33 よく遊び、よく学ぶ
ギルド長は昼食を終えた後、孤児院のはなれにある物置周辺へ陣取って、トレーニングを始めた。
1週間後に迫る樹海調査のために、体を鍛え直すリハビリをしているのだ。
「ほいっ、『行動時間<2倍>』発動です!」
「ん...相変わらず不思議な感覚だな。お前の声がゆっくりに聞こえるぞ。」
「そういうギルド長は、少し早口ですよ。」
「おっと。周りに変化が感づかれないように、話し方は気を付けたほうがいいな。」
この瞬間から、ギルド長の1日は2日になった。
要するに、1日に6回ご飯を食べるし、1日に2回寝る。
「フタバ、お前は遠隔でも<2倍>を維持できるだろう。他に用事がないなら、もう宿へ帰って大丈夫だぞ。」
「いえ。私は院長先生にお願いして、しばらくここに居候させてもらうことにしました。宿の荷物はこの後に回収してきます。」
「そうなのか。しかし何故...?」
「私、『行動時間<2倍>』を半日以上連続で使ったことがないんですよ。体への負担があるといけないので、いつでも解除できるように近くに居たほうがいいなと思いまして。」
彼女は今も、周囲の動きが0.5倍速に感じているはずだ。それゆえに平常時と時間の感覚がずれ続ける。
...かなり覚悟のいる修行方法だ。当然生活リズムが狂ってしまうし、世界で一人だけ違う時間軸で過ごすことになる。理解者とまではいかないが、私が近くに居たほうが安心して特訓に励めるかもしれない。
「...フタバ、お前には助けられてばかりだな。」
「何言ってんですか、お互い様でしょ!」
一方で私は、彼女が修行に専念するためにしばらく<2倍>を封印する。
厳密に言うと、一度に一つだけという制約を『ギルド長の行動時間<2倍>』に割いているため、他のことに使えなくなった。
別に困ることではない。
私の転生特典は戦闘時にこそ必要不可欠だが、日常ではせいぜいQOLが上がるくらいだ。
しばらくはギルド長の様子を観察しつつ、普通の異世界ライフを堪能させてもらおう。
「992...993...994...995...あと...もう一踏ん張りだっ...!」
「ほう、丸太を担いでスクワットですか。大したものですね。」
「996...997...998!! ふぃ〜、成し遂げたぞ。」
「キリが悪すぎませんか????」
私は彼女が頑張って特訓している姿を見ていると体を動かしたい気分になって来た。
だからクレミさんや子供達に混ざって軽い運動を始めた。
「キヒャヒャ!あーしは騎士だ、泥棒め逮捕する!」
「うげーっ、捕まったぁ!誰か牢屋から出してくださいーっ!」
今やってるのはケイドロ...ならぬ騎士ドロ。
せっかくなので、学生時代にやった遊びを孤児院の子達に布教している。
クレミさんは母が収監されているというのに結構ノリノリだ...
早々に息を切らした私は、子供達へ『紙飛行機』を制作して次々と渡していく。
「うわぁすごい!すごい!」
「誰が一番遠くまで飛ぶか勝負しようぜ!」
「ククク...望むところよ!」
意外なことに紙飛行機というのは単純な作りにも関わらず歴史が浅い。
19世紀に航空学の先駆者達が飛行機の模型として作ったのが始まりという説が有力だ。
鬼滅の刀の柱修行編は、アニオリで紙飛行機を飛ばすシーンが追加されているが、歴史の教師が『大正時代にあるわけねーだろ!』とキレ散らかして、授業一コマ丸々解説していたのを覚えている。
「フタバおねーちゃん。私の折ったやつね、全然飛ばないの...」
一人の少女が、自作したであろう歪な紙飛行機を持ってきた。
「それでは、あなたには『スカイキング』を折ってあげましょう。」
「すかいきんぐ?」
「ギネス世界記録に一番長く飛ぶと登録された折り方...つまり伝説の紙飛行機です。」
ほいほいほいのよいさっさ。
「はい、これであなたは紙飛行機マスターです。飛ばしてみてください。」
少女は私に礼を言うと天高くにスカイキングを飛ばした。
「うわ、全然落ちてこないんだけど...」
「あと30秒はこのままですね。」
「30びょう?びょうってなに?」
(そういやこの世界は機械式の時計が無かったな。秒という単位もないか。)
「30秒はあなたくらいの子が息を止めていられるギリギリくらいの時間でしょうかね。」
「分かった!試してみる。」
「試さなくていいですから...」
私は続けて紙を正方形に切り分けて『折り紙』を作り始めた。子供達も一緒に真似している。
まずは簡単な折り方から始めよう。
チューリップ、ツル、兜、手裏剣、ヤリ、サクラダファミリア......
