37 異次元ポケット
私はギルド長と地球の文化について話を続けていた。縁側で隣に座る彼女は、未知の技術に興味津々だ。
「すまーとふぉん...ぜひ使ってみたいものだな。お前の衣類みたいに、こちら側へ持ち込めていないのか?」
「あいにく前世で死んだ時には、スマホを家に置き忘れていたんですよ。」
それを聞いてギルド長は残念そうに項垂れる。アプリやゲームと散々説明しておいて実物をお預けというのは、まさに絵に描いた餅だろう。
「ん?待てよ。」
「どうしたんですか、ギルド長?」
「お前が今履いているズボンは、地球から持ち込んだものだよな。」
「ええ。そうですけど。」
「ポケットに一度は入れてたんじゃないか?手のひらサイズのすまーとふぉんを。」
「あっ!!」
そういうことか。
ギルド長も確信したように、ニヤリと笑っている。
「空袋からクッキーを、空皿からはエビフライを出せるんだ。同じ要領で≪復元≫出来るんじゃないか?」
「やはり天才か...では早速...!」
「おい待て。この場所だと、起きてきた院長先生や子供達に見られてしまうかもしれない。離れにある物置に来てくれ。」
...
......
物置の扉を開けると、天井まで積み上げられた麻袋がずらりと並び、そのすべてが小麦で満たされていた。
なんて事ない普通の貯蔵庫だ。石床に布団が敷いてあるのを除けば。
「...ギルド長は、ここで寝泊まりしてたんですか?」
「1日に2回寝る状態が続いてたからな。広間で昼から寝ていたら子供達の邪魔だろう。院長先生には心配されたが問題ないぞ。」
「問題だらけのような...?」
「それより≪復元≫を試してくれ!すまーとふぉんが気になってしょうがないぞ!」
「おっと、そうでしたね。」
別の世界のモノを呼び寄せる。果たして上手くいくだろうか。
とりあえず、やるだけやってみるか...!
「ポケットに入っていたスマホ、"元の数"の<2倍>発動!!」
その刹那、ポケットが膨れ上がる─────ッ!
「キタキタキターッ!アンド◯イド君、異世界へようこそ!」
「わはは!お前は何でもありだな!」
ポケットから取り出したるは、二つに分身した私のスマホ。そして、その片方をギルド長に渡す。
「黒いガラス...?顔が映るほどに磨かれているが...」
「おっと、まだ電源を入れていませんでした。」
「あれ?何もしてないのに壊れたぞ。」
瞬間、彼女が握ったスマホの画面にヒビが入った。
「テメー!この野郎!!」
私は脳筋からスマホをひったくる。
「ほっ、電源は付く...良かった〜」
「うおっ!?お前が中に入っているぞ!」
ギルド長は待ち受け画面に映る私を見て驚いている。
随分とベタなリアクションをするなぁ。
「これは『写真』です。まあ、カラフルな影絵が映っていると考えて下さい。」
「.........。」
「どうかしましたか?まだ気になるところがありますか?」
「フタバ、隣に映っているのは......お前の母だよな。」
「...ええ。そうですね。」
「その、私はしばらく物置の外にいるよ。」
「......気を遣ってくれてありがとうございます。」
「構わないさ。それと、もう片方のすまほを貸してくれ。」
「壊すなよ!?絶対壊すなよ!?」
───静かになった物置。
私は、写真アプリを使ってアルバムを見ている。
運動会、槍術の演武大会、ハワイ旅行。それらの背景には、いつも最愛の人が居た。
「ふふっ。また意外なところで会ったね、お母さん。」
「これも...ギルド長のおかげだね。」
「………。」
「おかあさんっ...わたしっ...!私ね!今すごく幸せだよ!」
「前を向いてっ...ちゃんと異世界生活を楽しんでるよ!」
私は画面に向かって、近況報告をしてみる。
側から見たらおかしな奴かもしれないが、こうしているとすごく安心するんだ。
それでも、やっぱり会いたいな。
また、そばに居たいよ。
写真なんかじゃ...寂しいよ...
バタンッ!
「フタバ!すまほの文字が読めない!それにまた、何もしてないのに壊れた!」
「あなたを器物損壊罪で訴えます!!理由はもちろんお分かりですね!?」
「な、なんだッ...!?もしかして、私が悪いのか...?」
「『ギルド長の体のサイズ<2倍>』発動!」
途端に彼女が巨大化する。そして...
