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35 ポエットな夜


「フタバ姉、これがおふろなのね!すごく気持ちいいわ!」

「そうですそうです!これが私の求めていたものっ!あなたのヒントが無ければ閃きませんでした!なので頭を撫でてあげますね!」


「どう言う理屈なのかは分からないけど、いくらでも撫でていいわよ!私を褒め称えなさい!」

「良お〜〜〜し よしよしよしよしよしよし!」


私は昨日の天才少女と一緒にお風呂に入る。樽は大きいため、子供二、三人くらいなら一度に入れるのだ。というより、大勢の子達を3つの五右衛門風呂に入れるにはこうやって時短をするのが最適だ。


そして、なにより安全面の問題が大きい。

風呂というのは足が付くような浅瀬でも、なにかの拍子で溺れてしまうことがある。

だから二人組で入ることで、万一の場合は相方がすぐ異常に気づくことが出来る。孤児院の先生達にも子供が入浴する際には絶対目を離さないようにお願いしてある。しつこいくらい正しい使い方を説明したし、明日にでもそれを載せた看板を立てるつもりだ。


心配しすぎ?否ッ!


ちょっとした事故ですら人は簡単に死ぬ。考えられるリスクは全て潰して、一切隙のない安心安全を提供しなければいけない。石橋は叩いてぶっ壊すぐらいの心意気でいないとだめだ。


そして何より怖いのは、慢心や慣れによるヒューマンエラーだ。今後もちょくちょく孤児院を視察して樽風呂が正しく使われているか抜き打ちテストをしよう。そのついでに使い心地や耐久性も確認していくのが良いだろう。...別に今後私も使いたいわけではない。あくまで安全のためだ。


ちなみにこの樽風呂は水抜きをする用に、底の鉄板には排水用の蓋を施工してもらっている。これで樽を動かす必要はないため土台がぐらついてひっくり返ることはないし、お手入れも楽ちん。

...やはりすごく便利だ。なんとかして宿の個室にも持ち込めねえかな。釜戸もセットで。


そんなことを考えていると夜風で冷えた体が芯までじんわりと温まってきた。

嗚呼、歌でも一つ歌いたくなるようなイイ気分だ。


「ばばんば ばんばんばーん♪ あびばのんのん♪」

「フタバ姉?」

「ばばんば ばんばんばーん♪ あびばびばびばwww」

「ふふ、変な歌。」


風呂はいいね。心を満たしてくれる。

なんだか今まで『体温<2倍>』で極寒の川にダイブしていたのが馬鹿みてえになってきたな。

あれは温度調整が一切できないし、サウナを体に纏っているようなものなのだ。それゆえに冷水と肌表面の温度差がぞわぞわするため入浴とは程遠いし、ぶっちゃけカスや。今、本物の風呂に入ってようやく気づいた。


よし!今後は孤児院で樽風呂が正しく使われているか絶対に抜き打ちチェックをしよう。それも高頻度で。

...別に今後私も使いたいわけではない。あくまで安全のため。安全のためだ。




ごくごく...


「ぷはーッ!」

私は風呂上がりに牛乳をキメる。

厳密にはミルギュウと呼ばれる魔物から取れる乳だ。だからギュウニュウ。

言わずもがなソイツの姿は牛に酷似しているし、刺激しなければ攻撃性も低い。そこから取れる乳は完全に牛乳の味がする。


今更ながら、私の転移先が地球にある程度似た生態系で構築されているのは幸運だった。

前世で食べ慣れたものを再び口にできることに感謝しよう。


...それはそうとしてこの世界、フツーの馬や犬もいる。たぶん"そういうもん"なんだろう。

ナーロッパで細かいことをいちいち気にしたら負けだ。


私が思考停止を試みていると、院長先生が商業ギルドからウキウキで帰って来た。

どうやら会長との商談は上手く行ったようだ。今後は薪代くらいなら気にすることなく、普段からお風呂に入れるだろう。


「フタバちゃん、転売って最高だな!」

「院長先生!誤解を生む表現はやめてくださいっ!」


...

......


風呂と牛乳で優勝した私は、〆に縁側でボケーっと満天の夜空を眺めている。

私は体を動かさないと落ち着かないタイプだと思っていたが、こういうのんびりした時間も好きなのかもしれない。


孤児院の周りは一面の麦畑。

明かりが少ないため、星々がくっきり見える。


「綺麗だなぁ...」


そう言えば昔、お母さんとキャンプに行った時もこんな夜空だったな。確か、レクリエーションで一緒に五右衛門風呂にも入った。


「あ......」

いつの間にか頬に冷たい軌跡が残っていた。

我慢しようとしても、だんだん視界がにじんで夜空がぼやけてゆく。


いかんいかん、無意識のうちに感傷的になっていたみたいだ。


泣くな、私。お母さんの分も生きるって決めただろ。

そう、上野家の長女として強く生きるんだ。


...いや、それはちょっと違うな。

私は本来なら長女ではないんだから。だって...


「お、流れ星だ!」

あれ...何考えてたんだっけ?まあいいや。


それにしても綺麗な夜空だ。そしてこんな安っぽい言葉では表現しきれない。......すこし”綴る”か。

私はベルトポーチからポエムノートを取り出した。


────────────────────────


夜空はまるで、宇宙が落とした宝石箱の蓋が開きっぱなしになってしまったかのようだった。

いや違う、あれは宝石じゃない。キチゲ開放した神様が唐突に銀河スプレーをぶっ放して、「あっ、やべ、止まんねwww」ってゲラゲラ笑いながら残していった混沌の美だ。


こんな妄想すら肯定してくれる星空、優しすぎるだろ。メンタルの整体師か?


