表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/41

36 夜明け前が一番暗い


過去をやり直したい。そう思ったこと、皆んなあるよね。


うんうん、わかるわかる。

私もそうなんすよ。毎度失敗の繰り返し。


例えば、不本意ながら<2倍>の力を授かってしまった時。

あるいは、ギルドで『これから伝説の冒険者となる女だ!』と叫んでしまった時。

ないしは、ジャックの勝利に銀貨一枚を賭けてしまった時。


些細なことから、致命的なことまで。数え出したらきりがないね。


まあ、私が今世で一番の"やらかし"を挙げるなら......

自暴自棄になって、冒険者ギルドを襲撃したことになるだろうな。


あ〜、恥ずかしい。

私の罪を罰してくれってか。

世界を滅ぼす前に私を殺してくれってか。


ギルド長とカゲゾーさんにはとんでもない迷惑をかけてしまった。

病んでいたとはいえ、黒歴史もいいところだ。


......しかしまあ、なんというか。

今世で反省することは沢山あったが、後悔はないと思う。


そんな様々なハプニングがあったからこそ。

私は大切な人達に出会えたし、前を向いて生きられるようになったのだから。


......でも、もし仮に。


今世ではなくて。

前世を少しだけ、やり直せるとしたら。


やはり、あの日に遡りたい。


...

......


何でもない普通の日は、突然終わってしまった。

目の前には歩道に突っ込んだトラック。潰れた買い物袋が、遥か後方のアスファルトに転がっている。


血の匂いが鼻を突き、耳の奥で鼓動が響く。

私は震える足で、お母さんの元へ近づく。


「双葉......ケガは、ない?」


大量の血を流して、冷たくなってゆく肌。

手足は痙攣し、それも次第に弱まっている。


「私の娘になってくれて......ありがとう、ね。」


虚な表情をして、今にも消えてしまいそうな声だ。

更に言葉を続けようとしているが、もう聞き取れない。


いやだ。

いやだ。

こんなお別れは。こんな最後は嫌だ。


その時、私は泣き叫ぶことしか出来なかった。

頭が真っ白になって、目の前の惨状を受け入れられなかったんだ。


...すると、お母さんは両手をこちらに伸ばした。


私の肩や手を掴むわけでもなく。

ただ、目の前の空間に両手を突き出した。


おそらく、私におまじないをかけようとしたんだ。


両手で私の手を包むように握り、祈る。母が考えてくれたおまじないだ。

簡単な動作だけど、子供だましっぽいけれど。私はコレが好きだった。


...でも、取り乱していた私は。

その手を取るのが一瞬遅れた。


母の意図に気づいた時、すでに彼女の手は地面に垂れていた。

腕はぶら下がったまま、動かない。

指は半開き、力はどこにも残っていない。


あなたは静かに微笑んでいた。

だけど、少しだけ残念そうな表情に見えて...


その光景が、何度もフラッシュバックする。

鈍い頭痛のように。何度も、何度も──────



「うぁっ!?」

私は暗闇から飛び出して、布団を跳ね除ける。


荒い呼吸を整えながら周囲を見渡すと、薄暗い広間で子供達がぐっすりと寝ている。

ここは、居候させてもらっている孤児院のようだ。


「まったく、嫌な夢を見たな......」


シャツの裾をめくって、腕時計の針を見る。

時刻は午前2時。起きるには早すぎるので布団に潜り込むが、目を瞑っても眠気は訪れない。


はぁ...。いつまでも引き摺るわけにはいかないのに。前に進むと決めたはずなのに。

すぐに切り替えられるとは思っちゃいないが、こんな調子では天国のお母さんが心配してしまう。


「───はっ! せいっ!」


おや?

風に乗って、外から声が聞こえるような。


「───どりゃっ! そいやっ!」


空耳ではないようだ。勇ましい掛け声と共に、金属のしなる音がする。

誰かが外で鍛錬をしているのだろうか。夜遅くに熱心な人もいたもんだ。


「───にょっす! ぬりゃん!」


何だその掛け声は。

まあ、ちょうどいい。どうせ眠れないんだし、声の主を探しに行くとしよう。


...

......


