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34 よく稼ぎ、よく休む



「知らない天井だ...」


のっそり布団から出ると薄明るい光が差し込む。両隣には川の字になって寝ている子ども達。

そうだ、ここはいつもの宿じゃない。毎日往復するのが面倒だから、孤児院に居候させてもらっているんだった。


私は寝ぼけた体で台所に歩いて行く。明日の料理に使う仕込みをするためだ。


「院長先生。おはよーございます。」

「おお、フタバちゃんか。早起きだね。」


台所には初老の先客がいた。どうやらトマトのスープを作っているようだ。釜戸からはパンの香ばしい香りがする。


「院長先生。改めて、ここに泊めていただきありがとうございます。」

「構わないよ。それに君は面白い知識をたくさん教えてくれたからね、お釣りを出したいくらいだよ。」


そう言って彼は複数のナトロン鉱石を見せた。要するに重曹の元だ。


「おお、もう仕入れたんですね。」

「うちの卒業生にやたら石集めが好きな子がいてね。その子の伝手で買い取らせてもらったんだよ。」


「...広場の露店で石を売ってる方ですか?」

「やはり知り合いだったか。昨日ムラサキ髪の子が同じものを欲しがっていたと言ってたから、もしやと思ったんだ。」

「世間って狭いですね〜」


私達は雑談をしながら朝食の準備をしていると、釜戸から香ばしい匂いが強くなった。

院長先生はそこから綺麗に並んだ丸っこいパンを取り出して、その内一つをつまみ食いした。


「...おお!これはやはり間違いないな!」

「どうしたんですか?」


彼は私にも焼きたての黒パンを差し出した。

「食べてみてくれ。すぐに分かる。」


黒パン。全粒粉の小麦粉を塩と水のみで練り上げたものだ。小麦の各部位を残さず使うために黒色になるからそう呼ばれている。食物繊維やビタミンが豊富な小麦の外皮や胚芽を含んでいるために、栄養価は貴族や裕福層の食べる白パンより高い。ジャガイモと同じく、私達庶民の主食だ。


しかしその反面、黒パンの食感はカチカチ。不純物の多い全粒粉は、自然発酵による膨らみと相性が悪いからだ。具体的にはスープで溶かさないと硬すぎてと噛めないくらいに固い。

贅沢を言うつもりはないが、正直あんまり好きじゃない。


...しかしおかしいな。この黒パン、サイズに見合わずやたらと軽い。

これはまさか!


もぐもぐ...


「ふわふわだァ!」

「やったぞ!実験は成功だ!」

私達はハイタッチを交わす。


なるほど、重曹をベーキングパウダー代わりに使ったのか。パン生地内にガスが入って軽くなるし、自然発酵で膨らませるより段違いに柔らかくなる。

原理は昨日作ったホットケーキと同じ要領だが、まさか主食にまで応用を効かせるとは。


このおじさん...出来るッ!