この光の粒たちは何億光年も離れてるらしいけど、こっちは勝手に仲間意識を持ってる。

「お前の光、届いてるぜ!」


ふふふ、誰に話しかけてるんだか。

ホント何やってんだ私。馬鹿じゃねえのか、誰か殺してくれよ。


「おい、そこのムラサキ。聞こえてるんだろ?」

突然そんな声が、星空から聞こえた気がした。


「気のせいじゃねえよ!こっちを見ろって!」

完全に星が喋ってる。宇宙、ついに口を開いた。すげぇ。


「君さぁ、ため息つきながら空見てるけど...こっちは何億年も光ってっからね?そっちが寝てる間もずっとピカピカだよ?」


言い方がちょっとキツい。けどその声は妙に優しい。

例えるなら推しアイドルと保健室の先生とツンデレが究極合体したみたいな、圧倒的包容力。


「悩み?あるよねー。俺らもさー、超新星爆発とかブラックホールに吸われるリスクあるし? つーかマジで隣の星との距離感とかも難しいんだわ。近づきすぎると重力やばいし。」


え、星も悩むの?


「でもさ、君のその目に、今俺らの光が映ってるってだけで、何億光年ぶっ飛ばして生まれてきた甲斐があるわけよ。マジでサンキューな?」


え?

え???

私、今、宇宙に感謝されてる???


「んじゃ、またな。たまには月にも優しくしてやれよ、アイツ陰キャだから。」


星空は私に投げキッスをしたのち、再び静寂のヴェールをまとった。


────────────────────────


よし、我ながらいいポエムが書けたな!

続けてもう一作品綴ろうとした思った矢先、市場でデュエル・マモノーズを欲しがっていた子がやって来た。


「フタバおねーちゃん、昼に言ってたカードゲーム作ってよ。」

「ああ、そういう約束でしたね。それじゃ、早速取り掛かりましょうか。」


今回のカードゲームはたくさん作る必要がないので版画は不要だ。

私は均等に切った厚紙に一枚ずつ、『役職』を描いてゆく。


村人、占い師、霊媒師、狂人、狩り人...いやこの場合は冒険者の方がいいな。

人狼はどうしよう。人に化ける魔物ってことで伝わるかな?


...

......


「キヒャヒャ...本日の犠牲者は......貴様だーっ!」

「うわ、まじかー!」


子供達を集めて『人狼ゲーム』が始まった。

いつの間にか混ざっていたクレミさんがゲームマスターを務めている。


「ククク...それでは誰が人狼か存分に話し合いをするといい!」

まるでデスゲームの主催者化のような名演だ。いや、あの口調はシラフだったな...


「あたし、実は占い師だけどフタバおねーちゃんが人狼だったよ!」

「おっと、実は私も占い師です。リーヴちゃんは嘘をついてますよ。そして彼女が人狼です。」


「うーん、どっちも吊れば良くない?」

「いやダメだ。順番を間違えると負ける。」


獲物達が相談をし始めた。

みんな初心者のはずだが、プロみたいな会話をしてる。バレないか心配だ。


「あたし、フタバおねーちゃんが人狼だと思う!」

「それってあなたの感想ですよね。」


「こういう時は役職を先に開示した方が信頼できるに決まってるな!」

「なんかそういうデータでもあるんですか?」


「フタバ姉の顔に出てるわよ!」

「バカなッ!そんなはずはっ!?」


「「「やれやれ、まぬけは見つかったようだな。」」」

「ちくしょーッ!!」


...

......


子供達が寝静まった頃、私とクレミさんは麦畑を歩く。

わざわざ遊びに来てくれたので、お見送りをしているのだ。


「そう言えば昨日のホットケーキは素晴らしかったが、お土産にくれた『地域名が焼印されたクッキー』も悪く無かったぞ!」

「クレミさん、意外とジャッジが甘いんですね...」


「盟友フタバよ。さん付けは不要だ。」

「おっと。そうだね、クレミ。」


「ウム!しっくりくるな!」

彼女はいつものように歯を見せてキヒキヒと笑う。


「それで、クレミはどうして今日も来てくれたの?」

「ククク...今日も甘いものを作ってるんじゃないかと思ってな。」


「すごく打算的だった...その、一人が寂しいんじゃないかなって思って心配したよ。」

「あぁ、それもあるかも知れないな...」


クレミは顔を俯けてしまった。

やはり、母と会えないのは寂しいんだろうな。その気持ちは痛いほどわかる。

そしてあまり良くないことを思い出させてしまった。彼女の母の話から少し話題を変えよう。


「クレミ、その胸のブローチってどうやって光っているの?」

彼女はいつも星形のアクセサリーを胸につけていた。そして、今は真っ暗な麦畑の中で懐中電灯のように輝いている。魔石を加工した魔道具の類だと思うが、珍しい機能とデザインだ。


「これか?夜間に蓄電発光する特殊な魔物の性質を魔石に引き継いだものでな。あーしの母が作ってくれたんだ。世界に一つだけの逸品だぞ。」

「なにそれすごい。クレミのカーチャンは魔道具職人だったんだね。」


「ああ...それも世界一のな。あーしの自慢のお母さんだ。」

彼女は胸のブローチをやさしく握り、また顔を俯けてしまった。


気まずい!今度こそ話題を変えなければ。


「あっ...そのっ...明日は朝一番に『クレープ』を作る予定なんだっ!」

「クレープ!それはどんな甘味なんだ!?」


「明日までのお楽しみ。それと甘味じゃないんだけど、もう一品作りたいものがあるんだ。手伝ってくれる?」

「もちろんだ、盟友!それではまたな!」


彼女は笑顔を取り戻して、麦畑を駆けて行った。

クレミ母さん、早く出所できるといいね。




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