
なんだか初々しいなぁ。私も最初はこんな感じだったんだろうか。
「まずは、実際に見た方が早いですよね。」
私は腰につけた麻袋から、本物の銅貨を取り出す。イメージも湧きやすいだろうし、これで『3×5』の計算式を見立てよう。
「銅貨が、3枚...6枚...あれ?」
「どったの、フタバ姉?」
麻袋をひっくり返してみるが、ホコリがポロポロと落ちてくる。銀貨や金貨も入ってない。
...嘘だろ、これが全財産だってのか?
おかしいな。私はそれなりに日銭を稼いでいる。突然金欠になったりはしないはず。
「おやおや、お金が足りないようだなァ!困ったなァ!」
「うるさいですよ...」
最近、何か大きな買い物をしただろうか?
樽風呂の加工費──はギルド長からぶんどった。それより後だから、かなり直近の出費だろう。
「フタバおねーちゃん、ホイップクリームに使うお砂糖を買いすぎたんじゃない?高かったでしょ?」
「それだッ!!」
ペアルで砂糖は高級品だ。原料となるサトウキビが暖かい気候でしか育たないため、希少かつ輸入に依存している。
孤児院の台所に置いてあるような代物ではないので、ポケットマネーから購入した訳だが......思った以上にお金を使ってしまったらしい。
「み、皆さん。お砂糖たっぷりのクレープは美味しかったですか?」
私は動揺を悟られないように子供達の方を振り返る。そして、彼らが頷いたのをハッキリと見た。
「......クレープの対価を要求します。」
「「「うわ。」」」
ブーイングが始まる中で、私は黒板に文字を書き足す。
《今日の課題、掛け算と商売の基礎》
...
......
翌日、私は年長組と共に街へ繰り出した。荷車には屋台道具をドッサリ積み込み、ガタガタと引きながら石畳を進む。
かつてフライドポテトで一儲けしたように、再び出店を行うのだ。
「フタバ姉、ちゃんと給料を出してくれるんでしょうね!」
「おっと、言い忘れてました。給料じゃなくて山分けですよ。」
「ホント!?」
「ほんとほんと。フタバ嘘つかない。」
儲けを等分した方が彼女達もやる気になってくれるだろう。
それに、私の都合だけで働かせるのは気が引ける。
「ふふ、今日はいっぱい稼いでみせるわっ!」
年長組を先頭で引っ張るレイナちゃんの声に、他の子たちも気勢を出す。モチベーションはMAXのようだ。
「それじゃあ、授業の成果を確認しますよ。商売の心得その壱!」
「「「金を払うとは仕事に責任を負わせること、金を貰うとは仕事に責任を負うこと!」」」
「ようし、商売の心得その弐!」
「「「いいものなら売れるというナイーブな考えは捨てろ!」」」
「仕上げに、商売の心得その参!」
「「「お客さんはラーメンではなく情報を食っている!」」」
子供達は、私の仕込んだマニュアルを意気揚々と暗唱する。これなら完璧だァ。
「『ラーメン双郎』本日開店ですよ!」
「「「おーっ!!!」」」
...
......
私達は冒険者ギルドの手前に屋台を陣取った。
市場に比べて人通りは少ないが、舐めプをしている訳ではない。それなりの戦略を立ててこのポジションにしているのだ。
「四皇の一角、"赤髪のゴリラ"が絶賛したラーメンはコチラよっ!」
レイナちゃんは、通行人に向けて大きな声を張り上げる。
「あの脳筋が絶賛ってマジかよ。」
「気になるし、ちょっと食ってみるか。」
これは有名人を起用したプロモーション作戦。冒険者界隈でギルド長を知らない者はまずいないし、宣伝効果は抜群である。
「腕組みしてる等身大パネルは、この辺に置いときましょうかね。」
「...フタバねーちゃん。本人に許可とってる?」
「取ってない!!」
客入りが順調なのを横目に、私は調理と接客に戻る。自慢の逸品を、丹精込めて振る舞おう。
「プハーッ、この濃厚なスープは間違いなく酒に合うな!エールも一杯頼む!」
「すいませんね、お客さん。屋台でお酒を出すのは難しいんですよ。」
「おっと、そうだったな...」
飲食店でアルコールを提供するには、酒税の関係で面倒な手続きをしなければならない。住所の定まらない屋台では尚更大変だ。
「......ウチでお酒は取り扱っていませんが。皆さん、あちらの方に行かれますよ。」
私が目配せをした先には、冒険者ギルド。
「ギルド酒場!その手があったか!」
「ラーメンの持ち込み、席の使用も大丈夫です。オーナーさんから許可をもらっています。」
言うが早いか、ご新規様は賑やかな声が漏れる扉を開く。
酒場も繁盛しているようで、まさにWIN-WINの関係だ。
「フタバ、友達を連れて来たよ〜」
「ありがとうケイト!それぞれ一つ好きなトッピングを選んでね、サービスしちゃうよ!」
友達紹介でお得になるシステムも用意済みだ。冒険者はフットワークが軽く、ちょうど樹海閉鎖で暇を持て余している。トッピング無料でクチコミをどんどん広げてもらおう。
「それじゃあ私は、追加のオークチャーシューをよろしく!」
「おっけー!そちらのお客さんは如何しましょうか?」
「ククク...!あーしのラーメンには、ハチミツをトッピングしてもらおうかッ!」
「クソ客が来たな...」
私は涙を流しながら、自慢のスープにハチミツをぶち込んだ。