31 なんでも鑑定士
樹海閉鎖から3日目の朝。私は待ち合わせのために冒険者ギルドへやって来た。
今日もここは冒険者で溢れかえっている。
でも、依頼掲示板前で大乱闘は"まだ"起こっていない。何故なら昨日の内にめぼしい依頼は全部刈り取られてしまったからだ。
現状掲示板に張り出されているのは、割に合わないものや長年放置された赤紙の依頼だけ。
──そして、今。
受付嬢が掲示板に新しい依頼を張り出した。
「依頼更新完了!位置について...よーい、ドンッ!」
瞬間、線引きされた区画から冒険者達は一斉に掲示板へ駆け寄る───ッ!
シュバババババッ!ダダダダダダダッ!
「ジャック、テメー!この依頼は俺が先に取ったんだぞ!」
「いーや、こっちの方が早かったね!食らえ新技、ジャック・ソード!」
「昨日と同じじゃねーか!ウルトラ冒険者ビーム!」
「グエーッ!?」
「あなた狩り専の冒険者でしょ!なんで依頼を受けに来てるのよ!?」
「だから昨日も同じ事聞いただろ!?今は樹海に出れねーんだってば!」
「隙あり!ケイト百裂拳!」
「グワーッ!?」
ドゴォッ!バギィッ!ドカーン!
少ない依頼を求めて、冒険者達は昨日よりも熾烈な争いを始めた。
そしてヒアル爺は、今日も嬉々として治療費をぶんどりながら回復魔法をかけ、隙を見ては物を掲示板へ投げつけて争いを苛烈にしている。
「これはひどい。」
私が呆れていると待ち合わせをしている人がやって来た。
「やっほ〜フタバ、ギルド長が来たよ〜ん。」
「いつもとキャラ違くないですか?」
「すまない、久しぶりの連休でな。思わず昂ってしまった。では、早速行こうか。」
...
......
私達はペアルタウンの中心部にある、市場を見て回っている。
「ギルド長、実家に帰って修行するんじゃないんですか?」
「手ぶらで帰るのも気まずいだろう。何か子供達にお土産を買って行こうと思ってな。」
「お土産...何を買うんですか?」
「そうだな、地域名が焼印されたクッキーなんてどうだ?」
「どういうセンスしてるんですか...」
「ぶ、無難でいいだろう!小遣いをやるからお前も少し見繕って来てくれ!」
ギルド長は私に銀貨5枚を渡して市場の奥へ潜って行った。
どうやら別行動の時間のようだ。私は流れるままに、噴水のある方面へ歩き出す。
ペアルタウン中心にある噴水広場──
第二の人生が始まった場所だ。私は前世の死後、ここでリスポーンした。
お金を擦られたり、フライドポテト屋をやったりもしたな。この世界に来てまだ二ヶ月半しか経っていないはずだが、懐かしい気分だ。
「しかし、孤児院へのお土産か。やっぱり子供達が喜ぶものがいいよな...」
甘いものなんてどうだろうか。材料だけ買って自分で作ればコスパもいいかもしれない。
そう考えながら再び市場を練り歩いていると、一風変わった出店を見かけて足が止まる。
「おっ、綺麗な石ころや鉱石がいっぱいだ。」
「嬢ちゃんお目が高いね。これは僕の命より大事なコレクションなんだ。」
「え?そんな大事なものを売ってるんですか?」
「妻に邪魔だから捨てろと言われて...」
「なんて哀れな!」
「まあ、本命の石達は新築した倉庫に逃したから大丈夫だけどね。」
「あなたも大概ですね...」
「それはそうと、嬢ちゃんからは石ころコレクターの波動を感じる。どうだい、何か買っていかないか?」
「ふーむ、ちょいと拝見。」
確かにいい石ころ達だ。この丸み、光沢は素晴らしい。
...しかし今、一番気になっているのは隣にある様々な鉱石だ。
「店主さん、この中に『重曹』の元になる鉱石ってありますか?」
「ジュウソウ?」
「えーっと...料理に使えたり、汚れを落とすのに使える鉱石です。」
「僕は石に自信ニキだが、そんな鉱石は聞いたことないな...」
(やはり知られていないか。重曹が料理に使われ始めたのは、地球でも19世紀頃だし。)
化学の授業で習ったことを思い出す。重曹(炭酸水素ナトリウム)は、元々天然の鉱石として存在する。
そして、コレを手に入れることが出来れば色々とスイーツが作れる。きっと子供たちも喜ぶだろう。
「お嬢ちゃん、何か探しているようだけど...本当にそんな鉱石あるのかい?」
「そうですねぇ...これだけ品ぞろえが充実していれば、きっと置いてあると思うんスけど...」
あいにく私は、重曹鉱石の形や名前までは知らない。
...何か識別する術はないだろうか?ふと、頭の中で考える。
私の能力<2倍>──これは、あらゆる物体を倍にすることが出来る。本質的な数は増やせないので、使う機会が少ない運用方法であるが......応用すれば鉱石の鑑定にも使えるのではないだろうか?