「院長先生、これは稼げますよ。」

「稼げる?パン屋でも始めるのかい?」

それも悪くないな。しかし、私は首を横に振る。


「ナトロン鉱石をもっと大量に仕入れて、価値が高騰した瞬間に転売するんですよ。」

「確かにこの鉱石がパンに使えると分かれば誰もが欲しがるし、価格も今より高騰する!......だが、それは許される事なんだろうか?」


「なに言ってるんですか。あなたがやらなくても貴族や商人がいずれ同じことをしますよ。もしかしたら、全部買い占めて異常な価格で独占販売をするかもしれませんね。」

「だったら、そんな悪どいことは尚更やめるべきだろう。」

彼はまっすぐな目で私を諭す。


ああ...この人は本当に優しいんだな。その精神性、この孤児院で育ったギルド長の面影を感じる。

しかし、残念。あなたの目の前にいるのはダークフタバだ。


「院長先生、あなたは普段稼いだお金をどう使うんです?」

「そりゃ、子供達のために使うさ。」

彼は迷いなく答えた。


「お金がいっぱいあれば、もっと子供達を幸せにしてあげられますよ。」

「...!」


「リーヴちゃんは裁縫が上手ですね。なんでも将来は服屋さんになりたいんだとか。練習用の布をもっと買ってあげませんか?」

「確かに...ボロ布じゃなくて実用品向けのを買い与えたいな。」


「冒険者を目指すライノ君は、ずば抜けた魔力適正があるようですね。魔法を学ぶお金さえあれば、彼は更に強くなれますよ。」

「そうだな。ライノは魔術学園に入れてやりたいと前々から思っていたんだ。」


院長先生はうなだれた。

さて、最後のひと押しをしてあげよう。


「どんな風に稼ごうとも、あなたは子供達の未来のためにお金を使います。そして愛する彼らはその恩恵を受けることができる。そのチャンスが目の前にあるというのに何を躊躇っているのですか?」

「ああ、君の言う通りだな!」


「では、善は急げです。」

私は商業ギルドの会員証を院長先生に渡す。


「最上位のプラチナ会員証じゃないか!?これは一体...?」

「私、とあるカードゲームで一山当てまして。その際に商業ギルドの会長さんとお友達になったんです。彼にフタバの名前を出して、その鉱石の価値を説明すればきっと仕入れを手伝ってくれますよ。」


「なるほど...しかし、君は商業ギルドについてきてくれないのか?会ったこともないお偉いさんと一人で交渉するのは心細いんだが。」

「私は居ない方が効果的です。その黒パンを食べてもらった後に『フタバはまだその鉱石を最大限に活用するレシピを知っている。』と言えば商談を有利に進められると思いますよ。」


「ああ!何から何までありがとう!」

院長先生は焼きたての黒パンとナトロン鉱石を袋に詰めて外に飛び出していった。


...

......


私は子供達とフワフワの黒パンを堪能した後に、腕っぷしが強そうな子を数人引き連れて冒険者ギルドの酒場にやって来た。

昨日に着想を得た『お風呂』を再現するためだ。


「オーナーさん、空っぽの酒樽ってありますか?」

「いくらでもあるよ。冒険者は飲んだくれが多いからね。」


彼が指を刺した先には、朝から酔っ払っているダメな大人たちが居た。子供の教育に悪いな...


「もし良ければ、なるべく大きめの空樽をいくつか譲ってくれませんか?」

「構わないよ。役目を終えた樽はテーブル代わりにするか、捨てるしかないからね。」


ドスン!

酒場のオーナーはドラム缶くらいはあるビックサイズの空樽を複数持って来た。片手で。


「助かります!それと、こちらは『ナポリタン』のレシピです。」

「おお、また新作かっ!早速試してみるよ!」

彼は肉包丁をぶん回しながら、ウキウキでキッチンへ戻って行った。




続けて、私達は大樽を荷車に乗せて鍛冶屋に向かう。


「酒樽の上下をくり抜いて、片方を鉄板で塞ぐ...?」

「はい。くり抜いた樽のフタも強度を強くしてほしいんですけど、出来ますかね?」

私は職人さんにスケッチを見せながら説明をする。


「変わったオーダーメイドだが楽勝だ。今からやるなら、だいたい昼下がりには完成するぞ。」

「そんなに早くですか?」


「簡単な作業だし、樹海閉鎖で冒険者がばったり来なくなったからな。やる事がなくて暇なんだ。」

「なるほど...ちなみに樽3つの加工でおいくらですか?」

「うーん、金貨10枚(10万円)だな。」


スゴイ高い!

まあいいや、後でギルド長に請求しよ。私は職人さんに虎の子の金貨10枚をPONと渡した。


「それじゃ、しばらくは自由時間ですけど皆さん行きたい場所とかありますか?」

「「「「市場ー!!」」」」

私について来てくれた子達は満場一致で答えた。


...

......


