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30 ゴリラの伝説


「...何もしてないのにキッチンが壊れたんだ。」

「まだ言いますか。」


ギルド長がオーナーと入れ違いでテーブルに戻って来た。

そして彼女は、先程試作品として作ったタルタルソースの付きのエビフライをフォークで刺す。


「それでフタバ、このタルタルソースとやらをつけると3000倍エビフライが美味しくなるんだっけか?」

「そうですよ。そして...飛ぶぞ。」

「大袈裟な奴だなぁ。まあ、物は試しか。」


ギルド長はタルタルソースをたっぷりつけたエビフライを口に運ぶ。


「うンまあああ〜い!!プリプリのエビにタルタルの濃厚なうま味がドカンと直撃して口の中でドドドドドって暴れ出すッ!ジューシーとまろやかが完璧に調和してやがるッ!!

......口の中に入れるとしゃおっというような音を立てた。かむと緻密ないい歯ごたえ。くるみ味といっているえもいわれないうまさが口の中に広がる。」

「うわぁ!いきなり落ち着かないで下さい!」


ギルド長はハイテンションの食レポから突然、『盆土産』のエビフライを食べるシーンを音読しだした。

これ前にもやらなかったか?デジャヴを感じる。


「...感動した。私はこのタルタルソースとエビフライの巡り合いを物語にして自費出版するよ。タイトルは『蜜月の二人』で行こう。」

「エロ小説かな?」


「その通り。擬人化したタルタルソースとエビフライが絡みつくように濃密なセックスするんだ。」

「マジでやめてください。」


「心配するな、共著者欄にフタバの名前を入れてやる。」

「そんなことしたら『世界中の海水量を<2倍>』にして証拠を消しますからね。」


私は中指を突き立てた後に人差し指を立てる。

ファッ◯サインではない。

あくまでピースサインだ。2倍のサインだ。


「フタバ、怒ってるのか?」

「当然でしょ...というか何なんですか、そのテーブルを破壊した馬鹿力は?以前より強くなっているような気がするんですけど。」


「今、体を鍛え直していてな。」

「...鍛え直す?」

ギルド長の顔が急に暗くなった。何かあったんだろうか。


「二日前のフェンリル遭遇戦。お前の『行動時間(ターン)<2倍>』によるバフが無ければ、私はあの場で間違いなく死んでいた。」

「......!」


「フタバ、お前は命の恩人だ。ありがとう。」

「そんな礼なんて...私もあなたに庇って貰わなければ死んでいました!」

私は感謝を伝えようとギルド長の手を握った。


「「あっ...」」

彼女の手は震えていた。

私は経験から知っている、これは悩みやストレスを抱えている状態だ。


こういう時は何て声をかけるべきだろう。

当然、決まっている。


「どしたん話聞こか?」

「...少し長い話に付き合ってくれるか?」


「勿論ですよ。ただし、追加のぶどうジュースを奢っててくれたらの話ですがね?」

「ふふ...言うようになったじゃないか。」

「これもあなたのおかげですよ。」


私は得意げに、空のグラスをテーブルの上でくるりと回した。

氷のカランとした音が心地よいな。もう少し大きくやってみよう。


「あ、思ったより滑るな。」


ガッシャァァァン!!


「「............」」


酒場のオーナーが肉切り包丁片手に、鬼の形相で突っ込んできた─────ッ!!


...

......


私はオーナーに土下座をキメて、しばらく皿洗いをした後にテーブルへ戻って来た。

「で、ギルド長。長い話って何ですか?」


「...私は冒険者時代、最強だった。フェンリルくらいなら一人で倒せた。というか酔っ払って気分がアガっていたので拳でボコボコに殴り殺した。」

「これ、悩みの相談ですよね?武勇伝じゃないですよね?」


「まあ聞いてくれ。私の名声は大陸中に知れ渡たり、いつしか世界最強の四皇が一人『赤髪のゴリラ』と呼ばれるようになったんだ。」

「シャン○スじゃねーか。」


ギルド長がS級冒険者なのは知っていたが、そこまで凄い人だったのか。

しかし、彼女は誇ることもなく物憂げにエールをグビグビ飲んでいる。一体何があったんだろう。


「ちなみに残りの四皇は『白ひげ()()()』『大魔導師マク』『闇騎士コンフリクト』だ。」

「なんか知ってる名前が一人出て来たんですけど。今、ヒアル爺って言いました?」


「ああ。彼は腰を痛めて冒険者を引退しているが、未だに私と同じくらい強いぞ。」

「もう訳が分かりませんよ。」


「おっと、話が脱線したな。名声が限界突破したあたりで、ダーフル国王は私を呼び出した。そして言ったんだ。『功績と共に領地を与え、一代限りの騎士にしてやる』と。」


あれ?ギルド長が今、この場で飲兵衛しているということは...