私は紙製サクラダファミリア建設中に後輩の作業員へ話しかける。
「そこの少年、普段の生活で不便だなって思うことってありますか?」
「ん...?ないよ。」
「ちょっと気になることでもいいんです。何とかできるかもしれません。」
「毎日ご飯が食べれるし、寝る場所もある。これ以上何を望むの?」
「いい子ですね!頭撫でてあげますッ!」
「え、ちょ...」
「良お〜〜〜し よしよしよしよしよしよし!」
「うわーッ!助けてくれーッ!」
他の子達の話も聞くと、この孤児院は質素ではあるが十分な生活を送れているようだ。
管理している小麦畑の収穫と、卒業生の寄付で運営費にも困ってない。
娯楽を広めるだけでなく生活水準も良くしたいと考えているのだが、余計なお世話だったかな?
とりあえず、今日は子供達の生活を一緒に体験してみよう。何かヒントがあるかもしれない。
午後3時頃、先生による読み書きや計算、歴史などの授業が始まった。
年少、年中、年長と分けているようで本当に学校みたいだ。
「ペアルタウンは樹海に面しているため、魔物の狩猟数がダーフル王都の3倍もあります。そして魔物のドロップ品、つまり魔石を出荷することで食糧や素材を全国に供給しているのです。」
(はえ〜、知らなかった。)
「では、フタバさん。そんな経済活動の要とも言えるペアルタウンの別名はご存知ですか?」
「えー...天下の台所?」
「正解です。」
「なんでやねん。」
午後5時頃、夕食の準備をする。
普段は先生と子供達で作るようだ。無論、私も手伝う。働かざる者食うべからずだ。
私はメニュー表を眺める。
「院長先生、なんだか小麦粉を使った料理が多いですね。」
「うちは小麦農家も兼業しているからね。売れ残った分は自給自足に回すんだ。野菜や肉も加えてバランスを考えているよ。」
「野菜をすりつぶしてパン生地に加える...か。野菜が苦手な子でも食べることができますね。参考になります。」
「いやいや、君が作ったナポリタンやホットケーキも素晴らしいよ。もし他にも小麦を使うレシピがあったら教えてくれないか?」
「もちろんです。故郷の料理を再現できたら、またお伝えしますね。」
午後7時頃、食事を終えて桶水で体を清める。
「うげー、桶水かぁ。」
「何、文句ある訳?麦畑から引いた水路のおかげで使い放題じゃない。」
隣で体を拭いていた女の子が私の愚痴に因縁をつけてきた。
まさか桶水代わりに、72度の体温で川にダイブしているなんて言えないしな。
どうやって誤魔化したらいいだろうか。
「いや、私の故郷では体を温かい水にどっぷり浸けてね、それがもうビックリするほど気持ちいいんですよ。お風呂っていうんです。」
「…どうやって、おふろに入るの?」
彼女は興味を持ったようだ。
「でかい入れ物にお湯を入れてそこに入るんですよ。」
「お湯はどうやって出すのよ?」
「あー...炎と水魔法をかけ合わせて、お湯を出せませんかね?」
「属性の重複は出来ないわ。常識でしょ?」
「じゃあ、人が入れるくらいデカい鍋で水を温めるのは!?」
「そんなの売ってないし、中に入ったら火傷で死んじゃうでしょ。」
「......!今のセリフをもう一度!」
「え?だから人が入れるくらいデカい鍋なんて売ってないし、中に入ったら火傷して死んじゃうって。」
「それですよそれ!賢いあなたの頭を撫でてあげますッ!」
「え、ちょ...」
「良お〜〜〜し よしよしよしよしよしよし!」
「ギャーッ!何すんのよーーッ!」
...
......
「ギルド長、岩って砕けますか?」
私は大岩を持ち上げながらスクワットしているバケモンに話しかける。
「全盛期なら楽勝だったが、今はどうだろうか...?」
彼女はドスンと大岩を下ろし、それに対して拳を構えた。
「破ァッ!!」
ドガァァァァァァンッ!!
ギルド長の拳が大岩を粉砕した。...せめて槍を使えよ。
「おお、『行動時間<2倍>』で速度が乗っているとはいえ、私もまだまだやれるな。」
「もうドスゴリラとかそういうレベルじゃないな?」
私は子供達と砕けた岩を集めて簡易的な釜戸を水路沿いに複数台作った。
「ねえ、やっぱりこの上にでかい鍋を乗せるの?人間を茹で殺しちゃうの?」
先程の女の子が心配そうに聞いてきた。
「ダイジョーブデース。文化の発展のためには犠牲がつきものデース。」
「ほんと何する気なのよっ!」