私は子供達を引き連れて市場を練り歩く。


「おねーちゃん、アレ食べたいー!」

「お、フライドポテトの出店か。手伝ってくれたし、いいですよ。」

「やったー!」


「おねーちゃん、コレ買ってー!」

「木刀ならぬ木槍ッ...!いいセンスですね。人に向けて使わないなら買ってあげますよ。」

「やったー!」

「せっかくだから名前もつけてあげます。『伝説の木槍(DX淵天エディション)』なんてどうでしょう?」

「センスないね...」


「おねーちゃん、アレ買ってー!今すごい人気なんだって!」

「デュエル・マモノーズのパックか...これは一度買うと止まらなくなるのでやめた方がいいですよ。」

「えーっ、欲しいよー!」

「その代わり、後で別のカードゲームを自作してあげます。とびきり刺激的なやつをね。」

「...?」


私は市場を少し進むたびに、おねだり&出費によるスリップダメージを受けている。

今すぐここから離脱したいが、私も探しているものがあるのだ。


そして、目の前には調味料を扱う大きな出店。ここなら取り扱っているかもしれない。


「店主さん、『醤油』ってありますか?」

「しょうゆ...?何だそれは?」

(やっぱり無いか。中世ナーロッパだもんね。)


「それじゃあ『魚醤』はありますか?」

「あぁ、魚醤ね。それならあるよ。」

「やった!それ買います!」

「まいどーっ!」


魚醤は魚と塩を発酵させて作る液体の調味料だ。古来より世界各地で作られており、西洋ではガルム、タイではナンプラーとも呼ばれている。

臭いしクセが強いけど、好きな人はとことんハマる。それに、頑張れば醤油っぽいフレーバーに寄せる事ができるはずだ。


これがあれば、色々と料理の幅が広がるな。


「おねーちゃん、コレ買ってー!ダークスライムの内蔵!」

「何でそんなもんが欲しいんですか...」


「おねーちゃん、アレ食べたいー!ミノタウロスの上ステーキ!」

「もう勘弁してください...」


...

......


夕方頃、私達は加工された大樽3つを鍛冶屋で受け取り、台車に乗せて孤児院に戻って来た。

やたら重かったので皆ヘトヘトだが、銭湯民族である私にはまだやらなければならないことがある。


「どっこいせっくす。」

私は昨日作った釜戸の上へ、洗浄した樽を乗せる。


「くっ、中に出すぞッ!」

そして後ろの水路から桶を使って、少しずつ樽の中を水で満たしてゆく。

時間がかかるが、あいにく水魔法は使えない。ほんの少しの辛抱だ。


「トドメだオラァッ!」

最後に台所から火種を借りて、釜戸に入れた薪を燃やす。


普通なら釜戸の上にある木製の樽は燃えるが、加熱されている部分が鉄板になっているため発火することはない。

そしてアチアチの鉄板から熱が伝導して、樽に注がれた水に湯気が出てきた。まさに巨大な鍋と言ったところか。


私は樽内のお湯に手を突っ込んで温度を確かめる。

うん。そろそろ中に入れそうだ。私はシャツを脱ぎ脱ぎする。


「じゃ、フタバ。お先に失礼するぞ。」

「あーッ!?」

いつのまにか背後にいたギルド長は『五右衛門風呂』にダイブした。


「あの...熱くないんですか?」

「すごくいい湯加減だぞ。『体温<2倍>』で川に浸かるのとは段違いだ。」


「いや、そうじゃなくて...樽底に熱した鉄板を入れてあるから、足が火傷しちゃうでしょ。」

「コレくらいは我慢できる。あ〜たまらないな。」

「イかれてんのか...」


私は補強された樽底と、オモリ用の石をギルド長に渡す。


「ああ、これを先に足元へ沈めるのか。」

「そうです。まともな人間はそれがないと火傷します。」

私は呆れながら、薪を減らして火加減を調整をする。


「これは本当に素晴らしいな、トレーニングの疲れが吹き飛ぶよ。やはり地球の文化なのか?」

「ええ、五右衛門風呂と言います。私の祖国である日本で使われていました。」


「ほう...ゴエモンという人物が発明したのか?」

「いや、元は五右衛門という泥棒を巨大な鍋で煮え殺したのが始まりだそうです。」

「何それ怖い。」



挿絵(By みてみん)


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