ビリビリビリーッ!ギルド長の服が破けた。
<2倍>の自動補正がかかるのは生物だけ。物質である服は、体に合わせて勝手に変化したりしない。
要するに、服のサイズが合わなくなったわけだ。
「ギャーーーーッ!なんてひどいことをっ!」
「こっちのセリフなんですけど!?」
...
......
私はギルド長の体のサイズを戻し、≪復元≫を再発動させる。
すると、先程と同じようにアンド◯イドがズボンのポケットから2個出てきた。
「おお、画面が割れていないですね!思ったとおりでした。」
「私の服は破られ損ではないか?」
元の数を指定しているため、何度でも新しい状態で取り出せるようだ。
バッテリーも回復している。データの上書きは出来ないが、それ以上の収穫だろう。
「その...治ったとはいえ、すまなかったな。そこに大事な思い出が詰まってるだろうに。」
ギルド長は替えの服を取り出して、申し訳なさそうにしている。
「構いませんよ。元より、貴方がいなければ思いつかなかったアイデアですから。」
私は再び、片方のスマホを渡す。
「それにしても、コレは本当に素晴らしいな。文字こそ読めないが、シャシンとやらの他に、聞いたこともないような激しい音楽が流れたぞ。」
彼女は短期間で随分と使いこなしたんだな。
ネットさえ繋がれば、ゲームやアプリをもっと楽しめるんだが...
「そうだ、映画を見ませんか?オフラインでも見れるように、いくつか保存してあるんですよ。」
「エイガ...?」
「"コマンドゥー"という演劇があるんです。きっと気にいると思いますよ。」
「すまほで演劇も見れるのか!どんな内容なんだ!?」
「筋肉モリモリマッチョマンが、拐われた娘を取り返すために大暴れするんです。内容がシンプルですし、私が隣で翻訳しますよ。」
「おお、何だか面白そうだ!!」
...深夜3時頃。
孤児院の片隅で"コマンドゥー"上映会が始まった。異世界語の吹き替え声優はこの私だ。
『とんでもねぇ、待ってたんだ!』
『うぐわぁ!?』
映画の冒頭。待ち伏せしていた悪役が、銃でおっさんを撃つ。
「フタバ、この武器は何というんだ!?」
「銃ですね。小型化かつ強力な弓矢と考えてください。」
「飛び道具として、なかなかに恐ろしいな...」
「さあさ、場面が変わりますよ。」
このアクション映画は、開幕から怒涛の展開だ。
ギルド長は、車やヘリコプターに対する疑問を放棄してスクリーンに夢中になっている。
『娘を取り返したければ、俺たちに協力しろ。OK?』
『おっけー!!』
主人公が悪役の誘いに乗るフリをして、銃をぶっ放し、反撃を始める。
「フタバ、この屈強なイケメンを紹介してくれっ!」
「シュワちゃんは既婚者ですよ...」
弾けろ筋肉! 飛び散れ汗!
車に轢かれても、飛行機から落ちても、ビクともしねェ!
主人公は愛する娘を救うため、敵のアジトに殴り込む!!
『来いよ、ベネッチョ。銃なんか捨ててかかって来い!」
『テメェなんか怖くねえ!野郎☆オブ☆クラッシャー!!』
ラスボスとのタイマンバトルッ!
拳と拳がぶつかり合う!まさに漢の戦いッ!!
「いけーッ!そこだーッ!!」
「あっ!ギルド長、私にもよく見せてくださいよ!」
そして、主人公大勝利!
娘を取り戻し、ヒロインともちょっといい感じになってハッピーエンド!!
「いやぁ、マジでヤバいくらいに面白かった!また今度、別のエイガも翻訳してくれ!」
「まあ、たまにならいいですよ。」
「ひゃっほう!」
そして映画の感想を語り合っているうちに、物置の窓から薄く光が差し込んできた。
夢中になって気付かなかったが、そろそろ朝の様だ。
「いい気分転換になった。それじゃ、私はこれから鍛錬に行くよ。」
「...その、体に負担をかけすぎない方がいいですよ。いくら鍛えようと、短期間で急激に強くなったりしませんから。」
私はギルド長を引き留める。
彼女はオーバーワーク気味だ。もう少し休んでいた方がいいと思う。
「今のエイガを見て、昂ってしまったんだ。私も彼のように強くなりたい。そんな目標が出来た。」
彼女は目を輝かせている。まるで、アクション映画のスターに憧れた子供のようだ。
「うーん...それじゃあ『行動時間<2倍>』を掛け直しますか?」
「いや、もう不要だ。漢らしく正攻法で頑張ってみるよ。」
そう言って彼女は、映画の主人公のように勇ましく槍を背負った。