「店主さん、私の石ころコレクションも見てくださいよ。」
私はポーチから綺麗な石ころを取り出す。
これは樹海で拾った秘蔵品だ。ツヤツヤ真っ白で完璧な球体をしている。
「おおっ!これは素晴らしい石だね!」
店主の目線が私のお宝に逸れた。
(今だ!『目の前にある、重曹鉱石の個数<2倍>』発動!)
瞬間、出店の奥にあった薄茶色の鉱石が2個に分裂した。
よし、ビンゴ!そしてすぐ解除!
...今やったのは≪看破≫だ。
指定したものが目の前にあれば<2倍>発動。
指定したものが目の前に無ければ不発に終わる。
これさえあれば、私の知識にないものさえ特定できるだろう。
≪復元≫に続いて便利な新技を編み出したな。
「いやぁ素晴らしい石ころだ。嬢ちゃん、これを譲ってくれないか?もちろんタダでとは言わないよ。」
店主はまだ私の石に夢中になっている。
「そうですね...あの薄茶色の鉱石と交換なんてどうでしょうか?」
「ああ、『ナトロン』か。あんなパッとしないのでいいのかい?構わないよ。」
「交渉成立です!それじゃあ、私のいしをあなたに託しますっ!」
私達は固い握手を握った───ッ!
...
......
私は食品を扱う出店を回り、引き続き買い出しをしてゆく。
「コッコエッグくださいな。」
「10個で、銀貨一枚だよ。」
「グワーッ!スゴイ高い!いつも安いのにナンデ?」
「今樹海が閉鎖されてるだろ?コッコエッグを持ち帰れる奴がいないから高騰してるんだよ。」
「なるほど...ということは魔物の肉や素材全般の価格が高騰してるんですか?」
「いや、魔物本体は倒すと魔石になるから長期保存がきくんだ。小型化もするおかげで在庫は十分にあるから値段はたいして変わらない。魔石化しないコッコエッグがイレギュラーなだけだね。」
「勉強になるなあ。それじゃ、20個下さい!」
「まいどーっ!」
調達したのは重曹鉱石、コッコエッグ、牛乳、バター、はちみつだ。
結構重たい。これ以上は抱えきれないので、小麦粉は孤児院で拝借しよう。
作るのは当然、フライパンで作るフワフワのアレ。きっと子供達も喜んでくれるだろう。
そして私は買い出しを済ませたので、噴水の縁に座ってギルド長をぼーっと待っている。
合流したいが、待ち合わせ場所を決めていなかったのだ。
...しかし解散してから30分くらいか。
ギルド長は修行の時間を少しでも多く確保した方がいいだろうし、こちらから探しに行くべきかな?
でも入れ違いになると困るな。
...あ。
また閃いちゃった。
私の知識にないものさえ特定できる≪看破≫の更に応用編──ッ!
『ギルド長のいる方角に私の重心<2倍>』発動!!
瞬間、私の体がわずかに左へ傾いた。
私がそちら側へ向き直すと、次は前へと体が傾く。
「すげー、≪ナビ≫じゃん。」
私は重心が傾く方へ歩き始めた。これがあれば、なんでも見つけられるな。
「お、フタバか!探したぞ。子供達へのお土産は見つかったか?」
「見つかりましたけど...ギルド長、あなたは何を買ってるんですか...?」
「ドラゴンが剣に巻き付いたキーホルダー!使い道がない木刀!木彫りのデスベアー!地域名が焼印されたクッキー!」
「なんかズレてんだよなぁ...」
「そんなフタバには、『ドラゴンが"槍"に巻き付いたキーホルダー』をプレゼントだ!」
「うっひょー!!ヤッター!!」
「やっぱり子供はこういうのが好きらしいな。」
「うぐぐ...」