「お察しの通りだ。騎士になることは辞退したよ。」

「一体なぜ断ったんです?光栄なことじゃないですか。」


「私は冒険者として好き勝手に人生を謳歌するのが性に合っている。騎士になったら自由を奪われるし、それに...」

「それに?」


「当時は隣国のブリス帝国と、金鉱を巡った陣取り合戦が続いていてな。私も戦いに身を投じるように召集されたんだ。」

「ふーん、王はあなたを軍の戦力として狙っていたんですね。」


かつての彼女はフェンリルを一捻りできるくらいには強い。つまるところ、軍の中隊規模の戦力を一人で保有しているわけだ。

そりゃあ、国王の立場としては近くに置いておきたいだろう。


「あの戦いを客観的に見るなら、ダーフル王国の一方的な侵略戦争だ。大義のない戦い、ましてや人殺しなんてまっぴらごめんだから、首を横に振ってやったよ。」


「えっと...私はこの世界の常識に疎いのですが、いくらあなたが強いとはいえ、王命を断ったら不敬になったりしませんか?」

「ああ、めちゃくちゃ不敬になったぞ。私はただの庶民で、所詮四皇は肩書きに過ぎないからな。」

「めちゃくちゃ不敬になったんですか...」


「私の答えに対して王は、従わないのなら私が育った孤児院にいる子達を皆殺しにすると言った。従うのなら半数だけ殺すとも言ったな。」

「そんなっ...!」


許せない。


身分制度があるのは知っている。権力で押さえ込むことで社会を回すのも悪いことじゃない。

でも限度ってもんがあるだろ。王族だからってそんな横暴がまかり通るものか。


私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと...


「安心しろ、フタバ。私は『エルフーン自治区』にちょっとしたコネがあったからな。それを知った王は私の不敬に目を瞑った。背後にいるエルフ達の報復を恐れたんだ。」


そう言って彼女は首下にある紋章を見せた。

異世界語で"エルフのブラザー"と書かれている。


「エルフーン自治区にエルフ...?彼らは王を脅せるほどに強いんですか?」

「強いなんてもんじゃないぞ。エルフは30人程度しかいない少数民族だが、生まれ持った莫大な魔力と500年という寿命、二つの才を合わせ持つ魔術師集団だ。もし冒険者登録をすれば、赤子ですらS級になるし、徒党を組めば世界を支配できるかもしれない。」

「なにそれ怖い。」


「お前の<2倍>も大概だからな...?」

「私のはいいんですよ。この力でヤバいことするつもりは無いので。」


私は()()2()0()0()()のブドウジュースで喉を潤す。わお、すごい甘い。


「エルフの一族もそうだ。彼らは排他的ではあるが、非常に温厚な性格で争い事を嫌う。ここから遥か南方にある森に自治区を構えて、まったりと過ごしているよ。」

「凄い力があるのに、なんだか気のいい奴らですね。」


「...ただし、仲間を傷つける奴には容赦しない。歴史書に残された記録では敵対した国へカチコミをかけて⬛⬛⬛を⬛⬛⬛した。そして王族を生きたまま皮を少しずつ⬛⬛⬛。生首を集めて⬛⬛⬛もした。最終的にその国は物理的に消滅した。」

「うわうわうわ、あまりに殺伐すぎる。良い子には見せられないくらいに。」


「そんなわけで、私はエルフーン自治区にあるコネをちらつかせて騎士になれという要求を突っぱねることができた。...ここまでは良かった。」

「ここまでは...?」


「王は代わりに、私をペアル冒険者ギルドのマスター(トップ)に推薦した。おおかた、監視が目的だろう。ギルドは国の公共機関だからな。」

「その要求は引き受けちゃったんですよね。ギルド長さん?」


「まあな。私はこれ以上事を大きくするのは本望ではないし、悪くない待遇であると感じたんだ。」

「それで現在に至ると。波乱万丈でしたけど、何とか丸く収まったんじゃないんですか?」


私は、不満げな彼女を見て首を傾げる。


「......私は、自由を奪われて軟禁されている。」

「え、どういうことですか?」


「毎日毎日毎日仕事仕事仕事...残業残業残業...ギルドに泊まり込み泊まり込み泊まり込み...!!」

「可哀想ッ!」


ギルド長は大ジョッキに注がれたエールをぐいぐい飲み干して泣き出した。

「うえぇ…あのクソ王に嵌められたんだぁ!従順にならないなら仕事という枷をつけてやろうってなぁっ!」



挿絵(By みてみん)



ギルド長はさらにもう1杯を一気飲みした後、歯軋りをし始めた。


「ああ...思い出しただけで腹が立って来た!そうだ、今から王都に行ってヤツをぶっ殺してやるッ!フタバ、私に『行動時間(ターン)<2倍>』をかけろっ!」


「あわわ...ギルド長落ち着いて!『冷静さ<2倍>』発動!」

「舐めるなッ!こんなもんじゃ私の怒りは収まらない!ほら、さっさと革命を起こしに行くぞッ!!お前もついて来い!!」


「ほいっ、『体内のアルコール濃度<2倍>』発動。」


バターン!