月夜に照らされた赤い槍。

ワルツを踊るかのように繊細に揺れながらも、使い手の一閃に力強く応える。


幾度も振るわれ、磨き上げられたその軌跡には、迷いも無駄もない。

これは技術や力で及ばない領域。ただひたすらに、理をなぞるような───


「エロい槍捌きですね、ギルド長。」

「張り倒すぞ。」

「これ以上ないほどの敬意と賞賛なのに...」


挿絵(By みてみん)


声の主人はギルド長であった。

行動時間(ターン)<2倍>』をかけっぱなしにしているため、彼女の1日は実質2日分になっている状態だ。こんな夜更けに鍛錬をしているのも、その影響だろう。


「フタバ、夜明けはまだ先だろう。どうして外をふらついているんだ?」

「あぁ、何だか途中で目が覚めちゃって。」


「その...大丈夫か?」

「大丈夫になりました。あなたに会えたので。」

「う、うん?」

「もうっ!ちゃんとボケに突っ込んでくださいよ!」

「冗談か...びっくりしたよ。」


私はこうやってバカをやってるのが好きだ。

先程まで苦しかったのに、緊張が抜けてゆく。


「そうだ、フタバ。寝れないのなら少し手を貸してくれないか?」

「勿論です。あなたのためなら何でもしますよ。」

「ホントに大丈夫かな...」



私は彼女に連れられて、孤児院の裏庭に来た。水路沿いに、樽製の五右衛門風呂が並んでいる。


「昨日の夜に入ったばかりだが、中々に気に入ってしまってな。抜いたお湯を≪復元≫できるか?」

ギルド長はそう言って、空の樽を指差した。


なるほど。手を貸してくれとはそういう意味か。

しかし、私が維持できる効果は『一度に一つだけ』だ。念の為、彼女へリマインドしておこう。


「ああ、『行動時間(ターン)<2倍>』が自動解除されるんだったな。」

ギルド長は肩の力を抜いて、壁に寄りかかる。時差が戻る際の立ち眩み対策だろう。


「よし、いつでもいいぞ。」

「それでは…樽の中のお湯、"元の数"の<2倍>発動!!」


唱えた瞬間。空っぽの樽からドバーっとお湯が溢れ出した。

お湯を一度でも沸かしてしまえば、何度でも復元できるという寸法だ。


「頼んでおいてアレだが、あまりにズルいのではないか?」

ギルド長は困惑しながらも、中にゆっくりと浸かる。


「ホントはもっと乱用したいくらいなんですけど...私は力を隠さないといけないので、もどかしいですね。」

「ワハハ!相応に苦労してるんだなぁ。」

「何わろてんねん。」


「...しかし、お前は異能だけではなく、前世の知識も隠したがいいのではないか?あまりに目立つと権力者に囲われかねんぞ。」

彼女は樽風呂の縁を叩いて、私に忠告する。それは...盲点だったな。


「まあ、私に高度な技術や知識はありませんから。大したものは再現できないので大丈夫だと思います。」

「フワフワのパンだったり、カミヒコーキも十分ヤバいと思うが......」


そうなのだろうか?

前世では当たり前のように科学の恩恵を受け取っていた。もしかしたら、認識がだいぶズレているのかもしれない。


「なあフタバ。もし良ければ、おまえの前世について教えてくれないか。以前から興味があったんだ。」

「いいですよ。何から話しましょうか。」


私は近場から椅子を持ってきて、風呂に浸かるギルド長に昔話を始めた。


「......ギムキョーイク。誰でも学問に励めるとは、太っ腹な国だな。」

「ただし、生徒は年に数回"定期試験”という悪魔と知恵比べをしなければいけません。そしてこれに敗北すると、補習という地獄に監禁されます。」


「何それ怖い。」

「ちなみに私は補習の常連です。」

「そんな気がしてたぞ。」


「あと、学校へ“テロリスト“という武装勢力が襲撃してくる可能性があるので、生徒は常日頃からイメージトレーニングをしています。」

「治安が悪いんだな...」


「そうかもしれませんね。別の学校には12660人の女性を買春するのが嗜みの、レジェンド校長と呼ばれる方もいますから。」

「????????????」


ギルド長が樽風呂ごと転げ落ちてきた。中のお湯と共に、彼女は地面にひっくり返る。


「...マジで言ってる?」

「マジですよ。」


まあ、気持ちは分からんでもない。

事実は小説よりも奇なりというヤツだろう。


「次は、私の出身であるナゴヤ村の族長が、世界一の戦士に送られる金メダルをかじった話をしましょうか。」

「お前の前世はどうなってるんだ...」

ギルド長は頭を抱えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