ギルド長は横転した。


「給仕さん、水を一杯お願いします。」


...

......


「お前ェ...やっていいこととダメなことがあるだろ...」

床に寝そべった酔っ払いは水をグビグビ飲みながら私に恨み言を漏らしている。


「また酒場をぶっ壊しそうだったので。そしたら次こそ出禁になりますよ?タルタルソース付きのエビフライが食えなくなりますよ?」

「それは困るな。よくぞ私を止めてくれた。」


彼女は床からのっそりと起き上がり、席に戻って来た。


「で、フタバ。どこまで話したっけか。」

「あなたが王に嵌められて、ブラック冒険者ギルドに就職したとこまでですね。」


「そうだったな。あ、給仕さん。蒸留酒の大ジョッキを頼む。」

「まだ飲むのかよ。」


「...私は何度も職を捨てて夜逃げしようと考えた。しかし、出来なかった。」

「何故です?私ならとんずらしちゃいますけど。」


「ペアルは私が育った街だ。ギルド長として相応の給与も貰っていたから、世話になった孤児院や教会に寄付もできた。それに、冒険者をまとめ上げるのも嫌いじゃない。」


彼女は穏やかな顔をして、騒がしいギルド酒場を一瞥した。


「なんだ、あなたの天職じゃないですか。」

「でもなァ!仕事の量がなァ!残業がなァ!経営がなァ!」

「うわぁ、急に荒ぶらないでください!」


「だってよォ!貴族共が関係ない仕事を押し付けてくるし、領主はギルド運営の予算ケチるし、そのくせ奴らは大した仕事もせずに贅沢な暮らしをしてるんだぞ!」

「何それズルい。」


私に政治はさっぱりわからない。この世界の身分制や社会格差もそういうもんだと目を瞑っている。

日本とは訳が違うんだから当然だ。

でも、ギルド長が。私の恩人が弱音を吐いているのを聞いて、なんだか腹が立ってきた。


「その...革命を止めておいてアレですけど、ペアルの権力者くらいならあなたの武力をチラつかせて穏便に交渉できませんかね?なんなら私も手伝いますよ。」


それを聞いてギルド長はやれやれと肩をすくめる。

せっかく心配をしてやってるのにムカつくな...


「フタバ、腕っぷしで解決しても意味はない。私が楽をした分だけ、領主や貴族共は他の人々へ負担を押し付けたり報復を行う。」


世知辛い〜ッ!

私は無力感から、ギルドの天井を見上げた。


あ、目線の先に天井に夜勤のカゲゾーさんがいる。何か事務作業をしているみたいだ。


しかし、なんであんな高くて暗い所で仕事をするんだ?

いや、ニンジャなら当然か。だってニンジャってそういうもんだし。


おーいと手を振ると、それに気づいた彼は怯えた表情で屋根裏へ逃げてしまった。

やはり女体化がトラウマになってるのか。その内ちゃんとお詫びをしなくては....


「さて、ここまでは私の愚痴だ。これからの話をしよう。」

ギルド長は顔つきが変わった。どうやらここからが本題らしい。


「私は戦いから一線を離れたせいか、すっかり丸くなってしまった。かつての四皇『赤髪のゴリラ』は、仕事に追われ、鍛錬を怠り、年をとり、弱くなってしまったんだ。」

「弱い...?弱いか?」


「現にフェンリル相手に遅れをとっただろう?だからリハビリが必要なんだ。」

「ほう、リハビリですか。」


「これから1週間後に、フェンリルが出た区域で職員や学者を連れて調査を行うことにした。私はその日までに有給を消費して修行に専念する。」

「たった1週間であなたは力を取り戻すと...?」


「そうだ。いつまでも狩場を閉鎖して冒険者に飯を食わせないわけにもいかないし、樹海の異変も解明しなければならない。1週間の修行期間、これが限界なんだ。」


「...手伝えること、ありますよね?」

私はピースサインを再びギルド長に見せる。


「フタバ、明日から私に『行動時間(ターン)<2倍>』をかけ続けてくれ。1週間を実質2週間にしてリハビリに専念する。」

彼女もピースサインをして、私に微笑んだ。



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